第13話 “ガッカリ”飲み屋「地の果て」(ザ・エンド・オブ・ザ・アース)
やっと特別出演のほとぼりも冷めて、〈モルモット小隊〉は訓練の日々に戻っていた。
そして、〈俺〉は今日、〈AIユニット〉との約束を果たす。
任務以外で外出許可を取るのは、たやすいことではなかったようだ。
だが、これも訓練のうちとして、各種データを収集することを条件に〈女先生〉が申請を通したらしい。
確かに、一理ある。
これからも、この前のようにライブ会場などでの任務があるとする。
ならば、〈研究所〉と訓練場の往復だけの日々では実生活の勘が鈍るだろう。
〈二脚〉の身体の適性テストをする。
それにだって、様々な場面に遭遇する日常がいちばんというものだ。
それに何より、〈AIユニット〉が〈研究所〉だけの生活は望んじゃいない。
「ちょっと〈隊長〉。
ここがとっておきなの?」
「もちろん」
「超高層階のラウンジとかさー。
そーいうの期待しちゃった。
ちょっとガッカリかも~」
〈AIユニット〉は、「連れて来てもらってなんなんだけど」と前置きしていった。
「でもさ。
〈隊長〉の期待させる言い方もよくなくない?
『とっておきの場所だぞ!』なんて……。
自分でハードル上げちゃってさ~」
「超高層もワルくないだろうがな。
高けりゃいいってもんでもないさ。
マスター。
例の頼めるかな?」
「もちろんさ。
〈隊長〉。
ごゆっくり。
お嬢ちゃんも。
そっちでガッカリしておいで(笑)」
初老のマスターが、テーブルに置いたカクテルグラス。
それには、アナログキーがひとつ入っていた。
「聞こえちゃいました?
ごめんなさい」
マスターは、何もいわずに笑った。
「ついておいで」
〈俺〉は、そういうと非常口をくぐった。
そして、その先にある出口のドア。
避難経路とは違うそれに、アナログキーを差し込んだ。
「わー。
何コレ!!
ちょっとスゴくなーい!?」
眼下、眼前、手に届くような光の氾濫。
〈AIユニット〉は思わず歓声を上げていた。
「遠くが観たいのなら高層階もいいさ。
だが、これぐらいの高さのほうが……。
人の営みはよく見えるもんだ」
ビルの照明の杜、クルマのライトの群れ、そのひとつひとつに人の息吹が感ぜられる。
ここがちょうど、この街の超高層ビル群と低層ビルの際の位置に当たるのだ。
この風景が気に入って、この街の最果てに店を構えたマスター。
彼が命名したバーの名は「The End of the Earth(地の果て)」。
まあ、みんな「EoE」と略してしまうが。
「キレイ」
「内緒だぞ……。
〈女先生〉にも。
娘にも」
「えっ?
なんで!?」
「まだ、ふたりとも……。
連れて来たことがないんだ」
「〈隊長〉……。
いまのセリフかなりグッときた!
もー、泣かすつもりっしょ。
まあ、〈二脚〉身体で涙なんか、一滴もでないんだけどね。
って、このネタ使い過ぎか(笑)。
もっとなんか考えなきゃね……」
「そうだな。
最近のお笑いは賞味期限が短いらしいしな。
土曜日に生出演し続けたいのなら、何か考えないとな」
「でも、あたしだけ連れて来てくれて……。
ホント、ありがとう!」
「特別扱いってとこだな。
〈相棒〉だけ」
「〈隊長〉。
ちょっと訊いてイイかな?」
「ん?」
「わたし、この前っていうか。
その前もかもしれないけど……。
感情がブレブレじゃん?」
「……」
「なんで〈隊長〉はさ。
いつもそうやって自信満々でいられるの?
悩みとかないってカンジじゃん」
「そんなワケないさ……。
そんなワケないだろ」
「そーお~?」
「もし、戦場で現場指揮官がブレたら部下たちはどうなる?
普段は表情にださない。
それだけだ」
「……」
「不安、心配、取り越し苦労……。
そんなのばっかりさ。
議会の連中、軍上層部の連中……。
この国の行く末がいったいどうなってしまうのか……?」
「ス、スケールでっかいね(笑)」
「そうか?
〈モルモット小隊〉の存亡に密接に関わってくる事柄だぞ?」
〈俺〉は諭すように話し続ける。
「それからな。
不安、心配、怖れ。
みんなあって然るべき感情だし。
それのおかげで、慢心せずに細心の注意で“事”に当たることができる。
どれも優秀は兵士、いや、人間が生きる上で必要なものだ。
おい?
聞いているのか?」
〈俺〉はなんとなく、〈AIユニット〉が機械の身体ながらも上の空な気がした。
「うーん。
だから。
たぶん。
やっぱり。
よくもわるくも〈隊長〉って……。
渦中の人なんですよ。
きっと」
「……」
「〈隊長〉が望むとも、望まなくとも……。
そんなのに関係なくね」
〈AIユニット〉が振り向いた。
そして、さっきまで夜景を映していた〈二脚〉の双眼が〈俺〉の顔を見た。
「わたし、〈隊長〉といっしょにいてね。
ちょっとわかった気がするんです。
強そうな……。
ときにはこわそうな人もいるけど(笑)。
軍人さんが、子どもみたいな表情して。
『〈隊長〉! 〈隊長〉!!』って。
声をかけてきたり、握手してきたりするじゃないですか?
あの気持ちが……」
「……」
「本当はわたし。
〈隊長〉に実際、会うまでは。
〈隊長〉て『スゴイ人なんだろうな』って思ってたんです」
「それは申し訳なかったな(笑)。
普通の男でさぞかし……。
幻滅したろう?」
「うううん。
〈隊長〉は私が思っていたよりも……。
もっと、もっと、もっと、スゴイ人だった。
最初の出撃のとき、わたし人を撃つ気でした。
人を殺す気でした。
それが〈機械仕掛け〉なんだって思ってた。
思い込もうとしてた。
機械になりきろうとしてた。
演じきろうとしてた。
でも、〈隊長〉はわたしにただの1発だって撃たせなかったよね?
弾倉には、7.62mmがいっぱいあった。
弾倉の予備だっていっぱいあった。
命令すればいつでもできたのに……。
いまなら、わたしにもわかる。
〈女先生〉が
『〈隊長〉といっしょなら大丈夫!』
っていった言葉の意味。
〈女先生〉のその信頼。
あと……」
〈AIユニット〉は言葉を切った。
こういうときは、何か演算をしているとき。
あるいは、何か通信しているとき。
さらには、何かデータベースを検索しているときだ。
〈俺〉も、だいぶこの〈相棒〉のことが解ってきた。
「前の奥様とは……。
YYYY年MM月DD日、XXXX時XX秒に離婚が成立していますよね?
ええ。
そうです。
いま役所のデータベースを検索しました」
「おいおい、アクセス権はどうした?
まさか?!
また、不法侵入か!
もうカンベンしてくれ!!」
〈AIユニット〉は〈俺〉の嘆きなぞ、聞いてはいなかった。
「わたし、〈隊長〉の再婚相手になりたかったなー。
まあ、〈機械仕掛け〉なったらなんでもいえますからね(笑)。
いや、でも、まてよ?
〈機械仕掛け〉になったからこそ、かも。
〈機械仕掛け〉のわたしは……。
これっぽっちも思ってないことは、冗談でもいいませんからね。
だって、そこをハズしちゃったら……。
わたしの自我って、どっか行っちゃいそうじゃないですか?」
「……」
「〈隊長〉?
もしもね?
もしもよ?
わたしが……。
普通の女の子だった頃に出逢っていたら。
そしたら……。
好きになってくれましたか?」
〈俺〉はたぶん、愛の告白などではなく……。
そう。
〈AIユニット〉などという、裏の名前で呼ばれなければならない境遇。
その〈AIユニット〉の圧倒的孤独感から来る、独白を聞いていた。
〈女先生〉に見せられた〈AIユニット〉のプロファイル。
幼い頃に両親は離婚。
母親に育てられ……。
「わたしってアイドルになってから。
『好きだ』『好きだ』っていっぱいいわれた。
でも、誰かにホントに愛されてたのかわからない。
実感がないんだよね。
アイドルってみんなに愛されてるって思う?
みんながさ、好きだっていうのは『アイドル』でさ。
『わたしのはことはどうなの?』って。
女の子として、男の人にってだけでなくて……。
お母さんにもさ。
わたし愛してもらえてたのかな?
お父さんのことはよく覚えてないけど。
お母さんは厳しかったし。
でも、それはしょうがなかったのかな……とも思ったりする。
お母さんは、わたしに厳しかったけど……。
自分にはもっと厳しい女性だったから」
〈AIユニット〉は、親に甘えたことがないのだろう。
〈俺〉にも経験がある。
生きるのに精一杯だったあの頃は、何も感じていなかった。
何も感じる余裕がなかった。
でも、いま成人してから、ふとした瞬間に訪れる感情。
あの虚しさの故郷は、たぶん……。
「〈元カレ〉にしてみたって。
アイドルと付き合ってるって、ステイタスがほしかったんじゃないかって。
『そうじゃないんだ』って、自分には言い聞かせてたけど。
そもそも、そんなこと考えちゃう自分がイヤじゃない?
でも、生身のときはそういう感情がどうしようもなかった。
だけど、いまは少しは折り合いが付けられるようになったかな?
もう、アイドルじゃないし。
まあ、アイドルうんぬんの前に、“人間”かどうかも怪しいところがあるけどね(笑)」
「……」
「それとね。
あきらめると楽になるんだね。
ちょっとビックリな発見。
生身のときはさ。
『どんなときもあきめないでガンバル!』って。
そうやって、やってたわけじゃない?
〈機械仕掛け〉なっても、最近までそれを引きずってた気がする。
だから、失っちゃったモノ、もう手に入らなくなっちゃったモノ。
それに、もうできなくなっちゃったコト……。
『これもできない!
あれも手に入らない!!
ホントだったら、わたしだって……。
アイドルとしてだって。
女の子としてだって。
“あんなふうにできてた”のに!!!』って……。
そんなことばっかり考えて身悶えしてた。
まあ、もう身体はないんだけどね。
って、シツコイか、自虐的冗句は。
ええと、それで……。
でも、『それじゃあしょうがない』って思ったとき。
思えるようになったときってのが正しいかな。
そうなって、すーっと気持ちが楽になったんだ。
それであらためて思った。
わたしには、ちゃんと“命”があるんだって。
死ななかったから、〈隊長〉にも会えたんだって」
これをいっているのが、老人、あるいは〈俺〉のようなヤモメ男ならいい。
良くも悪くも、ひととおり、人生のあるべき状態を経験している。
だが、実際はまだ出発地点に立ったばかりのような女の子だ……。
〈俺〉は、いたたまれない気持ちになる。
もし、この世の運命を司る存在があるとするならば……。
〈俺〉は、それに対する憤りを覚える。
「あー!
『カワイソウ』って顔になってる~?」
「すまない。
いや、でも、それはちがう。
『かわいそう』なんて思っちゃいない」
「そう?
〈隊長〉がそういうなら信じるよ。
でも、〈隊長〉は感情が顔に出るのがイイよね!
なんか、気をつかわれちゃうのって疲れちゃう。
あと、妙に取りつくろわれちゃうのとか、もね」
感情が表情に出るのは指揮官としては、イカンだろうな……。
でも、日常と戦場では精神状態が違うからな……。
うーむ……。
「あ、ちょっと待って〈隊長〉……」
「どうした?」
「ネットのニュースが……」
「〈某国〉査察を受け入れるそうです」
「本当か?!」
〈俺〉は、先日、ふたりで掻き混ぜてきた〈某国〉のことを思う。
「そうか。
さすがに証拠データを突きつけられて……。
観念したってところだな」
「〈隊長〉。
わたしたち……。
戦争を止められたんですよね?」
〈俺〉は、そんな単純なモノじゃないと頭の中のどこかでは思う。
実際、査察にいたるまでのお役所仕事の数々。
査察をしたらしたで、証拠の隠滅等々。
きっと、一筋縄ではいくまい。
ただ、いま、それを……。
ここで〈AIユニット〉にいってなんになる?
それに、これが何かの糸口になるかもしれない。
国交断絶より、何倍もいいのは確かだ。
「そうだな。
〈俺〉に、政治屋の考えることはよく解らないがな。
〈AIユニット〉と〈俺〉……。
〈モルモット小隊〉が奮戦した成果なのは確かだ!」
それでこそ。
身体をひとつ失った……。
その甲斐があったってもんじゃないか。




