この女神の名は...
今後は週1。出来れば週2で投稿していきます。
少し忙しいのでゆったりですが、どうかよろしくです!
あぁ、そうだ。この人は、この人は僕の...
「はぅ...」
顔を真っ赤にした少女が、ぽふっと背中から倒れる。
「おっと」
カーペットに背中が付く寸前、僕は少女の体を横抱きに受け止めた。
ふかふかなカーペットがあるとはいえ、頭をぶつけていいことはないからね。
にしても、めちゃくちゃ可愛い。
ふっくらとした唇に、子供らしいまん丸な頬。長い睫毛に、先程まで開いていたくりくりの大きな目。
女神かよ...
僕はこの少女を見た瞬間、とてつもない既視感に襲われた。
だけど、僕はこの少女に見覚えはない。ましてや、こんなに美しい少女を見たら忘れることなんてありえないだろう。
...一体なぜ。
まぁ、そんなことより今は、この少女をどうにかするのが必要だ。
いつまでも抱っこしているわけにも行かないしね。
と、いうことで。彼女は僕のベットに寝かしておくことにした。
ちなみにもう服は着ている。途中でまた起きて、気絶されても困るし。
でもどうしようか。お父さんは夕飯の準備。お母さんはお風呂ときた。この部屋に娯楽の類は本ぐらいしかない、この世界の神話やら童話、英雄譚などの。
まぁいいか。
僕は彼女が目覚めるまで、ベットの横にある椅子に座って、本を読むことにした。
「今日は...これにしよう」
『エルベスハイムの丘』
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パタリと今しがた読み終わった『エルベスハイムの丘』を机に置いて、ぼーっと余韻に浸っていた。
非常に面白かった。ノンフィクションを綴ったとは言え少しの誇張はあるだろうが、とても面白かった。
エルベスハイムの丘を、対魔王軍の最終防衛戦線として戦った英雄アルディエと聖女フィーネを描いたこの作品は、華々しいだけでなく、戦争の裏、汚い部分も細かく描写されていて非常にリアリティとスリルがあって素晴らしかった。
...あぁ、出来れば記憶を消してもう一度読みたい。
なんてことを思いつつふとベットに目を向けると、こちらをじーっと見つめる少女と目があった。
なんて話しかければいいのか分からず、しばらく見つめあっていると、
「あの、本...好きなんですか?」
初めて聞く彼女の落ち着いた声。心地よく耳に入っては来るけれど。かえって焦ってくる。
やばい...!!声もタイプど真ん中だ...!!!
実を言うと僕は声フェチでもあって...ってどうでもいいわそんなもん!!
「あ、ああ。結構読書が好きでね。今まで色々読んできたよ」
なんて言うと、彼女はぱぁっと顔を綻ばせ、瞳をキラキラさせた。
「今読んでた本『エルベスハイムの丘』だよね!私も好きなんだ!特にアルディエがフィーネと婚約の誓いを結ぶところ!!」
「そのシーンは僕も好きだ。明日すらどうなるか分からない2人が、未来を誓いあうのは心に来た!
でもね、僕が一番好きなのは─────」
僕と名も知らない彼女との談義はとても長く続いた。
椅子とベットの距離は少しずつ縮まって、最終的に、僕らは枕をクッションにしてベットに座り、1つの本、『エルベスハイムの丘』を2人で読み返しながらずっとずっと話していた。
知ってる筈の物語のワンシーンに、2人で一喜一憂しながら読み進めていって。
アルディエとフィーネのラブシーンでは、僕と彼女のどちらからでもなく、自然に手を繋ぎながら黙って読んで。
フィーネがアルディエの亡骸を抱き抱える、ラストシーンは2人ともボロボロ泣きながら抱き合って、そして僕たちは─────
泣き疲れた僕たちはいつのまにか、身を寄せ合って寝ていたのだった。
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「んん....ふわぁ...っっっっぇ!?」
ふと目が醒めると美しい少女がすぐ目の前、あと数センチでキスをしてしまいそうなほど近くに居て、僕はびっくりして身を即座にそらしてしまった。
「んぅ...?」
それのせいか、ゆっくりと彼女の目が開いていき、焦点の定まってない瞳が僕の事を捉える。
めっちゃ可愛いけど落ち着け落ち着け僕!?
「お、おはよう?」
「ひゃぁ!!だれぇ!?」
驚いた彼女は、掛かっていたシーツを搔き抱いて、僕と少し距離をとった。
どうしようかな、と思った僕は、目に留まった『エルベスハイムの丘』を取って彼女へと見せる、
「ほら、これ。覚えてない?さっきまで一緒に読んでたと思うんだけど」
そう言うと、彼女はハッとした顔をして。
「寝ぼけてて忘れてた...!!ご、ごめんね!急にびっくりしちゃって...えっと、あの。」
「うん?どうかした?」
「そういえば、名前知らないなぁって...」
あ、かんっぜんに忘れてた。 あんなに盛り上がってたのに。
「あっーと、僕はクオ。クオ・シャロン。よろしくね!」
僕はこの時、彼女の事をなんて事ない子だって思ってたんだ。本好きでとても可愛い子だって。
でも、『主人公補正S』を持ってしまっている僕の部屋に、こんな女神のような少女がいる非日常がただ事なはずがなかった。
「私の名前は──シャル・ラズベットです。よろしくね!クオくん!」
ふわりとした笑顔とともに、ザザッ...と頭にノイズが走ったような激痛が襲う。
『私の名前はシャル、シャル・ラズベットです。どうか勇者様、悪しき魔王を打ち倒し、この世界を救ってください...』
『私は聖女で、あなたは勇者、それだけです』
『お願いです、彼を、魔王を殺してください...勇者様...』
「うぐぁっ...!!!」
そのあまりの痛みに、右眼を抑えながら蹲る。
「ひっ、クオくん!?クオくん!?」
僕の事を抱きながら心配するこの子は───そう、この少女は...聖女シャル・ラズベット!!
そして、僕の推しキャラだ......
なんて事を思いながら、僕は気を失った。