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練習用即興小説  作者: Qosmin
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1.臥竜晴虎(お題_巨人_上洛_宮殿)

 肌がひりつく。蝋燭の灯りが揺らぐ度にそれは表情を変え、滴り落ちる汗が裸になった上半身を伝い落ちる。

 感じているのは恐怖なような気もするし、高揚な気もした。十五で初陣を済ませて、戦場で斬り結んだ。あの場を支配していた狂気をもってしても、足が震えた。とにかく正気を保とうと、筆を白紙に叩きつける。その背後で虎はずっと、瀬部を睨みつけているようだった。


 瀬場殿に当家の宮殿にて襖絵を描いて頂きたい。朝廷に仕える貴族の一人から乞われて上洛したのは、一月前のことになる。ついにここまで来たのかと思った。主家が倒れて流浪の身になった瀬場が、刀から絵筆に持ち替えて優に十余年。武士では響かせられなかった己の名を、ついに天下に示せると思った。

「して、どんなものがお望みでございますか」

 大仰に訊ねると、注文主の貴族は扇子を打ち鳴らした。実は一つ、さる人物に描かせたのだが、それと対になるものが欲しいのだという。思わず鼻を鳴らした。俺と並ぶ相手が可愛そうだ。瀬場は内心ほくそ笑んだ。地元では大名までもが絵を描いて欲しいと懇願しにくるくらいだ。どこかの馬の骨の者が相手になるわけがない。

「それで、もう一つのものというのは、どのようなものですか」

 程度を相手に合わせてやらなければならい。そうでなければ釣り合いを失い、どちらか一方はみすぼらしくなるだけだ。勿論、自分がそうならない自信が瀬場にはあった。

「その意気で臨まれるのであれば有難い」

 発注主はそう言って頷くと、あとは直接見ればわかると告げた。果たして招かれた宮殿でそれを目にした瀬場は、自分の考えが食い千切られるのを感じた。虎だ。毛を粟立たせて見るものを睨みつけてくる。気を抜けば一瞬にして貪られるような気がして、身体が底から震えるのを感じた。

 絵師の名は狩野永徳。洛中きっての名声を誇る狩野派の主にして、歴代でも随一と噂される巨人だ。その反対側の襖に絵を入れるのだと言う主が、どうしてそんなに平静な顔をしていられるのかが不思議だった。虎は今にも襲いかかろうとしているのに。


 気づけば瀬場は竜を描いていた。それくらいのものでなければ、虎に抗えないような気がした。鬱蒼たる雲を割って下界を睨む竜。その迫力でもって、虎を制したかった。だが。

「全然駄目だ。こんなものでは猫も呑み込めぬ」

 怒りに任せて顔料を入れた皿を蹴ると、色彩が床に広がった。高みから眺める竜はまるで怯えてそこから動けずにとぐろを巻いているようにしか見えない。ただ強がってばかりで、空を飛ぶこともできない虎を恐れている。

 逃げ出したい気持ちだった。まるで、自分と一緒だと思った。地元で掴んだ名声をはき違えて、巨人に踏みつぶされようとしている。

 力任せに髭の輪郭を横一文字になぞると、そのまま大の字に転がった。虎がじっと睨んでくる。だが、もうどうしようもない。自信も、創意も、瀬場にはもう尽きかけていた。浅い息が胸を上下させ、目は天井の暗闇に引き込まれる。そこから己の竜が助けてくれるのを、ただ祈っていた。


 夢を見ていたのかもしれない。気づけば草原で横たわっていた瀬場の横を、虎が寄り添っていた。威厳に満ちたその表情のままで、虎は舌を出すと瀬場の頬を舐めた。獲物の吟味というわけではなさそうだ。身体を動かせずに目だけを上げる瀬場の横に、虎は寝そべった。どういうわけなのだろう。そう思っていると、今度は竜が見下ろしているのに気づく。あれは、自分の竜だ。直感的にそう感じた。強がっているだけで、垂れた髭がその心の内側の示しているようだった。同じように竜に気づいた虎が喉を鳴らした。威嚇するわけではない。まるで一緒に遊ぼうというみたいに。意外に思って身体を起こすと、虎の後ろに、どこまでも広がる大地が見えた。雲に覆われた狭い空から、まるで虎が導こうとしている気がした。

 目を開けると、暗い宮殿に一人寝そべっていた。蝋燭の灯りが、夜を照らしている。そこはかとなく吹き込む風が、頼りない灯りを揺らした。

 ふと虎を見上げる。作業中に何度も意識をし、もう見たくもないとまで思った虎。それが、先ほどの夢の中で見たものと重なった。虎の表情はどことなく、自分を待ってくれているように思えた。その背後に広がる、まだ瀬場の辿り着けていない、無限に広がる世界へ。

 その先を、瀬場も見てみたいと思った。狩野永徳はそこまで辿り着いたのだろうか。そんな考えが過ったのは一瞬で、そんなことはもう、関係なかった。

 投げ出した絵筆を取ると、もう一度竜に向かって叩きつける。だがそれはもう、荒々しいだけのものではなかった。


「ふむ、まずまずであるな」

 注文主の貴族は完成した絵を見て、そう頷いた。

「まずまず、ですか」

 そう反芻する瀬場の胸には、どこか誇らしげな思いが広がっていた。明るい陽の下で、対の襖絵を眺める。虎が誘い、竜はそれにまだ恐れを抱きつつもついていこうとする。しかし、竜の翼は虎が駆けるよりも速い。いつか虎を飛び越えるほど遠くの、その先へ行くことができるのだろうか。瀬場はその姿を想像して、一人笑った。


出題から約1時間で執筆。

主人公の考えが変わるところのエピソードが上手く思い浮かばず、割と力業で落としたなー感が……。

時間制限意識すると文章がちょっと雑になっている気がするなぁ。

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