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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第二章
2/16

突然の帰京

 城戸と山辺の注文した、高菜ピラフが、中年の女性店員によって運ばれてきた。

 今まで食べてきた高菜ピラフよりも、高菜が多いような気がした。この高菜ピラフにおいては、地元産の高菜が売りであるからだろう。

 二人は、ぐにスプーンを手に取り、高菜ピラフを口に運ぶ。

 そして、二人は、会話を続け、十年前の思い出にひたった。

 高菜ピラフは、量が少なめだったので、二人共、すぐに食べ終えた。それでも、美味であったのは間違いなかったので、二人は満足した。

 会計を済ませると、二人は、やっと阿蘇駅の駅舎を出た。

 今日は、今まで室内に居たので、城戸が直接阿蘇の空気を吸ったのは、初めてだった。

 東京より、空気がおいしいと思うのは、偶然であろうか。阿蘇は、森などの自然に囲まれているから、空気がおいしいのは必然であると城戸は思った。

「なあ、城戸。若い頃、大観峰だいかんぼうによく行っていたよな」

 山辺が、突然、そう言った。

 確かに、休みの日に、大観峰に行って阿蘇の景色けしきを見渡し、堪能たんのうしていた記憶が、城戸にはあった。

「確かに、休みになると、よく行っていたな」

 城戸が、そう返事をすると、

「大観峰に行ってみないか。ここにまっているタクシーを使ったら、行けるだろう」

 と、山辺が、一台のタクシーを指さして言った。

「ああ、そうだな」

 城戸が、そう返事したので、山辺が、タクシーに乗り込んだ。城戸も、それに続く。

 年配の運転士に、

「大観峰まで、よろしくお願いします」

 と、山辺が言った。運転士は、短く返事してから、タクシーを発進させた。

 タクシーは、しばらく国道二一二号線を北上する。

 内牧うちのまき温泉の入り口の手前で、国道二一二号線に沿って、右に折れると、突然、道が湾曲しだして、峠道となった。

 大観峰は、阿蘇山を囲む、外輪山から半島はんとうの様に突き出した場所にあり、阿蘇の大自然を一望できる。阿蘇山は勿論、その他の阿蘇五岳(ごがく)も顔を見せる。

 城戸と山辺を乗せたタクシーが進む国道二一二号線は、外輪山を超えて、カルデラの窪地を抜ける為、峠となっている。

 峠を越えると、そこには、牧場がいくつか広がっていた。

 そこで、タクシーは右折して、国道二一二号線から、県道四五号線ミルクロードに入った。「ミルクロード」という名がついているのは、この道の周辺に、牧場がいくつか点在するからだろう。

 その県道四五号線ミルクロードに入って直ぐ、再び右に折れた。今度は、細い道である。

 その道には、荒野こうやと言うのか、枯れた草が広がっていた。まるで、西部劇の舞台の様である。

 その道は、大観峰の駐車場に直結していて、直ぐにその駐車場が見えてきた。

 運転手は、タクシーを駐車場に駐め終わると、

「お客さんは、観光客か何かかな?」

 と、質問した。山辺が、質問に答える。

「まあ、そんな感じですが、どうしましたか?」

「いや、観光で来ているなら、タクシーはここに駐めて、待っておきますよ。どこか行きたいところがあるなら、戻ってきた時に言って下さい。乗せて行ってあげますよ。また、タクシーを拾うのは、大変でしょうからね」

 車内のバックミラーをかいして山辺を見ながら、運転手がそう言った。

「ありがとうございます。是非ぜひ、そうさせて下さい」

 と、言ってから、山辺は、取り敢えず、阿蘇駅から大観峰までのタクシー代を払った。

 駐車場の横に、大きな喫茶店があり、観光客でごった返していた。

 そんな喫茶店を横目に、城戸と山辺は、細い歩道を歩いて行く。大観峰の展望台に続く道である。

 十年前とは違って、外国人の姿が多く見られた。

 途中に石碑せきひがあり、その直ぐ先に大観峰の展望台がある。

 柵の手前にある、木でできた踏み台の上に乗る。

 すると、田んぼが、緑色の絨毯じゅうたんの様に広がっている。緑色と言っても、一色でできているわけではない。それが、パッチワークの様で、いい味を出している。

 目線を上に変えると、阿蘇五岳が、堂々とそびえていた。

「十年前と、変わっていないなあ」

 山辺が、そう一言漏らした。

「そりゃあ変わらないさ。東京だったら、十年もてば、建物が建て変わって、様変わりするものだよ。自然は、そんな簡単に変わらないんだ。そこに、偉大な力を感じるよ」

 城戸は、阿蘇五岳を眺めながら、そう答えた。

 観光客が多いのだが、辺りは、静寂せいじゃくに包まれていた。

 城戸は、煙草たばこに火をけて、口にくわえた。

 そんな彼を見た山辺が、

「なんだ、城戸、まだ煙草を吸っているのか?」

 と、意地の悪い顔で訊いてきた。

「まあな。酒は、控えることができたんだが、煙草だけはめられなくてね」

 城戸は、照れ臭そうに言った。

「そうだよな。俺にも、一本くれよ」

「おい、君も人の事を言えないじゃないか」

 城戸は、笑いながら、煙草を一本山辺に渡した。

 山辺の口にくわえられた煙草に、城戸が、ライターで火を点けた。

 煙草を楽しむ山辺の横で、城戸は、耳を澄ませた。聞こえるのは、車のエンジン音でもなく、空調の室外機の音でもない。鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。

 すると、突然、自然の心地よい音とは対極の、電子音が鳴り響いた。

 城戸は、つい、驚いてしまったが、山辺の携帯電話からの音だった。どうやら、電話の着信があった様だ。

 携帯電話で、通話をする山辺の顔を、じっと見ていた。

 そんな山辺の顔が、けわしくなっていくのが分かった。

「わかった、直ぐそちらに行くよ」

 山辺は、そう言って電話を切った。

「もしかして仕事か?」

 城戸が、山辺の顔を覗き込む様にして訊く。

「ああ、その通りだ。草千里ヶ浜で、男の死体が見つかったそうだ」

「それなら、本当に短時間で残念だが、自分は、東京に帰ることにするよ。君は、事件で忙しくなるだろうからね」

「恐らく、そうなるだろうな」

 山辺は、溜息をついて、

「それなら、俺は、あのタクシーで、草千里ヶ浜まで行くよ。俺が降りた後に、城戸は、そのタクシーに乗ったまま空港なりに戻ればいい」

 と、言った。城戸も、溜息をついてから、

「そうするよ」

 と、言って、タクシーの駐まっている駐車場へと戻った。

 細い道を、二人は黙って歩いて行く。明らかに、今までよりも空気が重たく感じる。別れが突然やってくる事になったからだろう。

 タクシーの運転手は、呑気に煙草を吸っていた。

 城戸と山辺の姿に気づくと、さっさとタクシーに戻っていった。

 二人は、そのタクシーに乗り込み、山辺が、

「運転手さん、まず、草千里ヶ浜までお願いします。その後に、この人を、熊本空港に送ってくれないかな?」

 と、城戸を指差しながら、言った。

「では、取り敢えず、草千里ヶ浜に行けばいいんですね?」

 運転手が、そう念を押した。

「はい。そこで、自分は降りるけど、この人を空港までお願いします」

 山辺は、そう、繰り返した。

 草千里ヶ浜は、阿蘇五岳の一つである、烏帽子岳えぼうしだけ北麓ほくろく火口かこう跡に広がる、大草原の事である。その大草原にある池は、雨水でできたそうだ。今は、牛や馬の放牧地として利用されている地であり、多くの観光客が訪れ、今や、阿蘇観光では外せない場所だ。

 今度は、外輪山を降りるため、国道二一二号線の峠を下る。

 阿蘇駅近くにまでくると、今度は、県道一一一号線(阿蘇パノラマライン)で、阿蘇五岳周辺の山地を登っていく。

 三〇分ほどで、草千里ヶ浜に着いた。

 運転手は、草千里ヶ浜から、県道一一一号線(阿蘇パノラマライン)を挟んで向かい側にある、大駐車場に入った。

 その大駐車場には、何軒かのレストランや、阿蘇火山博物館もあった。観光バスが、何台か並んでいた。

 奥を見ると、赤色灯が光っていて、何やら騒がしくなっていた。制服姿の警官や、黄色い規制線が見える。

「何だか、騒がしいな。事件でもあったのかねえ」

 運転手が、ハンドルを回しながら、そう呟いた。

「本当だ、何かあったみたいですね」

 山辺が、他人事ひとごとのようにそう言った。

 タクシーが停まると、

「ここまでのタクシー代は、俺が持つよ」

 と、言って、運転手に代金を払った。

「後は、この人を空港までお願いします」

 山辺が、子を送り出す親のような口調くちょうでそう言い、

「城戸、今日はありがとう」

 と、改まって言った。

「こちらこそ、ありがとう。今度は、あまりを開けずに会おうと思うよ」

 城戸は、噛みしめる様にそう言った。

「ああ。じゃあ、またな」

 山辺はそう言って、タクシーを降りて、慌ただしく去って行った。

「それでは、熊本空港に向かいますね」

 運転手は、気まずそうに言った。

 タクシーは、国道五七号線(豊後街道)に出て、西へ向かって走った。

 大津市内に入ると、阿蘇市の農村の雰囲気の景色は消え去り、東京でもよく見る、チェーン店が、大きな看板を出して、行列をなしている。

 途中で、国道四四三号線に折れると、再び、農村の雰囲気がただよってきた。

 見渡す限りに田園でんえんが広がっていて、進行方向右側には、阿蘇の山々も見えた。

 長いトンネルで滑走路を超えて、阿蘇くまもと空港に到着した。

 城戸は、草千里ヶ浜からの代金を払って、タクシーを降りた。

 そして、同僚や、妻の為にお土産みやげを買い求めてから、搭乗手続きを済ませて、羽田はねだへと飛び立った。

 城戸には、一〇年ぶりに親友・山辺との再会を果たしたという実感は、さほどなかった。あまりにも別れが早かったからであろう。今度は、間を開けずに阿蘇を訪れ、山辺に会おうと思った。

 むしろ、時間があれば、必ず阿蘇へ帰郷ききょうしたいとも思った。久しぶりに訪れた故郷が、さらに好きになった。東京に憧れて、ウキウキで上京じょうきょうした若い自分が、馬鹿らしく思える。

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