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ポポちゃんとお姉さん

作者: renka

 ボクの名前はポポ。

 からだはちょっと小さいけれど、れっきとしたオス犬。

 毛の色は全体的に黒っぽいけど、茶色だって、ちゃんと混じってるんだよ。


 ほら。顔や、からだをよーく見て!

 灰色の毛も見えるでしょう?

 これが、ボクのチャームポイント!


 ボクはね、飼われている家の、車庫のすみに住んでるの。

 そこに、ボクだけのお家があるんだよ。

 これはね、ボクがこの家にきたときに、お父さんが作ってくれたの。

 ほらほら、この屋根、すてきでしょう?

 青いペンキで塗られた屋根を、ボクはとっても気に入ってるんだ。

 だから、夏のあつい日だって、冬のさむい日だって、へっちゃらなんだ!


 ボクは、毎日さんぽに出かける。

 いつもお母さんが連れて行ってくれるんだ。

 お母さんは、ボクにごはんもくれるよ。

 だからボクは、お父さんも、お母さんも大好き!

 でもね、ボクがいちばん好きなのは、この家のお姉ちゃんなの。


 お姉ちゃんはね、おなかがすいて、死にそうだったボクを、

 この家につれてきてくれたんだ。

 そして、ミルクとごはんをくれたの。

 あの時ボクは、涙が出るほどうれしかったんだよ!


 ボクはね、毛がマダラに生えてるせいか、からだの色もキレイじゃないし、

 色つやだって、あんまり良くない。

 だからかな。長い間、ボクはだれの目にもとまらず、ずっとひとりだった。

 お腹はいつもすいていたけど、だれもボクにごはんをくれなかった。


 ボクは、にんげんに、「きたない犬!」と言われるたびに、かなしかったよ。

 何もしてないのに、ときどき、水をかけられたり、石を投げられたりもしたんだ。


 それでも、ボクはあきらめなかった。

 道で会う人にはあいさつをしたし、自転車に乗ってる人にだって、

 追いかけていって、「ボクを見て!」ってアピールした。

 自転車のスピードははやかったけど、ボクは必死に走ったよ。

 毎日、毎日、走ったよ。

 ボクのために立ち止まってくれる人は、ほとんどいなかったけどね。


 だから、高校生だったお姉ちゃんが、自転車から降りて、ボクと向き合ってくれたとき、ボクはすごくビックリした。

 お姉ちゃんはね、ボクをジッと見つめて、

「おいで、おいで。いっしょに帰ろう」

 って言ってくれたんだ。

 ボク、信じられなくて、ホントはちょっぴり恐かったけど、お姉ちゃんのあとについていったの。


 家について、ミルクをもらったときは、心の底からホッとしたんだ。

 分かるでしょう? ボクがこの家にいられるのも、お姉ちゃんのおかげなんだよ。

 だからね、ボクはお姉ちゃんが、大好きなの!


 ボク、お姉ちゃんといつも一緒にいたいけど、お姉ちゃんは毎日、「かいしゃ」へ行くんだ。

 車に乗って、「かいしゃ」へ行くの。

 車に乗る前に、ボクの頭を二度なでるのが、出かける合図。

 ボクは、とたんにシュンとして、お姉ちゃんがくるまに乗るのをジッと見守るんだ。


 お姉ちゃんが出かけるときは、どんなことよりかなしくて、

 ボクは泣いてしまいそうになる。

 でもね、ボク、寂しいけど、いつも、お母さんとお留守番してるよ。

 そして、お姉ちゃんの車の音が聞こえたら、

 ボクは、とびきりしっぽを振ってお出迎えするんだ!

 待つ時間が長かったぶん、お姉ちゃんが帰ってきたら、何より嬉しいからね!


 だけど、今日は何だかがヘンなんだ。

 朝から人がいっぱい集まってきて、家の周りが騒がしいの。

「お嫁さん、まだかな」って、みんなが言ってるの。

 そんな名前の人、ウチにはいないはずなのに。


 あっ、お姉ちゃんが出てきた!

 あれ? でも、どうしたの?

 重そうな白い服を着て、たくさんの人に囲まれてる。

 いつものお姉ちゃんじゃないみたい。


 お姉ちゃんがこっちにやってくる。

 たくさんの人をかきわけて、ひとりでここにやってくる。

 またお出かけなの? 頭をなでるの?

 そう思ったけど、お姉ちゃんのようすはいつもと違った。

 ボクの頭をなでずに、ただボクを見つめている。

 それから、静かにこう言ったんだ。

「今日で、ポポちゃんともお別れだね。

 お姉ちゃんは、お嫁に行くの。もう、帰ってこないんだよ」


 ボクは、お姉ちゃんの言ってることが、よく分からなかった。

 どういうこと? どういうこと?

 そんなのイヤ! そんなのイヤだよ!

 ボクは、うろうろと歩き回った。

 だけど、お姉ちゃんは続けて言った。

「お姉ちゃんね、もうポポちゃんの頭をなでられないの。

 あれは、帰ってくるよという約束だったから、もう撫でることができないの」


 お姉ちゃんには、もう会えないの?

 その白い服を着てるから、帰ってこられないの?

 じゃあ、その服、汚しちゃえばいいね!

 そしたら、お姉ちゃん、きっと出ていかないよね。

 この家にずっといてくれるよね。


「キャアッ!」

 お姉ちゃんが声を上げた。

 ボクは、はじめてお姉ちゃんの服を汚した。

 とたんに誰かにたたかれて、ボクも「キャウンッ!」と声を上げた。


「なにをするんだ!」

 そう怒鳴ったのは、お父さんだった。

 顔を真っ赤にして、本気で怒ってる。

 こんなお父さんはじめてで、ボクはブルブルふるえちゃったの。


「お父さん、やめて!」

 その時、突然、お姉ちゃんが叫んだ。

「これは、ポポちゃんが、おめでとうって言ってくれてるの。

 これは、ポポちゃんからのお祝いなの!

 だって、ポポちゃんがこんなことしたの、はじめてなんだよ!

 そうだよね、ポポちゃん。これ、お姉ちゃんへのプレゼントだよね!」


 ボクは涙が出そうだった。

 ちがうよ、ちがうよ。ボク、悪いことをしたんだ。

 お姉ちゃんと一緒にいたくて、土をつけたんだ。

 だけど、お姉ちゃんはにっこり笑って、ボクに「ありがとう」って言った。

 そして、一度だけボクの頭をなでて、ゆっくりと向こうへ歩いていった。

 大勢のにんげんが、お姉ちゃんを取り囲むように見ている。

 口々に、「キレイだ、キレイだ」って言っている。


 お姉ちゃんの前に、くるまが止まった。

 ボクは、いつものように黙って見守る。

 クサリにつながれていなかったら、お姉ちゃんについていきたい!

 お姉ちゃんが自動車に乗ったって、全速力でついていきたいよ!


 ボクは、大きな声で、「ワオーン」と鳴いた。

 ボクの一番大きな声で、お姉ちゃんに届くように、「ワオーン」と叫んだ。

 ごめん、ごめんね、お姉ちゃん。

 ボク、ただ一緒にいたかっただけなんだ。

 お姉ちゃんが大好きだから、一緒にいたかっただけなんだ。


 お姉ちゃんが、くるまの中で泣いている。

 ボクの方を見て、泣いてるんだね。

 ボク、もう悪いことしないよ。

 泣いちゃダメだよ。幸せになって。


 だって、今日のお姉ちゃん、すごくキレイだった。

 すごく幸せそうに笑ってた。

 だから、ボク、しゅくふくするんだ。

 さようなら、さようなら。

 幸せになってね。幸せになってね。


 車に乗ったお姉ちゃんが、だんだん小さくなっていく。

 ボクは、お姉ちゃんとはじめて出会った日のことを思い出していた。

 お姉ちゃんに置いて行かれないように、必死で走ったあの日のことを。

 もう、あれは遠い昔のこと。

 あれから、ずいぶん経ってしまったんだね。

 ボク、あんまり幸せだったから、ぜんぜん気が付かなかったよ。


 角を曲がり、ついに車が見えなくなった。

 集まったお客さんも、一人、二人と帰っていく。

 ボクはその場に残されて、お姉ちゃんのいなくなった景色をただ見つめた。

 お姉ちゃん。

 お姉ちゃんがいなくても、ボクはハッキリと覚えてる。

 お姉ちゃんを追いかけて走ったあの日のことを。

 お姉ちゃんが立ち止まってくれたあの日のことを。

 お姉ちゃんはボクに幸せをくれたんだから、

 今度は違う誰かと幸せになってね。

 お姉ちゃんが幸せなら、ボクも幸せなんだよ。

 それだけは、忘れないでね。


 それから月日が過ぎて、お姉ちゃんは赤ちゃんを産んだ。

 時々、家にもやってくる。

 庭では桜が満開に花開き、花びらが風に乗って、ボクの所まで飛んでくる。

 だけどボクは、最近、動くこともおっくうで、

 お姉ちゃんにしっぽを振ることしかできないんだ。


 ああ、本当にうららかな春の日。

 ボク、何だか眠たくなっちゃった……。

 ああ、気持ちいいな。眠たいな。

 ボクはゆっくり目をつむった。


 桜の花びらが、ボクの上に舞い落ちる。

 ボクはもう、動けない。

 でもね、お姉ちゃんと歩いて帰ったあの日を、ボクは今でも覚えてるよ。

 大切な、大切な思い出だから、絶対、絶対忘れないよ。

 お姉ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう。

 幸せをいっぱい、ありがとう。

 いっぱい、いっぱい、幸せだったよ。

 ありがとう。

 おやすみなさい。


 終わり

かなり前になりますが、結婚する友達に送った童話です。

2000年頃、自分で作ったHPに掲載していました。

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