第8話 予行演習(リハーサル)
「何なのコレ?」
〈AIユニット〉が周囲を顧みず、普通にしゃべり出した。
〈俺〉は、あわてて左右に目を走らせる。
幸いなことに、誰もこちらを見ている者はいない。
「ぉぃ。
もっと音量を下げてくれ。
ちゃんと聞こえてる」
「じゃ~あ。
これでどお?
じゃじゃーん。
腹話術」
〈AIユニット〉は口を動かさず、小音量で話してみせた。
「やめないか!
それなら、“秘話”のほうがまだぃぃ」
『ちぇっ。
おもしろいと思ったのに』
「遊びに来たんじゃないんだぞ!」
〈俺〉は、いかにも通信しています。
というように、ワザとらしくインカムに手をやりながら話す。
もちろん、小声でだ。
〈AIユニット〉の集音器なら充分聞こえるハズだ。
『“舞台中央へ移動→
楽曲スタート→
基礎動作デモ(可能なら、最後に最高の笑顔ください!)→
楽曲終了→
退場”って、コレだけよ?
わたしへの指示』
「ブリーフィングを聞いてなかったのか?
その間、ずっと会場をスキャンニングしているんだぞ……。
不審者がいないかどうか?
爆薬成分がないかどうか?
パフォーマンスをしに来ているんじゃないんだ。
会場の警備任務なんだぞ」
ステージ中央なら、観客席に対してほとんど死角がない。
それに爆弾魔も、ステージ中央から監視されているとは思うまい。
「そんなのわかってるよ。
何度も同じようなこといわなくったってさ。
自動探査かけとけば。
歌って踊るぐらいの余裕はありますって」
「ダメだ!
余計なことは一切するな。
こういう任務ではな。
なるべく目立たないのが、肝要なんだ。
観客にとっては、ちょっと残念なぐらいのパフォーマンス。
それでちょうどいい」
などといっているウチにも……。
「わあー。
これがサプライズゲストなの?
ステキ~。
お人形さんみたい!」
と、声をかけてくる出演者に軽く右手を振っている〈AIユニット〉を見ながら……。
〈俺〉は、もうすでに「目立たないというのは無理かな?」と思いはじめていた。
仮面をつけていても隠しきれない、白磁のような整った横顔。
それにちょっと少女が背伸びをしたような、大人っぽいイメージの衣装が映えに映えていたから。
“芸能人”の中に入れば、“美少女姿の〈二脚〉”は目立たないと思ったのだ。
だが、無機質な〈二脚〉の身体の造形は、どこか妖しげな魅力を放っていた。
その美しさは、人間の少女たちのかわいらしさ、美しさとはまた異質で見る者を不思議な気分にさせるのだ。
リハーサルのステージでは、少女が踊りながら歌っていた。
〈AIユニット〉はそれを無表情で見ていた。
が、そのときメインホールの入口のほうに顔を向けた。
『〈隊長〉おかしいです。
あの警備員。
本日の会場警備担当者情報の中に該当ナシ』
「予備、交代要員の中にもないんだな?」
〈俺〉は壁の時計を見るフリをして、視界の隅で〈警備員〉を見る。
確かに、何か落ち着かない感じだ。
巡回しているというよりは、何かを探し求めているようでもある。
休憩中でもなさそうなのに、肩に私物のようなデイパックをかけているのも不自然だ。
周囲にほかの警備員の姿を探すが、あいにくいない。
「〈AIユニット〉はここにいろ」
『わたしのセンサが必要になるかも?』
「よし。
着いて来い。
命令するまで何もするなよ?」
『ありがと、〈隊長〉!』
〈俺〉たちは、〈警備員〉を見ないように近づいて行く。
しかし、〈俺〉は会場では自分が目立つ存在である。
そのことに、いまさらながら思い至る。
〈俺〉は咳払いするフリをして口元を隠し、小声で指示を出す。
『先行してくれ、会場では〈AIユニット〉のほうが目立たない』
『了解。
まかせて!』
〈俺〉が歩みを緩めると、〈AIユニット〉が追い抜いて先行した。
「デイパックの中身が気になる」
『接近して、スキャンします』
「前方から行け。
〈俺〉は背後に回る」
『了解』
〈警備員〉は、何かを見つけたかのように、ステージに向けて一直線に移動しはじめた。
『〈隊長〉!
デイパックの中に金属反応アリ。
刀剣類の可能性、86%』
毎度ながら、その中途半端な確率はどのような方程式から導き出されるのか?
そんなことを頭の片隅で意識せずに考えながら、〈俺〉は確認する。
「爆薬や銃器はないんだな?」
『いまのところ、それらしきものは確認できず』
「よし確保しよう。
〈俺〉が行く。
挨拶でもして、足を止めてくれ。
ゆっくりと、穏便にな。
落ち着いて行こう」
『了解。
行きます』
「あの。
スイマセン。
警備員さん?
ちょっとイイですか?」
〈AIユニット〉が声をかけても、〈警備員〉は〈AIユニット〉と会話しようとはしなかった。
立ち止まり、周囲を見回すと〈俺〉と目が合う。
そのぎょろついた目つきから、〈俺〉は即座に悟る。
コイツはダメだ!
イッちまってる!!
「〈ニセ警備員〉から離れろっ!!」
「えっ!?」
〈ニセ警備員〉は、デイパックから山刀のようなものを引き出した。
そして、デイパックと鞘を投げ捨てる。
〈ニセ警備員〉は、血走った目を〈俺〉に向けたと思った瞬間。
振り向きざまに〈AIユニット〉に山刀で斬りつけた。
こういう輩は、狡猾に弱者を嗅ぎ分ける。
そして、狙い打ちにするのが常套手段だ。
今回ばかりは見誤ったようだが。
〈AIユニット〉は切っ先をかわした。
しかし、山刀は肩をかすめ、衣装の一部を切り裂いた。
周囲で悲鳴。
「警備員はどこだ?」
だの……。
「警察を呼べ!」
だの……。
混乱した状況をなんとなく聞きながら、〈俺〉は〈ニセ警備員〉の隙をうかがう。
次の瞬間。
「クソっ!
この女!
避けやがって!!」
〈ニセ警備員〉が怒鳴り声を上げる。
そして、〈AIユニット〉に山刀を再度、振り下ろした。
〈AIユニット〉は避けなかった。
周囲から、悲痛な叫び声が上がる。
だが、〈AIユニット〉は斃れなかった。
両腕を交差させて、その中央で山刀を受け止めていた。
〈二脚〉は愛らしい見た目とは裏腹、れっきとした陸軍〈研究所〉謹製だ。
前腕の外縁部をはじめ、外装の要所には強化装甲が組み込まれている。
〈俺〉は訓練のタマモノだなと思いながら、〈ニセ警備員〉を後ろから確保する。
「相手がワルかったな。
軍用は伊達じゃない!」
手首を極めると、山刀が床に落ちた。
〈俺〉は、山刀を蹴る。
〈AIユニット〉のほうへ。
そして、落ちた獲物を〈AIユニット〉が確保する。
それを視界の隅で確認する。
「なんなんだコイツは!!
人間じゃねえのかよっ!!!」
唖然としていたのも束の間。
〈ニセ警備員〉は、〈AIユニット〉に向かって怒声を浴びせる。
その後、強引にステージに向き直った〈ニセ警備員〉は、誰かアイドルの名前らしきものを叫びながら……。
「馬鹿にしやがって!
殺してヤル!!」
どうにも、言葉遣いがなっちゃいない。
まったく、聞くに堪えない。
これはちょっと“教育”が必要だろう。
ステージの上では、ひとりの少女が耳をふさいでしゃがみ込み、ほかの少女たちが心配そうにしている。
もがき続ける〈ニセ警備員〉を押さえつけながら、〈俺〉は〈AIユニット〉にいう。
「〈ニセ警備員〉を黙らせろ。
まわりに気取られないようにな」
『了解』
〈AIユニット〉は、右手を〈ニセ警備員〉の首筋に添える。
『〈隊長〉。
離れて!』
〈俺〉が手を離した瞬間。
「バチッ」と音がして、ギャーギャーいっていたのが静かになる。
「おい!
大丈夫か!?
発作じゃないのか?」
〈俺〉は、電撃のせいだと解っていたが、ワザとらしく大声でいった。
そして、非常口のほうへ引きずって行く。
「指示は?
〈ニセ警備員〉をどうしろといってる?」
『駐車場に陸軍のクルマがあるそうです。
そこへ……」
「陸軍?」
〈俺〉は、こういうときの部隊といえばアレしかないか……と思いながら、駐車場へと向かう。
すると予想とおり、諜報部の連中がてぐすねひいて待っていた。
〈俺〉はターゲットを引き渡しながら、〈ニセ警備員〉が気の毒になる。
ちょっとだけだが……。
〈俺〉は〈相棒〉にやっと声をかける余裕ができる。
「よくやった。
腕は大丈夫か?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!
せっかくの衣装が……」
〈二脚〉の身体を改めて見ると、衣装の首から肩にかけてのあたりが切り裂かれていた。
〈俺〉はその昔、山刀の重みで、邪魔な枝を薙ぎ払い、叩き落としながら密林をパトロールしたときのことを思い出す。
〈AIユニット〉の〈二脚〉の頭部がそんなことにならなくて、本当によかった。
「これじゃあ、ステージに上がれないよ。
どうしよう……」
「いや。
これだけの騒ぎだ。
残念ながら、穏便に済んだとは言い難い。
今日はコレでお開きだろ?」
「えーーーーーーーーーーーーーっ!?」
〈AIユニット〉のガッカリする声が、駐車場に鳴り響いた。