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練習用即興小説  作者: Qosmin
4/4

4.水に消えたメッセージ(お題:アルバム、水没、国家)

「どう? 何かわかった?」

 外回りから帰って来るなり恵美はそう訊ねた。アルバムのページを捲る葉子が、うんざりしたように首を振る。貼られた写真の殆どは滲み、あるいはインクが溶けて一部が消えていた。それをつぶさに調査するのが葉子に与えられたミッションであるはずなのに、半日もしないで飽きたらしい。

「別に。ただこいつの幼少期が予想外にチャーミングだったってことだけよ」

 そう言って恵美に向けた写真には、円らな瞳で見上げる少年が写っていた。背景は例によって消えてしまっていたが、幼稚園の入園式なのだろうか。母親と思われる大人の手が辛うじて残っているのが見える。鼻筋が通った男の子ははにかむように笑い、写り込んだ桜の花の春めいた気配のせいか、抱き締めたい愛くるしさがあった。

「なにこれ、詐欺じゃない。この当時に見つけてたらあたしが飼ってたいくらいじゃない」

「でしょ? それがこんなおっさんになるんだもん。全く、世の中っていうのはわからないものね」

 溜息をついて指し示すのは、ホワイトボードに貼り付けられた、現在の彼の写真だった。脂ぎった頬はハムスターが餌を蓄えるように膨らみ、髭は無造作に伸びて汚らしい。近眼をこじらせたのか細めた目つきの上にひん曲がり、辛うじて昔の面影を見るとしたら、真直ぐに伸びた鼻筋くらいのものだ。

「えっと、こいつ、なんて言ったっけ」

「久手須場明男」

「あぁ、そうそう、くてすばあけお。って珍し過ぎて読めないし。こんな可愛いボクが、どう道を踏み外したらこんなんになっちゃうんだろうね」

 お姉さんは悲しいよと嘆く葉子のおでこを、恵美は軽く突いた。

「冗談言ってないでお仕事お仕事」

 久手須場はアジトで確保された。この日本という国家を相手取って、革命を起こすのだと脅迫を繰り返していたのだ。この国は一度壊さなければ救いがないらしい。アルバムの中で必死に子猫を追いかける純粋な少年は、随分と危ない思想にかぶれてしまったらしい。そして綿密な内偵の末に見つけたアジトに踏み込んだ際、久手須場が取った行動がこれらしい。アルバムをトイレの水の中に捨てるという暴挙。そんなこんなで、この水没したアルバムが革命の計画に繋がる何か、あるいは仲間に繋がる何かが隠されているのではというのが当局の考えというわけだ。

 全く、何とかして欲しいものね、とぶつくさと葉子は不満を口にする。一時とはいえトイレに捨てられたものだ。その気持ちはわかる。

「本当にこんなところに決定的な情報なんてあるのかしら」

 ジュニアアイドルみたいな小学校時代を通り過ぎたところで、葉子は呟く。中学校のものはだいぶ水にやられていたが、少しずつ変な方向へ走っていったようだ。壁に張ったゲバラのポスターなんかはステレオタイプ過ぎて笑ってしまいそうになる。その頃から段々身なりに気を使わなくなっていったのか、ジャニーズ的な風貌はなりを潜め、葉子が面白くないと文句を言う回数が増えていく。

「だって、どうせ見てるならイケメンの方がいいに決まってるもの」

 その考えには勿論、恵美も同意する。もう顔も見たくないという感じになってくる頃に顔が綺麗に消えている写真があると、無性に安堵した。そうして今の久手須場にまで辿り着くと、アルバムはそこで終わっている。

「で、これは結局なんだったわけ?」

 一頻り一人の前途有望な天使が残念な大人になるまでを見届けると、落胆のあまりに葉子は溜息を吐く。なんだかあたしの綺麗な夢が穢されたみたいで腹立つと、机を両手で叩いていた。

「これじゃあなんだか損しただけな気分」

 そもそもこんな絵が消えたアルバム見て、何かわかるわけないじゃない。完全に諦めて机に伏せた葉子の言葉に、恵美は引っ掛かりを憶えた。

「今、何だって?」

「ん? 損した気分って話?」

「そうじゃなくて、絵が消えたって」

 その時、閃いた。久手須場が残した手がかりがある場所。それはきっと靴箱の中に違いない。久手須場がアルバムをトイレに捨てた理由。それは証拠隠滅を図ったのではなく、その行為自体で仲間に隠した情報の在りかを伝えたかったに違いない。

「それで、どうしてそんな場所がわかるのよ」

「アルバムは水に浸かって絵が消えたんでしょ? つまりは"e"を消せばいいのよ」

 KUTESUBA AKEO。そこからeの文字を取り去ると。

「ね? きっとそうに決まってる」

 自慢げに胸を張る恵美に、葉子は面倒臭そうに首を振る。

「そんなわけないじゃん」

 そんなこと言う生意気なおでこを、恵美は指で強く弾いてやった。

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