第12話 撤収(リターンホーム)
〈俺〉は駐車場で、〈研究所〉のクルマに〈AIユニット〉を預けた。
すると、聞き覚えのある声がした。
「さっきはどうも」
「やあ」
〈元カレ〉だ。
「〈機械仕掛け〉は?」
「やはり、電池が切れたよ。
歌唱でかなり消費したみたいだ。
いま中で補助電源に接続してる」
「そう……ですか……。
あ、歌、聴きました。
ヤバかったです。
まるで自分のことみたいに……。
言葉がせまってくるような詞で」
「また、どこかのイベントか何かで会えるんじゃないか?
まだ、いつとはいえないんだが……」
〈俺〉は〈AIユニット〉に会えないと解って意気消沈している、〈元カレ〉が気の毒に思えていった。
「実はオレ……。
国外からの出演依頼があるんです。
正直迷ってる。
術後、まだそんなに時間が経ってないし。
でも、〈彼女〉がくれたチャンス。
自分を試してみたい気持ちはもちろん……」
そうか、それなら、もう、しばらく会えないということか。
でも、それは……。
「ちがうな」
「……」
「『自分を試す』んじゃあない。
『キミと〈彼女〉を試す』んだろ?」
俺は、右の拳を握る。
そして、彼の胸にそっと押し当てる。
「まず、自分が信じないでどうする。
自分のことも、〈彼女〉のことも」
彼は〈俺〉の目を見た。
視線をそらすことなく受け止めた。
「答えは、もう出ているみたいだな」
〈俺〉は、ゆっくりと拳を引いた。
「なんでだろう。
会ったばかりのあなたに、こんなことをいうなんて……」
「きっと。
〈AIユニット〉のせいだろ」
〈俺〉は背後のクルマを親指で示す。
「そうかもしれません」
〈元カレ〉はうなずいた。
〈俺〉は〈元カレ〉と別れて、〈研究所〉のクルマの乗り込んだ。
〈AIユニット〉は、簡易寝台に横になっていた。
補助電源に配線が接続されている。
「どうだ?
気分は?」
「『逢いたいけど逢えない』
なんて、よく流行歌の歌詞にあるじゃない?
『逢いたいけど、もう絶対に逢えない』って……。
こういう気持ちなんだね。
もう、なにがなんだかわかんないの!
自分の気持ちが、さ。
なんか、もう……。
いろいろで、いっぱいいっぱいをとっくに通り越しちゃっててさあ。
笑っちゃいそうだもんっ!!!」
そうか、外での〈元カレ〉とのやりとりが聞こえたか。
地獄耳も善し悪しだな。
「聞いていたのか……?
……とにかく、〈研究所〉に還ろう」
いくらなんでも、今日はいろいろあり過ぎだ。
〈俺〉は運転席に声をかけた。
「クルマを出してくれ」
「〈隊長〉
了解です」
〈AIユニット〉は、しばらく黙ってクルマに揺られていた。
そして、口を開いた。
「あー。
でも……。
『飲みにつれてって〈隊長〉!』
“生前”だったら、そんなキブンね。
たぶん……」
「“生前”は、か。
もう、そんな言い方はやめたほうがいい」
「でもさあ……」
「〈AIユニット〉は生きてるだろ?
それに機械でもない」
「……」
「自分で未来を切り拓くことができる存在。
それを機械とはいわない。
ほかの奴等がどういうかは知らない。
だが、少なくとも〈俺〉はそうだ」
「……」
「よし、今度、飲みに連れてってやる。
とっておきの場所にな」
「優しいね。
〈隊長〉……」
「命の恩人を粗略にはできんさ。
それに……。
独り身の中年男に、夜の予定なんかないしな。
どうせ」
「えー。
イメージちがわなーい?
いつも軍人さんたちに大人気なのに……。
いが~い。
それになんか、それじゃあ。
わたしが暇つぶしの道具みたいじゃーん」
「文句をいうな。
とっておきの場所だぞ!
どうせ、〈AIユニット〉だって、誰にも誘ってもらえないんだろ(笑)」
「うわ~。
ひっどーい。
〈機械仕掛け〉にそれいっちゃいますぅ~~~!?
ロボットハラスメントです!
ロボットハラスメント!!
〈隊長〉じゃなけりゃ、最大出力で……。
ひねり潰してるところよっ!!」
「ワルかった。
身体が資本なんだ。
それだけは……。
カンベンしてくれ!」
その後、〈研究所〉へ帰投してからの報告には骨が折れた。
〈AIユニット〉は、むやみに〈研究所〉から出せない=出頭できないということで……。
異例中の異例だが、諜報部からも係官がわざわざやってきた。
この手の、あちらこちらの部門と連携する類いの作戦は仕方がないのだが……。
よっぽどこの前の極秘任務のほうが、マシだったと思ったぐらいだ。
極秘任務だっただけに、〈俺〉は〈研究所〉関係者と話すだけでよかったから……。
実に手っ取り早かった。




