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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第六章
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闇に包まれた取引

 城戸と門川は、明美について行き、階段を上がっていった。

 二階に上がって、あまり広くない廊下を歩くと、白い壁にきわ立つ、ダークオークの木材でできたドアがあった。

 そのドアを開けながら、明美は、

「ここが、主人の書斎です」

 と、城戸達に知らせた。

 明美に続いて、城戸は、田島の書斎に入った。最後に、門川も入る。

 書斎には、ドアと同じ、ダークオークの机があって、それとあまり色の変わらない、革張りのイスが置いてある。

 田島は、数冊ほどだが、著書があるので、この書斎で筆を走らせたのだろう。

 その机の裏には、窓があり、外を眺められるようになっているが、良い景色が見えたり、庭が眺められるわけではなく、ただ、隣の立派な邸宅が見えるだけであった。

 その窓は、本棚とそれに入る大量の本に囲まれていた。

 自身の著書は勿論、他の経済学や、経営戦略などのハウツー本なんかが並んでいる。

 書斎の机は、綺麗に整頓されていて、本棚も同じだった。

 机や本棚のほかにも、レコードプレイヤーがあった。そのレコードプレイヤーの下には、レコードが十枚ほど入る棚があったが、それもきれいに並べられている。田島は、几帳面きちょうめんな性格の様だ。

 その書斎の机に座ると、壁に掛けられた三枚の絵画が、眺められるようになっていた。

 その三枚の絵画とは、『肥後の鶴』である。

「これが、『肥後の鶴』ですか」

 と、城戸は、明美に行った。が、明美の返事はなかった。

 その他にも、何枚かの絵が飾ってあったが、城戸の知らない絵だった。しかし、門川は、

「有名な絵が、勢揃いしているな」

 と、感心するように言っていた。

 城戸は、印刷された粗い解像度を通してでしか『肥後の鶴』を見たことがなかったので、じっくり見てみることにした。

 一枚目は、草千里ヶ浜の絵である。

 緑色の草原が広がっていて、一本一本の草が、丁寧に描き込まれていた。数頭の馬がいて、空には、黒い首に、白い羽を広げる、鶴の姿があった。頭部は、赤く色付いていて、典型的な鶴だった。

 二枚目は、熊本城くまもとじょうが描かれている。

 熊本城は、加藤かとう清正(きよまさ)により、一五九一年(天正てんしょう一九年)から築かれ、一六〇〇年(慶長けいちょう五年)に築き上げられた。関ケ原(せきがはら)の戦いにより行賞こうしょうを得た加藤清正は、肥後一国五二万(ごく)の領主となり、城だけでなく、熊本までも築き上げていく。

 熊本城は、その後の西南せいなん戦争で焼失するものの、修復を経て、画家・天野によって描かれている姿に至る。

 やはり、空には鶴が舞っている。

 三枚目は、熊本県上益城(かみましき)山都町(やまとちょう)にある、通潤橋である。

 一八五四年(嘉永かえい七年)に、水源にとぼしい白糸しらいと台地へ水を送るため、五老ヶ滝(ごろうがだき)川の谷に架けられた水路橋すいろきょうである。肥後の石工いしくの高い技術を今に伝える建造物で、石造の通水橋としては日本一をも誇る。

 『肥後の鶴』に描かれた通潤橋は、中央上部から大量の水が放たれている。勿論、お約束の鶴も舞っている。

 三枚の絵は、どれも細部まで描き込まれていて、見ごたえのある絵だった。

 ピカソなんかが描く、抽象ちゅうしょう的なアート作品は、城戸にとって理解できない領域なのだが、『肥後の鶴』の良さは、城戸も十分理解できた。

「この『肥後の鶴』は、どういう経緯で買い取られたのですか?」

 城戸が、明美を見て言った。

「さあ、私にはわかりません。私は、正直、絵には興味がなく、主人に任せています。この『肥後の鶴』も、私の知らない間に商談を済ませて、主人が家に持ち帰る時しか立ち会っていないので、どういう経緯があったのかは、私にはわからないんです」

「ただ、この絵がご主人の様な収集家コレクターの手に渡るのは、有り得ないことなんですよ」

「それは、どういう意味ですか?」

 明美が、眉間みけんしわを寄せて言うと、門川が答えた。

「『肥後の鶴』の作者は、天野肇という画家です。先程言いましたが、四か月前に事故で亡くなっています。その天野さんは、自分の中でも傑作の、『肥後の鶴』を気に入って、収集家コレクターに売り出すことは一切いっさいしないと決めたそうです。なので、作品が出来上がった三年前から五か月前まで、個展で展示されることぐらいしかなかったのですよ。しかし、五か月前に、細谷さんとあなたの御主人は、『肥後の鶴』を取引し、手に入れています。その一か月後に、作者の天野さんは亡くなるわけです」

 そして、城戸が、門川に続いて、明美に言った。

「我々が不思議に思うのは、収集家コレクターの間で幻とまで言われた、『肥後の鶴』の取引が、世間に知られることもなく行われたという事です。何か、世間に知られると、まずい事があったようにです」

「そんなことを言われても、先ほど言った様に、私は絵について何も知らないので―――」

 明美は、困惑した顔で、そう訴えた。

「何も知らないというのは、言い過ぎではありませんか?いくら興味が無くても、家にあるものなので、何か覚えていることぐらいはあるでしょう」

 城戸が、そういうと、明美は、目を大きくさせた。

「そういえば、『肥後の鶴』が運び込まれてから、一週間程経った時の話なんですが、うちの主人が、友人に貸すと言って、外に運んでいたことがありました。それから、二週間程すると戻ってきたのですが」

「友人というのは、誰の事ですか?」

「私には、わかりませんが、その『肥後の鶴』を運び出す時に、家の前に車が駐めてあったので、それが、友人の車かと思います」

「ナンバーは、見ていますか?」

 門川が、手帳にペンを走らせながら、質問した。

「いいえ。見てませんが、その車はトヨタのハイエースで、個人の持つような車ではない様に思いました」

「つまり、何かの業者が所有する車だったんですか?」

 城戸は、そう質問したが、明美は、自信なさげに、

「多分、そうだと思います。でも、友人が勤めている業者の車なのかと思い、主人には何も訊きませんでした」

 と、答えた。

「その、絵を貸した相手のご主人の友人には、心当たりがないんですね?」

 門川が、そう念を押すと、

「はい、そうです」

 と、答えた。

「今日は、ご主人が失踪した件の捜査でやって来ているので、少し調べさせてください」

「はい、いいですよ」

 明美が、そう返事すると、城戸と門川は、白い手袋をはめて、机の引き出しなどを調べた。

 城戸が、机の引き出し(キャビネット)を漁っていると、一冊の手帳が出てきた。

 彼は、その手帳を、一(ページ)ずつ、丁寧に見ていった。すると、あるページに、


〈ホソヤ、フジカワ〉


 と、ボールペンで走り書きされていた。

 ホソヤというのは、画商の細谷の事であろう。しかし、フジカワというのは、誰の事なのか?

 城戸は、『肥後の鶴』を二週間程貸していたという、友人の事ではないかと予想した。

「奥さん、御主人の友人で、フジカワという名前の人を知っていますか?」

 彼は、明美に質問してみるが、

「いいえ、知りません」

 という返事が返ってきた。

 フジカワという人間の事は、警視庁に持って帰るとして、他に何か見つからないか、再び机の引き出し(キャビネット)を漁り始めた。門川は、クローゼットの中を調べていた。

 結局、その後は何も見つからずに、刑事二人は、警視庁へ帰ることにした。

 田島の家から門まで、城戸と門川を案内してくれた家政婦に、

「あなたは、田島さんの書斎に飾ってある、『肥後の鶴』という絵画をご存知ですか?」

 と、質問してみた。

「はい、知っていますよ」

「あれは、田島さんがどういう経緯で購入されたんですか?」

「経緯は知りませんが、細谷さんという画商の方から買い取られたようで、私も、その画商の方とやり取りをしたことがあります」

「そうやって『肥後の鶴』を買い取ってから、一週間経ったぐらいに、その絵を外に運び出した事があったそうですね?」

「はい、確かに、絵を運び出すことがありました。相手は、何かの業者の様でしたよ」

「田島さんは、友人に絵を貸すために運び出した、と奥さんに説明していたそうですよ」

「そうなんですか?私は、絵の運び出しを手伝ったのですが、私が見た限り、相手は、友人というよりも何かの業者のような感じがしたんですけど」

「なぜ、業者だと思われたんですか?」

「まず、個人が持たないような大きな車で来てたし、その車の中からは、背広姿の男の人が二人乗っていて、田島さんと話していたけれど、あまり親しそうではないなかったのを覚えているので、美術品に関する業者の人かなと思いました」

「それで、田島さんが、何故絵を運び出したかご存知ですか?」

「いいえ、全く知りません。田島さんからは、取り敢えず、絵を運び出したいから手伝ってくれとしか聞いていませんから」

 そんなことを話していると、田島の邸宅の門に着いた。

 城戸と角川は、家政婦に礼を言ってから、道路脇に駐めていた覆面パトカーに乗り込んだ。

 そして、真っ直ぐ警視庁へと帰った。

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