第7話 再会の控え室(メモリールーム)
「ここで待ってる」
〈俺〉は〈AIユニット〉を控え室まで連れてくると、入口でそういった。
〈AIユニット〉は〈二脚〉の身体で部屋の中へ入っていった。
扉は薄く、開けておいた。
『衣装さん……?』
「なぜかしらね……。
話を聞いたときはね。
『(ふ)ざけんな!』って。
そう思ったわよ。
あの娘の衣装を用意して……。
ロボットに着せろ、だなんて
でも、ね。
あなたを見たとき……」
スタイリストは〈AIユニット〉の〈二脚〉の身体、その顔から仮面をハズした。
「……」
「きっと。
あの娘も〈機械仕掛け〉なら怒らない。
うううん。
きっと……。
きっと、喜んでくれると思う。
そう思ったの。
なんでだろ?
なんで、そう思うんだろ?
不思議なんだよね」
スタイリストは、目頭を軽く押さえながらいった。
「さあ、早くこっちへ。
予行演習がはじまっちゃう」
スタイリストが、テキパキと合わせはじめた。
〈彼女〉のものだったハズの衣装を。
いまは〈機械仕掛け〉のモノとなった衣装を。
「はい。
これで出来上がり!
この衣装をね。
あの娘が新曲の舞台で着るハズだったの。
大人っぽいでしょ?
〈機械仕掛け〉にもすごくよく似合ってるわ」
スタイリストは〈機械仕掛け〉を眺めていた。
しみじみと……。
「まさかね。
ピッタリじゃない。
調整しなきゃならないところなんてないわ!
なんだか、またジーンとしてきちゃった」
スタイリストは〈機械仕掛け〉に近づく。
そして、静かに〈機械仕掛け〉の〈二脚〉の身体を抱きしめた。
「『おかえり』
この言葉の意味。
〈機械仕掛け〉には解らないでしょうね?
それでもイイの。
いわせてもらうわ。
『おかえりなさい』」
ギ・ギと〈二脚〉両腕が、不自然に震えた。
そして……。
「アリ・ガトウ・ゴザイ・マス。
ガン・バリ・マス」
ワザとらしい、合成音声が響いた。
〈俺〉は〈AIユニット〉と〈俺〉しか真実を知らない、知りようもない……。
そんな、本来はあり得ないハズの……。
再会場面を見守っていた。
見守ることしかできなかった。
そして、〈AIユニット〉は再び仮面をつけ、控え室から出てきた。
「〈隊長〉?
どうかな?
ちょっと、露出が多い気がするんだけど……」
これをほかの兵隊にいわれたのなら……。
「任務中に何をいってやがる!」
と、尻を蹴り飛ばしているところだ。
だが、〈俺〉もそんなにヤボじゃない。
「そうか?
よく似合ってるよ」
「もしかして、見えちゃったりしてないかな?
外装の継ぎ目とか……」
「大丈夫だ。
よほど近くまで行かなければな」
「ホントに!?
よかったあ」
「それより、大丈夫か?」
「なにが?」
「まあいい」
〈AIユニット〉は歩き出す。
〈俺〉は、その右斜め後方についていく。
以前、出演したことのある会場だといっていた。
だから「施設の構造は把握している」のだ、と。
だが、前に来たときは生身だったハズ。
それに、同じ場所でも……。
戦場はそのときそのときで、また違った顔をしているものだ。
〈俺〉は「慎重に行け」と助言しようとしたのだが……。
〈AIユニット〉が、舞台袖へと続く階段を上がっていたときのことだった。
足下で「みしっ」というイヤな音がした。
〈俺〉はとっさに、バランスを崩した〈二脚〉の上半身を支える。
そのとき、〈二脚〉の両腕が俺の腕を過剰な力でつかんだ。
「う!」
「う?」
「う、腕がちぎれる!」
「あ、いけね」
「じ、自重と出力を考えろ……」
「ごめーん〈隊長〉。
〈二脚〉だと、ついうっかり。
生身感覚でっ。
〈四脚〉だと、さすがに忘れないんだけどさ(笑)。
でも、女の子に自重・出力だなんて……。
ちょっとシツレイじゃない?」
「いいことかもな」
〈俺〉は自分の腕に触れて、骨に異常がないか確認しながら言った。
「え?
イタいのが!?
ちょっと、しょっくかも~~~。
〈隊長〉にそんな趣味があったなんて……」
「そうじゃない!
機械の身体だって……。
『忘れてる』ってことだ。
それだけ、〈二脚〉の身体に馴染んできてるってことだろ?」
「そ、そうかな?」
「そうだろ。
なんだかんだいっても……。
〈研究所〉の連中は、いい仕事をしているようだな」
「そうかも……。
感謝しなきゃいけないんだよね。
みんなに」
そんなことを言い合っていると、声をかけられた。
「すいません。
ちょっといいですか?」
見知らぬ若者だ。
「なにか?」
「このロボットを制作した会社の方ですよね?
オレこういうの興味があって……。
ちょっとだけ、近くで見せてもらってもいいですか?」
「ああ。
短時間だったらかまわないよ。
触れるのは遠慮してもらえるかな。
その……。
いろいろと繊細でね」
〈俺〉と〈AIユニット〉と若者は、通行人の邪魔にならない場所。
その空間を探して、移動した。
「立て込んでるところに……。
お願いしてしまって。
えっ!?」
若者が息をのむのが聞こえた。
「あ、すいません。
ある女性にあんまり似てたから。
ビックリして。
あごのラインなんかホントそっくりだ……。
すごいんですね。
いまの技術って。
ホントに人間みたいだ……」
「……」
「おい。
どうした?
普通に会話もできるんだが……。
おかしいな」
〈俺〉は、微動だにしない〈AIユニット〉の〈二脚〉の身体を見る。
まるで、電源が落ちてしまったかのようだ。
『〈隊長〉……』
ヘッドセットから、〈AIユニット〉の声がした。
まさか、発声器の故障か?
「どうした?」
『ちょっと秘話にして』
「通信が入った。
ちょっと、失礼する」
〈俺〉は、見学者に一声かける。
そして、その場を離れてヘッドセットの通話ボタンをONにする。
『これでいいか?』
『彼氏なの……』
『なに?』
『〈元カレ〉だっつーのっ!!』
『なんだとっ!?』
なんでまた。
そんな、面倒なことに……。
あ……。
だが……。
まてよ!?
芸能人同士とか、そういうことか?
〈俺〉は芸能人の噂話記事など読んだりはしないが……。
娘に会ったとき、アイドルの誰々と俳優の某が「付き合ってるんだってー」などといっていたのを思い出す。
そういうことなら……。
この場に来ていても、おかしくはない。
〈俺〉はすぐに〈AIユニット〉のところへ戻った。
「そろそろいいかな。
予行演習がはじまるらしい」
「あ、すいません。
ありがとうございました」
「キミも出演するのかい?」
「ええ。
おかげさまでここのところは……。
毎シーズン、呼んでもらってます」
「そうか。
じゃあ、またあとで」
「はい」
〈俺〉は、さっきから微動だにしていなかった〈AIユニット〉に声をかける。
「さあ、行くぞ」
突然、生き返ったかのように、〈二脚〉の身体の双眼が動いた。
そして〈俺〉の顔を見た。
次に舞台のほうへ首が向き、ぎこちなく歩きはじめる。
きっと、〈二脚〉の身体への制御信号を遮断していたに違いない。
〈元カレ〉に、動揺を覚られまいとして……。
「あ、あの!」
ビクッと不自然に〈AIユニット〉が動きを止めた。
「なんだね?」
「あとでまた、その〈機械仕掛け〉に会えるんですよね?」
〈俺〉は、自身が「またあとで」といってしまったことを後悔した。
ちょっとだけだが……。
でも、だからといってこの場合。
「じゃあ、金輪際さようなら」というのもおかしいではないか。
「どうかな。
電池の予備がないからな……」
「そうですか……」
〈俺〉は、〈元カレ〉とかいうのに曖昧な返事をした。
そして、〈AIユニット〉に先をうながすことしかできなかった。
「〈隊長〉、ごめん。
わたし、もう……。
今日、使いモノにならないかも……」
「……」
「だって、だってよ。
気持ち的には号泣なのに……。
一滴も涙が出ないって、わかるコレ?」
〈俺〉は、こういうとき小細工はしない。
いや、言い方が正確でなかった。
正確にいうと、そんなことができるほど器用じゃない。
「いや……。
〈俺〉には解りようがないな。
すまない」
自分の気持ちのまま、言葉をつなぐ。
「〈隊長〉もさーあ。
やっかいな〈相棒〉で困っちゃうわよね?
『我慢するな。泣きたいだけ泣けばイイ』とか……。
お決まりのセリフがいえないワケよっ!!
〈機械仕掛け〉相手じゃさあ(泣笑)」
「確かにな。
かける言葉が見つからない。
すまない……」
「でも、なんで!
なんで、わたしバッカリこんな目にあわなきゃならないの?!
酷過ぎるよ、〈隊長〉……。
あ~、もう最悪っ!!」
〈俺〉はかのじょの過酷な境遇に、無理もないと思った。
しかし、〈AIユニット〉が発した言葉。
その最後のフレーズだけは、甘受できなかった。
「過酷な状況なのは〈俺〉も同意する。
だが、ちょっと待ってくれ。
『最悪』だなんて。
軽々しく口にしちゃあいけないよ。
たしかに〈AIユニット〉とって酷い仕打ちの数々かもしれない。
でも、それが『最悪』?
じゃあないだろ?」
〈俺〉の眼差しと〈AIユニット〉の双眼がぶつかる。
〈俺〉は、数々の戦場。
絶望的だったり、壊滅的だったりした……。
それを思い浮かべていた。
そして。
あのとき。
〈某国〉で。
「行ってください!」と叫んだ。
〈AIユニット〉のことも。
「……」
「……」
〈AIユニット〉も〈俺〉も、無言でにらみあった。
機械の目と生身の目で。
「そうかも……。
もう、私にとっての『最悪』は終わってるんだよね。
たぶん」
〈AIユニット〉もきっと……。
自分が病気と闘っていたときのこと。
余命宣告を受けたときのこと。
〈某国〉でのこと。
そんなことを思ったのだろう。
〈俺〉は、追い討ちをかけるようにいった。
〈AIユニット〉に、ここで闘いから降りてもらいたくはない。
〈AIユニット〉のためにも。
〈モルモット小隊〉のためにも。
「いまは、そんな気持ちは捨ててしまえ!
あとでいろいろ考えるのは勝手だ。
だが、いまは意思の力で抑えつけるんだ!!
悲観するのは……。
いつでもできる」
〈俺〉を見つめる、〈AIユニット〉の双眼。
それが、ズームしてまた元の倍率に戻った。
〈俺〉は、視線を〈AIユニット〉の双眼からハズさなかった。
「じゃあ、ねぇ~」
『も~、最悪の一歩手前!』
これで手を打っとくわ」
気のせいだろうか。
そのとき、〈AIユニット〉の口角が、少し持ち上がったように見えた。
人間だったら、皮肉な笑いといった具合に。
「そっかー。
これ以上、ワルくなりようがないもんねえ。
もうこうなりゃヤケクソよ!!
核だって、生物化学《BC》兵器だってなんでも持ってきやがれってーのよ!!
ねぇ、〈隊長〉?」
「や、その。
不穏な発言はやめてもらえないか。
あと、もう少し、お手柔らかに頼む。
〈俺〉は〈機械仕掛け〉と違って生身なんだからな……」
〈俺〉は「娘のところへ、必ず還してくれるんじゃなかったのか?」と、思いながらいった。
「でも、よかった。
〈元カレ〉って内臓の疾患があったのよ。
顔色がよくなってたから、もしかしたら、わたしの生身の身体が役に立ったのかもしれない。
最期に役立ったんなら、わたしの身体も本望ってもんよね……」
〈俺〉は、リアクションに困る。
〈AIユニット〉を取り巻く環境は、いったいどこまで入り組んでいるんだ?
「でもなあ……」
「なんだ、まだ、何かあるのか?
何かあるなら、いまのうちだぞ」
〈俺〉は、そういって身構えた。
何か起こるなら、本番中より、いまのほうがいいのは確かだ。
「〈隊長〉、正直行きたくないよ。
わたしはステージ側の人間よ?
ちょっと、ステージに突っ立ってオシマイ……。
それで、あとはずーっと観てるだけなんて拷問じゃん。
わたし、観客にはならない!」
「勘違いするなよ。
観客だなんて、悠長なことをいっていられると思うのか?
観客の命が〈AIユニット〉に委ねられているんだ。
子供だって大勢いるんだぞ」
「そんなの……。
わかってるよ。
わかってるけど……。
悔しいのかな。
なんだか自分の気持ちがよくわかんないのよ。
このまま舞台に行っちゃって、わたしちゃんとできんのかな……」
「〈AIユニット〉はよくやってるよ。
〈某国〉だって立派にやってのけたんだ。
その後の訓練だって、十分にこなした。
大丈夫!
実戦経験豊富、百戦錬磨のこの〈隊長〉が保証するんだぞ!
もっともっともっともっと、自分を信じていいんだ!!」




