2.墜落(お題_灯台.小鳥.悪魔)
灯台はただ、闇を照らしていた。ぐるぐると灯りが巡る度に、溜息に満たされたように重い空が浮かび上がる。あそこから堕ちてきたのかと思うと、身が震えた。
灯台は切り立った崖の上にあった。その天辺に腰かけた彼はただ、頭上を見上げていた。投げ出した足が、吹き上げてくる風に揺れている。それを捕まえればもう一度、あそこへ行くことができるのだろうか。そんなことを、気づけば考えていた。
背中の翼は折れていて、恐らくもう、羽ばたくことすらできない。だからそれだけが、もう一度飛び立つための頼りなのだと思った。だけどそうして飛び上がったところで、あの方は許してくれるのだろうか。
ずっと一つの存在を愛していた。それだけが全てだと思った。禁じられた果実を齧った男女のことも、苦難の中にあの方の愛を信じた者の過酷な定めも、些細なことでしかない。大いなる愛に包まれて、それが至福なのだと思っていた。あの方が与えてくれるものだけが確かなもので、それ以外は取るに足らないものだと、そう信じていた。
どうして光があれば闇ができることに気づかなかったのだろう。強すぎる光だけでは人々が安らかに眠れないことに、なぜ気づけなかったのだろう。灯台の頼りない灯りだけが照らすここに来て、ようやくわかる気がした。彼の目もまた、強烈な光によって塞がれていたのだ。
だから彼女と会ったときに、初めて目でものを見たような気がした。あのときの彼女はただ、泣いていた。焼野原となった戦場でただ一人立ち尽くし、足元ばかりを見つめていた。それでいて、戦士の魂を導こうとした彼に斬りかかってきた。なぜそんなことをするのかと訊ねると、連れて行かないでと彼女は答えた。その人がまだ、必要だから、と。
すぐには理解できなかった。大いなる愛とともにあることが何よりも貴いものなのに、それすらも彼女は必要ないと言った。主の愛も慈悲も要らない。目の前で躯になったその男だけあればいいのだと。
頑なその様が美しく感じられた。もっと彼女のことを知りたいと思った。もっと彼女の傍にいたいと思った。それがあの方に知られるのに、そう時間はかからなかった。怒りを露わにしたあの方は、彼を突き放した。そうして深い淵に突き落とされながら、あの人の愛を失ったのだと思った。
唯一絶対なる光を見失い、そこには絶望しかないと思っていた。それなのに、どうしてこんなに心が落ち着いているのだろう。彼は首を傾げる。そして気づく。あの方の愛を失ったわけではない。失ったのは、あの方への愛なのだと。
かつて嫉妬は罪なのだと言ったあの方は、確かに嫉妬していた。彼の心を奪った彼女に。そう考えると、彼の口元に自然と笑みがこぼれた。
暗闇に手を伸ばすと、どこからともなく一羽の小鳥が降り立った。この暗闇の中でも映えるくらいの純白。それを見た途端、彼にはわかった。
「あぁ、こんなところにも来てくれたのだね」
小鳥は何も答えずに、ただ下を見た。それだけで彼は、何も怖くない気がした。
「一緒に行こう」
そう呟くと、彼は天を向くのを止めた。道先なら、小鳥の白だけで十分だった。両手を大きく広げると、灯台を蹴った。身体が宙に舞うのがわかる。以前なら羽ばたいて空を登ることができた翼も、今はもう折れている。だから彼は一直線に堕ちていった。深い深い闇へ。誰かが安らぎを得る、夜の中へ。
あぁ、きっとそれも悪くない。
堕ちながら、彼は思う。あの人が光であり続けるのなら、自分は闇になろう、と。
久々の投稿。
オチへの展開がちょっと無理矢理でお話が全体的にフワッと抽象的すぎる気が…