第3話 研究所・中庭の散策(ラボ・コートヤード)
「なんだこれは?」
「白衣です」
「それは見れば解る」
「きっと……。
お似合いですよ」
〈俺〉は、〈若手男性医師〉をにらむ。
「俺が医者に見えるか?」
「いえ」
〈俺〉は〈女先生〉をにらむ。
「俺が研究者に見えるか?」
「いいえ(笑)」
「だろうな」
〈俺〉は肩をすくめながら、〈AIユニット〉の待機する部屋へ向かう。
「初めまして」ではないしな……。
なんと声をかけたものか迷ったので、冗談めかした言い方になった。
「お待たせしました、お姫様。
舞踏会に遅刻してしまうかな?
盛装でなくて申し訳ないが」
〈俺〉は、〈二脚〉の身体に白衣をかけてやる。
「いーえ。
王子様にお会いできて光栄ですとも(笑)」
〈俺〉は、白衣のボタンを留めるのを手伝う。
「ありがとう。
まだ、指先の制御に習熟してないの」
ゆっくり歩いて行く〈AIユニット〉。
その後に続いて……。
〈俺〉も、中庭へ続く通路を進んでゆく。
「別に……。
〈俺〉とじゃなくてもよかったろ?」
白衣の背中と腕に、突っ張る感じがある。
どうにも気になる。
動きづらい。
これが、いちばん大きいサイズらしいのだが。
「うううん。
〈隊長〉に、ずっと、会いたかったの。
それに……。
〈某国〉じゃあ、エスコートしてあげたんだから。
今度は〈隊長〉がエスコートする番でしょ(笑)」
「確かにな。
〈某国〉じゃあ。
エスコートしているツモリだったが……。
いつの間にか逆になってたかもな」
〈俺〉は自然に会話できてるな……と思う。
まあ、〈AIユニット〉は“戦友”だからな。
“兵士”には戦場で苦楽をともにしたもの同士にしか解らない、“間合い”というものがあるものだ。
「それにさ……」
「ん?」
「わたしは病人?」
「……」
「ちがうでしょ?
人間っていっていいのかどうかってのはさ。
見解が分かれるところかもしれないけど(笑)」
「そうだな。
〈AIユニット〉は病気じゃない。
〈俺〉が保証する。
病人は、断崖絶壁から飛び込みなんてしない。
絶対にな」
「ヤメてよ~(苦笑)。
あれは必死だったの!」
「いや、止めない」
「えー。
何それ~」
「あのときの判断は正しかった。
感謝してる。
〈AIユニット〉がいなければ、無事還れなかった。
きっと、あの地で屍をさらしていただろう」
「……」
「本当にありがとう」
「うん」
「もっと早くにいっておくべき言葉だった。
すまない。
伝えるのが遅くなってしまった」
「うううん。
いいよ、そんなの……。
娘さんには会った?」
「まだだ」
「そっか」
「なに、すぐ会えるさ」
「そっか」
「ああ」
「えーっと、それで……。
わたしが病人じゃないならさ。
だったら。
お医者さんとか看護師さんのさ。
付き添いはいらないよね。
そう思わない?」
「そうか。
それも、そうだな」
「それに……」
「ん?」
「わたしの〈相棒〉……。
それって〈隊長〉なんでしょ?」
「なんのことだ?」
「え~。
いってくれたじゃないですかー!?」
「そうだったか?」
「いいましたー!!
〈某国〉海岸付近の海上。
座標XXX : YYY地点。
YYYY年MM月DD日のXXXX時XX秒にっ!!」
「解った、解った……。
〈AIユニット〉は〈俺〉の《《とても》》優秀な〈相棒〉だよ(笑)」
「それなら、よろしい(笑)」
「それより、どうなんだ〈二脚〉の身体は?」
「いいよ……。
いいと思うんだけど。
やっぱ、〈四脚〉とちがってバランスは取りにくいよね。
人間やってたときは……。
よくぞまあ、二本足で歩いてたなって思うもん」
「……」
「でもさ。
〈隊長〉には見られたくなかったな……」
「何を?」
「基礎動作習熟訓練……」
「なぜ?」
「カッコワルかったでしょ?」
「訓練にカッコイイもワルイもないさ(笑)」
「そうかな?」
「ああ。
そんなこといってたら……。
〈俺〉が兵隊になったときの訓練なんざ、見られたもんじゃなかったぞ!」
〈俺〉は、訓練教官に「虫けら」あつかいされたのを思い出す。
それも「虫けら」は、呼ばれ方として、まだ上品なものだったことを。
「〈隊長〉のそういうのって、ぜんぜん想像できないけど……。
そうなの?」
「そんなもんさ。
みんな、最初は」
「なら、よかった。
でも、ちょっと、思い出しちゃったな」
「なにをだ?」
「昔さ。
わたし、ダンスとかもしてたからさ。
いっぱい練習してたよ。
そういえば」
「そうか……」
「うん。
やっぱりさ。
最初はさ。
ぜんぜん、思いどおりになんか動けないからさ。
やっぱり、カッコワルイよね。
でも……」
「でも?」
「そんなの気にならなかったよ!
だって……。
できなきゃさ。
できるまで練習してさ。
できるようになってたもん」
「頑張ってたんだな」
「うん。
あの頃はさ。
なんでも
『がんばればなんとかなる!』って。
ホンキでそう思ってた。
けっきょくは、さ。
どうにもなんなくって。
〈機械仕掛け〉だけどね(苦笑)」
「……」
「アタマではね。
わかってるツモリだよ。
まあ、いまじゃあ〈AIユニット〉しかないんだけどさ(笑)」
自虐気味の軽い語り口調だ。
しかし、〈俺〉には痛いほど解る。
その葛藤が。
なぜなら、〈俺〉にも経験があるからだ。
〈AIユニット〉のモノほどハードとはいえないだろうが……。
指揮官として、完璧であろうとした日々。
そして、いつしかそれは〈隊長〉という……。
“英雄”を演じる日々へと変わった。
「これでもさ。
受け入れようとしてんのよ。
でも……。
受け入れることなんかできない!
すべてを受け入れることなんかできないよっ!!」
だが、人はいつかすべて受け入れる。
人にはその能力がある。
でなければ……。
「でも、必要なことなんだよね?
だから、受け入れることにする。
ちょっとずつだけど……。
それでイイんだよね?
〈隊長〉?」
「ああ。
焦ることはないさ。
もう〈AIユニット〉には、時間がたっぷりあるんだ。
ジャブジャブ、贅沢に使えばいい」
誰も〈AIユニット〉を止めんさ。
少なくとも〈俺〉は止めない。
止めることなんてできない。
「〈隊長〉。
そんな顔しないでよ。
って、そんな顔をさせちゃったのは……。
わたしか」
「〈AIユニット〉のことばかりじゃないさ。
ほかのことも思い出してた」
「そっか……」
「お互い悩みは尽きないな。
なんて、五体満足な〈俺〉がいったら……
怒られるな。
すまない」
「ううん。
あやまんないでよ。
なんだかさ。
〈機械仕掛け〉でもさ。
最近、楽しめてきてるんだよ!」
「あまり、その……。
気を遣いなさんな。
〈俺〉とふたりのときは、自然体でいいんだぞ?」
「いやいやいや。
ホント、強がりとかじゃないですってば。
前はさ。
なんでわたしにだけ……。
『こんなヒドイことばっか』って思ってた。
でも、気づいたんだ。
神サマはさ。
わたしから、すべては奪わなかった
いまはそう思ってるの」
「すべて、は……?」
「そ。
残してくれたんだ。
神サマはさ。
あたしの最期の望みだけはかなえてくれた。
生命。
わたしさ。
ホント、死にたくない。
それだけはイヤだって思った。
そしたらね。
生命だけは、ちゃーんと残してくれたんだよ。
よくいうじゃない?
『生命ばかりはお助けをってね』
まさにアレ、ね」
〈俺〉は思わず見つめた。
感情の読み取れない……。
〈二脚〉の身体の軟材質製の表情を。
「なんだか不思議な感じ。
わたし〈機械仕掛け〉になってまで。
生身のときと同じことしてる。
練習、練習、また練習……。
まさかよね?」
「……」
「でもさ。
ネットとリンクしほうだい。
バックアップコンピュータ使いほうだい。
〈機械仕掛け〉の身体はさ。
バッテリが切れるまで疲れ知らず……。
この能力がさあ。
生身のときにあったらよかったのに……。
なーんて。
そう思っちゃわない?
『アイドルやりながら、勉学も両立させてまーす(はーと)』
なんてさ。
いうほどラクじゃあないのよね」
〈二脚〉の双眼でウインクしてみせる〈AIユニット〉。
そんな〈AIユニット〉に〈俺〉は……。
笑顔を返していいのか解らなかった。
だから、仏頂面になってしまった。
まあ、いつものことだ。
そして、〈俺〉は……。
統制のとれた、アイドルロボットの1小隊。
それが一糸乱れぬ動きで、ステージを繰り広げる……。
そんなところを思い浮かべる。
あながち「『ない』とは言い切れない未来だな」などと思う。
そして、自分の想像を「荒唐無稽」と笑えなくなってしまう。
選択するのは人間のハズだ。
しかし、現在の人間が選択する未来というモノ。
それに、確信が持てない自分がいることに気づく。
「〈王子様〉と〈お姫様〉?
そろそろ、舞踏会のお時間よ。
大広間に戻って」
〈女先生〉の声が聞こえた。
耳の超小型通信機からだ。
「えー。
もーちょっと〈隊長〉とお話ししてたいな~」
「後で時間があったらね。
〈AIユニット〉だって、早く〈二脚〉が使いこなせるようになりたいでしょ?」
「は~い」
不服そうなニュアンスがないとはいえない。
でも、〈AIユニット〉は「戻ろっか!」といった。
そして、〈二脚〉の足でゆっくりと歩きはじめた。
きっと、〈AIユニット〉には通じているのだろう。
〈AIユニット〉ために、リスクを顧りみなかった。
〈女先生〉の想いが……。




