第15話 外科医の腕前(サージョンスキル)
〈AIユニット〉がサインしたあと、〈女先生〉が〈AIユニット〉に話しがあるのだといった。
それで、〈俺〉は外の空気を吸いに中庭に出た。
すると、見覚えのある人影があった。
〈若手男性医師〉と〈元カレ〉だ。
さっき、〈AIユニット〉が、〈所長〉の娘の名前を確認してサインしていた。
そのとき、〈若手男性医師〉に来客があって中座したのだが……。
客というのは〈元カレ〉だったのか?
なんとも、摩訶不思議な取り合わせだ。
〈俺〉が見ていると、〈元カレ〉は深々と〈若手男性医師〉に頭を下げ、エントランスのほうへと去って行った。
話しはすでに、終わっていたらしい。
声をかけるか迷っていると、〈若手男性医師〉のほうが〈俺〉に気がついた。
躊躇いもなく、〈俺〉に近づいて来る。
「興味深い取り合わせだな」
「そんなことはないですよ。
〈元カレ〉の執刀チームに僕もいましたから」
「ほう?」
それは初耳だ。
「律儀なんですよ。
術後の経過報告に来てくれたんです。
年齢が近いから、アニキみたいに思ってくれてるのかも……」
「〈研究所〉にいることを知っているんだな」
「ええ。
病院で訊いたみたいです。
別に〈研究所〉に移ったのって、何の秘密でもないですから。
“表向き”の仕事だけならですけど。
「そうか」
「あと……。
〈機械仕掛け〉にも関わっているって伝えました。
そこまでの情報になっちゃうと、本当はグレーゾーンでしょうけど……。
〈元カレ〉には、知る権利があると思ったので」
「ああ。
そうかもしれないな」
「もちろん。
〈AIユニット〉のことは伏せてですけど。
〈機械仕掛け〉開発のチームも手伝ってるって。
僕は、学生時代からあっちこっちに首突っ込んで、いろいろやってましたからね。
義手とかあるでしょ?
ああいうヤツもちょっと研究してたことがあるし。
ハードウェア、ソフトウェア、両方。
コンピュータにも強いので……。
だから、ほかの医者よりツブシがきくんですよ」
「そうか。
そりゃあいい。
全部活かせるじゃないか」
「ええ、まあ……。
でも、そんなだからどこも長続きしなかったのかもしれないですけど。
異端児あつかいで(笑)。
しかし、まさかこんなふうに役立つなんて。
自分でもビックリです。
とにかく、ひとりの男の子、ひとりの女の子の手助けになったんなら。
よかったですよ。
本当に……」
そういうものは、何かの巡り合わせかもしれない。
なんらかの帰結を見るプロジェクトというものには、パズルの小片がおさまるように……。
まるで、歯車が噛み合うかのように……。
在るべき所に、在るべき者が、在るべき“時”にいる。
そんな気がする。
「そうだ。
あのステージ『すごくよかった』っていってましたよ。
カノジョは戻りはしないけど、〈機械仕掛け〉の魂を感じた気がするって」
〈俺〉と〈若手男性医師〉は、研究棟の入口に向かう。
そして部屋に戻ると、その場所に不似合いのモノが目に入った。
〈AIユニット〉の衣装だ。
それを前にして、〈女先生〉と〈AIユニット〉が何やらやっている。
「これって〈女先生〉じゃないの?」
「ええ。
これはね意外な人が……。
あ、ほら、戻って来た」
「えーーーーっ!?
じゃあ、コレって〈隊長〉?」
「なんのことだ?」
「コレ見て!
衣装が修復ってんの……」
えーと?
〈隊長〉が修復してくれたの?」
「なんでそうなる……」
〈俺〉は知らない。
もちろん、そんな技術も持ち合わせちゃあいない。
「じゃあ?」
〈AIユニット〉は、さっきからおかしそうニヤけた笑いを浮かべている〈若手男性医師〉。
そして、おもしろそうにしている〈女先生〉を双眼で交互に見た。
「なんで彼が、外科医って呼ばれているか解ったでしょう?」
「優秀な外科医はね。
昔から、ちょっとだけ手先が器用ってことで、相場は決まってるんだ」
「これが『ちょっと』!?
超絶のマチガイでしょ?
双眼のマクロモード最大倍率でも、縫い目がなかなか見つからないよ!
スゴイ!!」
「まあね。
ちょろいもんだよ。
〈AIユニット〉の衣装は……。
いくら縫っても出血も心拍数の低下もないからね(笑)」
「ありがとう……ございます……」
「いいって」
「わたし、いままで生意気なことばっかいってたのに……」
「いいって」
「早く、着て見せてちょうだい!」
〈女先生〉の声に〈若手男性医師〉もうなずいた。
「ココで?
イイのっ!?」
そうか。
〈女先生〉と〈若手男性医師〉は、まだ実物を見ていないのだな。
映像だけで。
「手伝うわ」
〈女先生〉がいって、なんとなく、〈俺〉と〈若手男性医師〉は部屋の外へ出た。
何度も〈二脚〉の身体は見ているが……。
〈AIユニット〉の着替えだからな。
紳士たるものの心得というヤツだ。
しばらくして、扉が開かれた。
〈俺〉と〈若手男性医師〉は部屋へ戻った。
「素敵!」
「すごくイイね!」
〈俺〉は……。
いちど舞台で見ているハズなのだが、息を呑んだ。
それはまるで、凜々しくも可憐な花……。
白い無味乾燥な部屋に、一輪の花が咲いたかのように見事な光景だったからだ。




