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練習用即興小説  作者: Qosmin
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3.マラソン大会(お題_漫画本、マラソン、銀行)

 ガラス張りの自動ドアが開いて、生温い風が入ってくる。クーラーで保たれていた涼が一気に奪われて、不快感から振り向くと、四人組の男たちが転がり込んできた。皆揃いの黒いシャツと黒いズボンを穿いている。それぞれにやはり黒のリュックを背負い、その内の二つはパンパンに膨れていた。そしてこの暑いのにも関わらずに被っている黒の目出し帽は、雨に降られたように皆、汗で濡れていた。


 そういえば壁に貼ってあるマラソン大会のポスターを思い出す。今年もこの季節が来たわけだ。今回は参加してみようかと言っていた女友達のことを思い出す。この大会は賞金が高額なのだから、優勝した暁には何か奢って上げるのだと豪語していた。彼女もこの炎天下で頑張っているのだろうか。


「全員動くな!」


 恐らくリーダー格の男が叫んだ。息が弾んでいたためか、その声はどことなくかすれ気味だった。それでようやく気付いた人もいるのだろう。ATMでお金を卸そうとしていた主婦も、窓口で判子を押そうとしていたサラリーマンもようやく彼らを認め、一斉に声を上げる。


 日常が非日常のステージに変わった瞬間だった。


 その喧騒を鎮めようと、男が天井に向けて引き金を引いた。渇いた轟音が、鼓膜を震わせた。


 全員床に伏せろと命じると同時に、他の三人の男たちが窓口に駆ける。非常通報用のボタンに手を伸ばしかけた行員に黒い凶器を押し当て、寸でのところで止める。とりあえずその時点でのゲームオーバーは回避できたらしい。安堵したのか、息を吐くのが聞こえてきそうだった。無理なダッシュでもしたのだろう。その膝は笑っているように見えた。まだまだ初心者なのだろう。お世辞にも手際がいいようにも、体力的に余裕があるようにも見えなかった。


「このリュックに5キロ分の束を入れろ。直ぐにだ」


 まだ空のリュックを放り投げると、男性行員に命じる。行員は言われるままに用意してあった紙束を詰め込んでいく。その量は現金にすればどれくらいの額になるのだろう。束になったその殆どが何の価値もない紙屑だとわかっていても、圧巻の光景だった。


 早くしろと急かすリーダーはただ、ずっと時計を気にしていた。腕に巻いた時計でも、店にかかっているものでも、指し示す時間は変わらないはずなのに、視線は何度もその間を行き来する。


 やがて男性行員がリュックに詰め終わったようだった。奥から秤を持ってこさせると、リュックを乗せる。


「ダメだ、あと500グラム足りない」


 男たちの声は焦っていた。銀行側の準備に手違いがあったらしい。申し訳なさそうに頭を下げる行員に、何か代わりになるものはないかと迫っていた。対応を協議している時間は、思わぬタイムロスに繋がる。リーダーの男が時計を見る回数が増えた気がした。


「もうこの際こいつでいい」


 仕方なしに取り出したのは、受付で待つ客用に揃えられた漫画本だった。それを一冊、二冊と入れると、ちょうど既定の重さに達したらしい。デジタルのメモリが5キロを超えると同時に、「よし」という声が漏れた。


 一杯に膨れ上がったリュックを背負うと、男たちはまた走り出した。


「次の店で最後だ。お前ら、気を抜くなよ」


 リーダーの男が鼓舞するのに、もうやっとという感じで他の男たちがついていく。もうへとへとなのは、見た目にも明らかだった。だが、あの様子であれば彼らは無事完走できるのだろう。


 男たちが立ち去って、そこはまた日常に戻っていく。ATMが空くと私はそこへ向かった。キャッシュカードを入れ、引き出しのボタンを押す。暗証番号を入れていくださいという声に混ざって、また生温い風が入ってきた。振り向くとまた、黒いシャツに黒いパンツを穿いた、今度は四人組の女たちが入ってきた。


「全員動くな!」


 そう叫ぶ声に聞き覚えがあって良く見ると、背格好が女友達に似ていた。


「この店ならもう終わったわよ」


 もう帰ろうとしていた主婦がそう教えてやると、黒い目出し帽を被った彼女は情けない声を上げた。


「えーここもー」


 彼女たちの背負うリュックはまだどれもしぼんでいた。少なくともあと四店舗は回らないといけないらしい。どうやら優勝にはほど遠そうだ。恐らく夕方に愚痴りにくる彼女をどうやって慰めてあげようか。そんなことを考えながら私は、いつもよりも一万円多くお金を卸した。


大会のルールの作り込みが甘くて、説明不足で読者をややおいてけぼりにしているような気が……。

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