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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第八章
8/16

消えた画家の妻

「山辺、細谷の居場所を調べ回っていた男の似顔絵モンタージュを見せてくれよ」

 城戸は、黒革の手帳を、他の証拠品のもとに戻して、山辺に言った。

「あ、そうだったな。忘れてたよ」

 そう言いながら、山辺は、捜査本部にあるホワイトボードのそばまで歩いた。それには、事件の概要がまとめられている。

 山辺は、そんなホワイトボードから、磁石で張り付けられた一枚の紙を取り外していた。

 城戸は、その紙を遠目ではあるが、じっと見ていた。その紙に描かれている似顔絵モンタージュの男に、城戸は、見覚えがあった。

「この男だよ」

 山辺に渡された紙を見て、城戸は、直ぐに似顔絵モンタージュの男とは、田島の事であるとわかった。

「警部、これは田島ですよ」

 門川も、すぐに気付いたらしく、見た瞬間に声を張り上げた。

「おい、田島って、城戸が言っていた田島の事か?」

 山辺も、声を張り上げて、城戸に訊いた。

「ああ、そうだよ。これは、間違いなく資産家の田島だ。さっきも言った様に、『肥後の鶴』という絵を細谷から買い取った人間だ」

 城戸は、至って冷静な様子で言った。

「なあ、山辺。この男が、細谷の事を調べていたのは、事件前日で間違いないな?」

 次に、彼は、念を押すように山辺に訊いた。

「ああ、間違いないよ」

「警部、つまり田島は、事件前日に姿を消した際、熊本の阿蘇へ向かったんですね」

 門川が、目を鋭くしていった。

「ああ、そういう事だよ」

「それにしても、何故田島は、細谷の居場所を調べ回ったんでしょう?」

 門川は、落ち着いた口調で言った。彼は、冷静さを取り戻した様だ。

「やはり、今回の事件は、田島と細谷の仲間割れかもしれん」

 城戸が、そう答えると、山辺が、興味津々(きょうみしんしん)の様子で、

「どういう事なんだ?」

 と、言った。

「まず、細谷は、五か月前の田島との取引の事で、何者かに阿蘇まで呼び出されたんだ。恐らく、呼び出した人間は、五か月前に行われた、『肥後の鶴』の秘密の取引のことを知っていて、その真偽しんぎを確かめるつもりだったのだろう。それを察知した田島は、『肥後の鶴』の裏取引の発覚を恐れた。細谷が、熊本の阿蘇に呼び出されたらしいという曖昧あいまいな情報を手に入れ、田島は、突如として姿を消して阿蘇へ向かった。それは、恐らく細谷の口封じを図るためだろう。その為に、阿蘇で細谷の居場所を突き止めるべく、ホテルや旅館で訊き回ったんだ」

「宿泊先を突き止めた田島は、ずっと見張ってんだろうな」

 山辺が、城戸の推理に補足をした。

「ああ、そうだろうな。その翌日の午前一時、田島は、ホテルを出て草千里へと向かう細谷を尾行びこうしたんだ。そして、細谷を呼び出した人間が現れる前に、口封じをはかったんだ」

「という事は、その細谷を呼び出した人間は、死体を見ているんでしょうね?」

 門川が、顎に手を当てて、城戸に訊いた。

「ああ、見ているだろうね。だが、どうやら警察には通報していないようだ。怖くなって逃げたか、関わり合いになるのを避けたんだ」

 城戸は、自信に満ちた口調でそう答えた。すると、彼の目が鋭くなる。

「今、五か月前の裏取引の発覚を恐れて、田島は細谷を殺したと言ったんだがね、発覚を恐れていたことは、他の事かもしれないよ」

「何なんだ?」

 山辺が、興味を持った様子で、城戸に言った。

「これは、『肥後の鶴』の作者である天野の死が、殺人であった場合の仮定なんだが、田島は、天野を殺害したことが、細谷から発覚する事を恐れていたのではないかな」

「確かに、絵画の裏取引より、殺人の方が重罪だからな。そっちの発覚の方が、田島にとって不利だな」

 田島は、肯きながら言った。すると、門川が、

「四ヶ月前に天野が殺害されたのは、田島と細谷による『肥後の鶴』の裏取引に気付いたからですよね?」

 と、確かめるように訊いた。

「ああ、そうだよ。しかし、天野の口封じに関してもバレてしまい、細谷は阿蘇に呼ばれたんだ」

 突然、山辺が表情を険しくした。

「すると、城戸。天野の事件について知った人間というのは、阿蘇の人間なのか?東京の人間なら、何故わざわざ阿蘇まで呼び出したのか、という話になるが―――」

 城戸も、表情を険しくした。

「そこらへんは、調べてみないとな。まず、天野の死が事故だったら、今の推理は水の泡だ。だから、天野について調べてみたいんだ。今も冴子さえこという妻は生きているようだから、自宅へ行って、天野が事故で無くなったという現場も見てみたい」

「それと、田島の行方も調べないとな」

 城戸が肯くと、山辺は、近くでやり取りを聞いていた部下の井原に、田島を手配して、全力で捜索するように指示をした。

 そして、もう一人の部下に、天野という画家の自宅がどこにあるのかを調べさせた。指示を受けた部下は、コンピュータに向かって座り、操作していた。

 城戸は、それを見て、山辺も自分と同じようにコンピュータには疎いのか、と心の中で微笑した。

 山辺が、調べ終わった部下の刑事から天野の住所を聞くと、

「城戸、早速天野の自宅へ向かおうか。天野の家は、高森町にあるそうだ」

 と、城戸に言った。

 高森町への道中、覆面パトカーの中で、城戸と山辺は後部座席に座った。

「城戸、今思い出したんだが、自分の部下が、田島と思われる細谷の居場所を調べていた人間には、連れが居たという証言があったよ」

 山辺が、突然声を出した。

「一体、どんな連れなんだ?」

「それが、目撃者は、顔を見ていないと言っているから、どんな人間かわからないんだ。それで、その連れの人間は、田島の運転手をしていたようなんだ。目撃者が言うには、田島は、黒のレクサスで来たそうなんだ。その時、田島は助手席に乗っていて、運転席に人影を見たそうだ」

「その、黒のレクサスというのは?」

「レンタカーだ。それで、阿蘇のレンタカー屋を調べると、その似顔絵モンタージュの男、つまり田島が黒のレクサスを借りていることが分かった」

「連れは一切姿を見せてないのか」

 城戸は、悔しそうに言った。

 阿蘇市から高森町へは、国道二六五号線で、阿蘇五岳の東側を迂回する。

 南阿蘇みなみあそ鉄道の高森たかもり駅の前に広がる住宅地の中に、天野の自宅はある。

 白壁に、黒いかわらかぶった、こじんまりとした平屋建ての建物に、天野と書かれた表札があった。

 覆面パトカーを路肩に止めて、その天野の自宅の玄関へと向かった。

 山辺が、引き戸の横にあるインターホンを押した。しかし、返事がない。

 二回、三回と何度も押すが、無反応に変わりはなかった。

 山辺は、引き戸の磨りガラスを通して中を覗こうと、目を凝らしていたが、やはり中の様子はわからない。諦めて、玄関から建物のすぐ横を覗き込んで、黒い軽自動車が駐まっているのを見ると、

「おかしいな、車はあるのにな」

 と、溜息をついた。

 それでも、山辺は、未練がある様子で、引き戸の取っ手に手を掛けた。どうせ、鍵がかかっていると思い、力を入れて引き戸を開けようとした。

 すると、引き戸は、大きな音を立てて開き、まさに暖簾のれんに腕押しだった。

 山辺は、興奮した口調で、

「おい、鍵が開いたままじゃないか」

 と、言った。

「天野さん、いらっしゃらないんですか?」

 建物の中へ大声で叫ぶものの、返事はいつまで経っても返ってこない。繰り返しても、結果は同じだった。

「あら、冴子さんがどうかしたの?」

 遠くで、そんな声がしたので、道路の方を見てみると、曲がった腰に手を当てる老婆ろうばの姿があった。

 その老婆の元へ、城戸が歩いて行った。

「お騒がせして申し訳ありません。我々は、警察の者ですが―――」

 彼が身分を明かすと、微笑(ほほえ)んでいた老婆の表情が固くなった。城戸は、それに構わず質問をした。

「天野冴子さんは、どこかにお出かけなさっているのですか?」

「それがね、冴子さんを最近見かけなくてね。私も、このあたりの人も心配していたんですよ」

「見かけなくなったのは、いつからですか?」

「私はね、毎朝同じ時間にこの道を散歩の途中で歩くんだけどね、その時、毎朝決まって玄関前をほうきく冴子さんに会うんですよ。ただ、四日の朝を最後に、見掛けなくなったんですよ」

「天野さんが、何日も家を空けるのは珍しいことですか?」

「珍しいって、そりゃあ冴子さんだって旅行の時ぐらい家は空けますよ」

 老婆は、笑いながら言った。

「では、天野さんは、今もどこかに旅行中ですか?」

 すると、老婆は、険しい表情に一変した。

「それがね、旅行でもないみたいなのよ。旅行に出る時は、隣に住んでるお婆さんに一言言ってから家を出るんですよ。それで、隣のお婆さんと私は友達だから、冴子さんはどうしたのと聞いてみたの。でも、そのお友達もわからないって言ってて、おかしいのよ」

 老婆は、天野の事をひどく心配している様子だった。

「天野さんと、親しい方をご存じではありませんか?」

「親しい人?それなら、渡辺わたなべさんがいるわよ。阿蘇で、貸し別荘を経営している方なの」

 木造の古めかしい家を指差しながら、老婆は言った。

 城戸は、その老婆に礼を言って、背中を向けた。

「山辺、天野冴子は、どうやら四日から姿を消しているようだ。本人との接触は諦めて、冴子と親しいという人間に話を聞きに行こうじゃないか」

 城戸に言われた山辺は、

「それなら、仕方ないな」

 と、城戸の背中を追って、冴子と仲が良いという、渡辺の自宅へと向かった。

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