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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第三章
3/16

画商

 帰京した翌日、城戸は、普段通り、警視庁捜査一課に居た。

 といっても、何も事件起きていないので、暇である。

 なので、彼は、新聞に目を通しながら、コーヒーを口に運ぶ。

 すると、ある記事に興味を持ち、手の動きが止まった。


〈草千里ヶ浜で、男性刺殺(しさつ)死体発見〉


 そんな見出しの記事である。

 城戸は、直ぐに、山辺が駆け付ける事になった、あの事件だろうと思ったのだ。

 その見出しに続き、事件の概要が続いている。


〈昨日、午後2時頃、熊本県阿蘇郡阿蘇市永草(ながくさ)で、男性の刺殺死体が発見された。現場は、草千里駐車場の敷地内の、杵島岳きしまだけ中岳なかだけ火口へのトレッキングルートの入り口付近で、地元で野焼きなどを行う「牧野まきの組合」の組合員により発見された。遺体で発見されたのは、東京に住む美術商の細谷ほそや佑大(ゆうだい)さん(36)。警察の調べによると、死亡推定時刻は、同日午前2時頃ということで、発見が遅れたのは、人が立ち入らないような倉庫の裏での犯行からであるとしている。背中に、刃物で刺された傷があり、犯人は背後から細谷さんを刺殺したと見て捜査している〉


 記事の横に、若い男の写真が載っていた。その男が、被害者の細谷なのだろう。

 すると、捜査一課の電話が鳴り、川上かわかみ刑事が、その電話に対応した。

 すると、直ぐに、受話器の送話器の部分を手で押さえて、

「警部。熊本の阿蘇警察署から、山辺という男が、警部に話があると言っています」

 と、城戸の方を見ていった。そして、城戸が、自分の机にある電話の受話器を取った。

「もしもし、山辺か?」

「ああ、そうだ。この前は、突然別れてしまって、悪かったな」

「いやいや、あの場合、仕方の無い事だから、別に君が謝る必要はないよ」

「相変わらず、優しいんだな」

 城戸は、受話器を耳に当てながら、照れてしまった。

「それで、今日はどうしたんだ?」

 と、城戸が仕切り直そうとした。

「実は、あの時、草千里ヶ浜で男の死体が見つかった事件のことなんだが―――」

「今、丁度、その事件の新聞記事に目を通していたところだよ。東京の人間と書いてあったから、身辺捜査の依頼か?」

「当たりだよ」

 山辺は、笑ってそう言い、話を続けた。

「それで、新聞で読んだなら、もう知っているだろうが、殺されたのは、細谷佑大、三六歳。職業は、美術商で、住所は、東京都世田谷(せたがや)区北沢きたざわ×丁目北沢ビル。職場も同じ住所だ。詳しい資料を電子メールでそちらに送っておくから、それを参考に身辺捜査を頼むよ」

 そこで電話を切り、城戸は、パソコンに向かっていた小国おぐに刑事に、

「熊本の、阿蘇警察署から、電子メールが届くはずだから、それを開いてくれないか」

 と、頼んだ。

 捜査一課には、何台かパソコンが置いてあるのだが、城戸は、そういったコンピュータ関係については、部下たちに任せきっている。コンピュータにはうといので、うまく操作できる自信がないからである。

「確かに、阿蘇警察署からメールが届きました」

 小国は、そういった後、マウスを軽快に操作し、何回かクリックして、画面ディスプレイを城戸に見せた。

 その電子メールには、先程新聞でも見た男の写真があった。

 名前も、細谷裕大となっていて、それも、新聞と同じである。

 住所を確認すると、確かに、山辺が電話で言っていた住所と同じである。

「川上君、阿蘇署から身辺捜査の依頼を受けたんだが、被害者の家宅かたく捜査に行くぞ」

 城戸は、川上と共に、細谷の自宅兼事務所へ家宅捜査へ向かった。

 下北沢しもきたざわ駅の中心部から、少し外れたところに、細谷の住んでいた「北沢ビル」はあった。白いコンクリートでできた、典型てんけい的なビルである。

 管理人の中年の男に、警察手帳を見せて、細谷の自宅兼事務所を見せてもらった。

 間取りは、3LDKである。一人暮らしで3LDKなので、相当裕福な暮らしをしていることがうかがえる。

 実際、いくつかの部屋は、使われずに、物置と化している様だった。

 リビングには、綺麗なキッチン、テーブルとイスが置いてあった。

 リビングの奥に入ると、その雰囲気は変わった。デスクトップパソコンが一台置いてあり、透明のビニル袋に覆われた、小さめの絵画かいがが何枚か置いてあった。

 それを見た川上が、

「いかにも美術商という感じですね」

 と、言った。

「川上君、何か、取引先のリストみたいなものを探してくれないか」

 城戸は、そう言いながら、机の引き出し(キャビネット)あさり始めた。川上も、同じように、別の場所にある引き出し(キャビネット)を漁った。

「警部、ありましたよ」

 川上が、直ぐに、声を出し、城戸の元へ、青い半透明のクリアブックを持ち出した。

 中は、取引先の名簿リストになっていて、取引した美術品、取引先、取引額、取引日が、それぞれ書いてあった。

 最後は、一ヶ月前に取引が行われている。

「やはり、事件には、美術品の取引が関わっているのでしょうか?」

 川上は、その名簿リストを見ながら言った。

「向こうでの捜査状況はわからないが、たぶん関わっているだろうね。美術品の取引というのは、単価が高く、どうしても大金が絡んでしまうから、事件に発展する可能性は十分にあるよ」

 城戸は、そう答えた。

 彼は、美術品に興味はなく、どんな世界なのか、正直わからない。しかし、素人しろうとでは考えられないような金額で取引されるというのは、容易よういに想像できる。

 後ろを振り向くと、管理人がいた。何だか、居づらそうにそわそわしている。

 城戸は、そんな管理人に声を掛ける。

「細谷さんは、いつ、この部屋を出たんですか?」

一昨日おとといに、建物を出るのを、下の管理人室で見ました。それっきりで、帰って来ません」

「細谷さんについて、何か知っていることは?」

 川上が、手帳を出し、メモの準備をする。しかし、管理人は、

「細谷さんについては、よく知らないんです。下の管理人室で、出入りするのを見ているだけですから」

 と、申し訳なさそうに言った。

 川上が、続けて質問する。

「では、細谷さんについて、詳しい方をご存じではありませんか?例えば、仲の良い人とかです」

近藤こんどうという、画家の男がよく細谷さんを訪ねていましたね。近藤雄一(ゆういち)という人です」

 城戸と川上は、近藤雄一という、画家を訪ねてみることにした。

 近藤は、同じく東京都の、渋谷しぶや西原(にしはら)に住んでいるという。小田急おだきゅう小田原(おだわら)線の、代々木上原(よよぎうえはら)駅の近くである。

 近藤が住んでいるのは、木造の、古びたアパートだった。

 城戸と川上が、近藤の部屋を訪ねると、こころよく中に入れてくれた。

 こちらは、1DKで、細谷と比べると、とても狭い間取りだった。

 やはり、画家の世界というのは、厳しいのだろうか。一気に大金の入る美術商の様に、甘い世界ではないのだろう。

「細谷の事ですよね?」

 近藤が、緑茶をれながら、城戸を見ていった。

「はい、その通りです。やはり、もうご存知なんですね?」

 城戸が、近藤にたずねねた。

「ニュースで見て、びっくりしましたよ」

「早速、細谷さんについて、質問させていただきます。まず、細谷さんは、美術商をされていたんですよね?」

「はい、その通りです。美術商の中でも、細谷は、絵画を専門に扱う画商でした。私の作品を、よく取り扱ってくれるので、親友になったんです」

「それで、細谷さんはどんな方ですか?」

真面目まじめで、優しい性格でしたよ。仕事も、うまくこなしていましたからね。でも―――」

「でも、何ですか?」

「金に、敏感というか、律儀りちぎというか―――。悪い言い方をすると、金に執着心しゅうちゃくしんを持っているふしが見られましたね―――」

 近藤は、声を小さくしながら言い、

「まあ、職業柄かもしれませんがね。美術商というのは、大金が絡みますから」

 と、付け加えた。

「では、細谷さんが、仕事上でトラブルなんかを抱えていただとかを、聞いた事が有りますか?」

 城戸は、質問を続けた。

 近藤は、考え込んでから、

「聞いたことは、無いですね。細谷は、大金を動かす画商なんて、トラブルはつきものだから、と言って、仕事の悩みは、あまり言ってませんでしたから」

「細谷さんは、熊本県で殺害されました。熊本へは、お仕事ですかね?」

「さあ、私にもわかりません。熊本に行くなんて、聞いていませんから」

「最後に会われたのは、いつですか?」

「先週の金曜日です。自分と、細谷は、毎週金曜日に飲みに行くのですが、その時です」

 すると、今まで黙って手帳にメモをしていた川上が、質問をした。

「細谷さんは、ご結婚されていませんよね?」

「はい。両親とも、あまり会っていない様で、孤独に近かったと思いますよ」

 続いて、城戸が、質問をした。

恋人ガール・フレンドなんかはいないんですか?」

「ああ、そういえば、先々週くらいに、聞いた事が有りますよ」

「詳しく、教えてください」

「ジャパン交易という会社に勤めている、木下きのした(ともえ)という女性と付き合っていると、聞いた事が有りますね」

 川上が、近藤が言った事を、手帳にメモしていく。

 すると、突然、近藤が声を出した。

「そういえば、細谷は、金が必要になったと言ってましたね。それも、大金が」

「いつのことですか?」

「五ヶ月前くらいでしたね。金曜日に、居酒屋で聞きました」

「どうして、大金が必要になったと言っていたんですか?」

「理由は、わかりません。ですが、とにかく金が必要なので、絵を売って、何とか金を集めると言ってました」

「その絵とは、どんな絵か聞いていますか?」

 川上が、質問する。

「わかりません」

 そこで、近藤への聞き込みは終わった。

 二人は、礼を言って、近藤の部屋を出た。

「警部、ジャパン交易に行きますか?」

 川上は、アパートの階段を下りながら、城戸に訊いた。

勿論もちろん、行くよ。木下から、話を聞かなければならない。それで、ジャパン交易の本社はどこなんだ?豊洲とよすの近くと聞いた事が有るが―――」

「中央区の晴海はるみですよ」

「では、そこに行こう」

 二人は、再び覆面パトカーに乗り、ジャパン交易のある晴海へ向かった。

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