天才としての苦悩 その1
課題に追われる学期終わり。
死ぬかと思った...
ギギィ...と軋んだ音を立てて、地下にある食糧庫への扉が閉まる。
『いい?クオ、ここからでちゃダメよ!おかあさん達は大丈夫だから!』
少しだけ、ほんの少しだけ。いつもの笑顔と違うような顔。
『でもっ、おかあさんは!!』
『大丈夫よ。少しだけ待っててね!...ごめんねクオ。』
閉まる寸前、おかあさんのポツリとした一言に、言いようのない不安が広がっていった。
やだっ、やだ!おかあさん!!!
力一杯食糧庫の扉を叩く。けれども、何か重石を乗せられたのか、僕の力ではビクともしなかった。
魔石灯のちいさな明かりが、みずみずしい野菜や果実を照らす。
いつまで、待っていればいいのだろう。
『寒い...おとうさん、おかあさん、助けて...アルト、シェル...みんな...』
それからずっと、うわごとのように呟きつづけた。
30分、1時間、3時間、体感で時間すらわからなくなってくる。
扉は開かない。外がどうなっているのかわからない。
...おとうさんとおかあさんが、無事なのかも...わからない。
────────ドォォォォン‼︎‼︎‼︎‼︎
上からとんでもない衝撃が響き、棚から香辛料の瓶がこぼれ落ちて割れて行く。
いたい。いたいな。
瓶のかけらで、腕が切れた。
すぐに治って行くが、痛いものは痛い。
ふと、風が頬を撫でる。
ちらりと上を見ると、扉がかすかに空いて、光が漏れていた。
もしかして、おかあさん達が....!!!!
期待を込めて力一杯押し上げる。
まず視界に入ったのは、見慣れたお家の天井ではなく、曇天の曇り空だった。
最後まで押し上げる。
顔を出して、見たものは、見てしまったものは。
一面が焼け、クレーターとなり、家屋がぐちゃぐちゃになった里だった。
何も、音がしない。
先程まで響いていた爆音も、鳥のさえずりも。
何一つとして、ここにはなかった。
少しばかり歩く。
土煙が目や口に入って、煩わしい。
広場がもうすぐで見える...そんな時だった。
最初、なにがあるのか分からなかった。脳がソレを拒否した。
だけど、だけれども、ソコにあるものは確かなもので。
『あぁ、あぁぁぁぁあ!!!!』
そこには、1人の男に串刺しにされた、おとうさんとおかあさんが────────────
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「────っはぁ、はぁ!!」
飛び起きる。
汗でじっとりと湿ったシャツがうざったい。
今の夢は...だめだ、思い出せない。
口をゆすいで、シャワーを浴びて。幾らかスッキリした僕は、リビングへと向かった。
「おはよ。」
「クオちゃんおはよ〜。」
「おはようクオ。朝ごはんはパン?それともフレーク?」
ソファーで寝ぼけているおかあさんと、フライパン片手に僕に振り向いて聞くおとうさん。
ベーコンが焼ける良い匂いがして、お腹がぐぅとなる。
「今日はパンでいいよ!」
「ベーコンエッグトーストにしようか。」
「ルゥくんわたしもそれが良いなぁー?」
「はいはい。少し待っててねー。」
お茶を飲みながら待っていると、コトリとテーブルにベーコンエッグトーストが置かれた。
割れてないけどわかる半熟度合いに、カリカリのベーコン。
このベーコンに半熟の黄身が混ざると...もう、最高なんだよなぁ。
トーストの香ばしい香りに負けた僕は、悪夢のことなんてさっぱり忘れて、ぺろりと朝ごはんを平らげたのでした。
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食後のお茶をゆったりと飲みつつ、ぽけーっとしていると、コンコンッ、とドアをノックされる音がリビングに届いた。
2人はまだご飯を食べているし...僕が行こ。
「はーい。」
扉を開けると、そこに居たのは元気いっぱいのアルトと、まだ少し眠たそうに目をこするシャルがいた。
「約束どおり試合しに来たぞ!!」
「おはよぅ、くお。」
ああもうめちゃくちゃかわいいなオイ!?
眠いせいか、いつもより舌ったらずな感じと、トロンとした大きなおめめがヤバイよ。
もうこれロリコン目覚めちゃうって、犯罪級の可愛さだよコレ!!
「ふふ、シャル眠いの?僕の部屋くる?」
「オイ、クオ...シャルになにするつも────」
「うんいくー。」
アルトが言い終わるうちに返事をしたシャルをお姫様抱っこして、とっとと自室へと戻った僕は、とても優しくベットの上に寝かした。
毛布をかけて、ふわふわの金髪を撫でていると、シャルの目がスッ、と細まって頬が緩みだす。
「んん。もっと...」
髪を撫でる右手が、磁石でくっついたかのように離れてくれない。
くそっ、アルトが玄関にいるのに...!!!僕は悪くないんだっ、こんなふわふわな髪の毛が悪いんだッッッ!!!!
いや、シャルに悪いとことか一つもねぇわ。なに言ってんだろ。
ちょっと冷静になった僕は、パパッと玄関へと戻る。
案の定アルトはブチ切れていた。こわい。
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そして少したったころ、僕の家の裏手にある戦闘場にて、アルト対僕の試合が始まろうとしていた。
僕の対面には一周回って落ち着いたのか、真顔でこっちを見てくるアルトがいる。
いやこわいよ。目しんでるじゃん。
僕は少し反りの入った木刀、アルトは騎士が持つような西洋剣を模した木の剣。
僕たちは、5メートルほど間隔を空いて立つ。
試合開始の合図はおかあさんの笛だ。
「ルールは攻勢魔法禁止。それ以外はなんでもアリよ。それでは両者、構え!!」
両者にらみ合いのまま、もうそろそろ一分柄経過しようとするその時、ピッ、と笛が鳴った。
ザザッ、と僕の懐へ数秒で詰めてきたアルトの剣を、腰から右上へと凪いだ抜刀が弾いた。
だが、流石は将来聖女御付きの騎士というのか、弾かれた反動そのままに、グンッ、と力強く回り、腰の入った横斬りが僕を襲う。
止めるしかないか。
僕は横薙ぎの剣に合わせ、刀でガードする。だが、アルトの力強さに押され、ブンッ、と押し飛ばされる。
くるりと空中で回転し、グッ、と着地した僕の顔面すれすれに、即座に詰めてきたアルトからの切り上げが襲う。
「チィッ...」
どうにかして避け、バックステップで距離を取ろうにも即座に追い縋られ、こちらが剣を振る暇すら与えられなかった。
まずい、まずいぞ。アルトが予想以上に強い。このままでは────負けるッ‼︎!
この世界では大分強い方だ、なんてほんの少しだけ驕っていた自分が恥ずかしかった。
最初から舐めてかからなければもっと、やりようはあった筈なのに。
やれる事は...!!!
「────舐めているのか、クオ...ッ!!!! 」
なにを、言っている?舐めてなどいない。マジの本気────
「舐めてなんていない!!!」
その返事に激昂したのか、先程よりも荒く打ち込んできて、防ぐ事も厳しくなってきた。
「ならば、ならば何故《身体強化》をしない!?舐めているとしか思えんわ!!」
あぁ、そうか。確かに《身体強化》無しの試合など意味はない。
だけど、僕が《身体強化》という"魔法"を使う意味が何を指すのか。
「"魔法"なんて使っちゃったら、アルトが──」
「ほう。俺が負けるか?お前に?驕るな!貴様なんぞには負けん!いいから黙って本気を出せ。
ふん。いいからこい、受け止めてやるッ!!」
ぶぉうッ、とアルトの足元から風が舞い、体へと纏っていく。風属性の身体強化だ。
魔力を練る。アルトの本気に答えるべきだ、そう思った。
「《身体強化》...いくよ。」
バチバチバチ、と紫電が僕の体を走る。
《天才》二つと《身体強化》によって、"平常の18倍"ものステータスとなった僕は、アルトのことを見据える。
バキッ...と握りしめた木刀の柄に、ヒビが走った。
計算として。
《天才》スキル一つにつき3倍。
クオなら3×3×《身体強化》2=18です。
アルトは《天才》一つと、ワンランク下の《才能》スキル持ちなので、
3×2×2=12となります。