第11話 中央舞台の歌姫(メインステージ・ディーバ)
「なーんかさ。
コノ、状況。
お涙ちょうだいみたいで、気が引けちゃうな~。
それにもう、コレって彼女たちの舞台じゃない?
そこにわたしというか、みんなからしたら、わたしみたいなモノでしょ?
わたしは、わたしだし、〈隊長〉はわたしってわかってるからイイけどさ~。
なんか、ふくざつ~~~」
「複雑な心境のところ申し訳ないが……。
まだ爆弾の『ば』の字も見当たらないのか?」
「ええ。
さっきからやってますけど。
いまのところは。
あとは、ステージ中央からの走査に期待ね。
なんたって、全席に対していちばん見通しがイイのはあそこなんだから!」
前のステージが終わり、〈AIユニット〉の出番が近づいていた。
可能な限り、〈AIユニット〉の登場が早くなるよう、タイムテーブルには組み込まれていた。
「大丈夫か?」とさっき訊いたら……。
「誰にいっちゃってんのよ?」とどやされたから、たぶん、大丈夫なのだろう。
ここからは〈俺〉には未知の世界。
〈AIユニット〉の領分だ。
前のステージが終わり、〈俺〉たちの前を少女が通り過ぎて行った。
表情がカタイ。
マイクを握った手もヤケに白い。
強く握り過ぎて、血流が止まってしまっているのかもしれないな、と思う。
まるで、初陣の新兵のようだ。
そうか。
この少女、ひとさわぎあったときステージでしゃがみ込んでいた……。
「気づいた?
さすが〈隊長〉。
そうよ。
あの娘。
相変わらず、精神面弱いんだから!
まあ、あんなことがあったら無理もないか……。
でも、そんなんじゃあ。
まわりは、安心して中央まかせらんないじゃん!!」
〈俺〉は〈AIユニット〉の軟材質製の顔を見るが、感情は読み取れない。
「でも、やっぱり、自分の身は自分で護らなきゃってホントだね。
いくらでも護れるようになってから、こういうこというの……。
後出しジャンケンっぽくて、イヤなんだけどさ。
けど、いつも誰か側にいてくれるワケじゃないし。
突然ってこともあるし。
けっきょく、なんかあってイチバン困るのジブンだし。
大事な人にはさ。
悲しんでもらいたくないじゃん……」
「ああ。
そうだな。
〈俺〉もその考えに賛成だ。
いくら厳重に警護しても限界はある。
襲撃者には、いっしゅんの隙だけあればいいんだ。
護衛対象にも、備えてもらわないことにはな」
「ってゆーか、しょっぱなは独唱なんだから……。
アンタが歌わなくってどーすんのよ?!」
ここで本来なら、いまステージで棒立ちの少女が歌っているハズだった楽曲。
それに合わせて、〈AIユニット〉が出て行く。
そして、サプライズ&パフォーマンスという手はずなのだが……。
どうするのだコレは?
このまま、伴奏だけで進行するのか?
観客も不自然なステージに気がついて、ざわつきはじめている。
そのとき、〈AIユニット〉がゆっくりと仮面をはずした。
「どうする気だ?」
「決まってんでしょ。
歌うのよ!」
「誰が?」
「わたしがっ!!」
〈AIユニット〉は、いかにも当たり前というようにいってのけたが……。
〈俺〉は〈AIユニット〉が歌っているのを見たことがなかった。
〈二脚〉の身体の発声器は、歌唱に耐え得るのか?
技術屋ではない〈俺〉には、よく解らない。
本来は、〈二脚〉の身体の基礎的な動作を見せる。
それだけで、しまいだったのだ。
「大丈夫なのか?
ぶっつけ本番で……」
「まかせてよ。
むかしっから、本番にはすんごく強いんだから!
それにさ。
こう見えてもわたし。
『ようせいの歌声』っていわれてたのよ」
「妖精か。
それはさぞかし……」
「生前のときは!
だけどっ(笑)」
「……」
笑いをおさめて、無表情でステージを見つめる〈AIユニット〉は……。
「〈隊長〉。
ちゃんと見ててください」
静かにそういうと、〈AIユニット〉は舞台袖からステージに出て行った。
そして、舞台中央、棒立ちの少女に近づいて行く。
「しつれい。
ちょっとだけ……。
あなたの場所ゆずってくださらない?」
少女は〈AIユニット〉の顔を見、驚愕に目を見開いたが、逃げ帰るようにステージ脇に戻る。
そこで少女のマネージャーたちが、肩を抱きかかえるようにして連れて行った。
流れていた音楽が止まった。
スポットライトが〈AIユニット〉を映し出す。
すると、不思議なことに衣装を応急処置した養生テープが見えなくなった。
どうやら、照明から何か投影されているようだ。
「照明さんにいっといたのが、間に合ったみたいっすネ」
〈俺〉のかたわらに来て、親指を立てながら大道具がつぶやいた。
「放送だけでいいなら、CG合成できるけど……。
それだと、会場の目はごまかせないっスから」
そして、彼女が静寂を破った。
「ふたりの出逢いって 普通じゃなかったから
いつもおたがい 間合いをはかりかねていたね
それでもふたり そばにいなきゃいけなかったのは
きっと それが自然だったから……」
会場がいっしゅんざわめいた。
「へー、この娘って元気な曲だけじゃなかったんだな。
バラードもイイじゃん。
しかし、アカペラとはオツだなあ」
「何いってんのよ。
ちがうわよ!
だって、あの娘はもう……」
「えっ!
あ、そうか!?
でも、じゃあ、アレって?」
「そっくり。
まるで生き写しね……」
観客は戸惑いながら。
次第に、〈AIユニット〉の歌に聴き入っていった。
「わたしの鼓動が停まって
最期のぬくもりが消えても
あなたは『泣かなかった』って聞いた……」
〈俺〉は「大したもんだな」と思う。
観客の心をつかんでしまった。
たったひとつの歌で。
『〈隊長〉。
空気中に爆発物成分を検出。
高濃度なのは……。
ステージ方向から見て2列目・中央。
うーん。
挙動不審。
爆弾うんぬんの前に、フツーに怪しいんですけど。
刃物男もコイツも、なんで入って来られたの?
映像を送ります』
〈俺〉は、小型携帯端末の液晶モニタを見る。
〈AIユニット〉の双眼が捉えた、不審な男の姿が映し出されている。
極度の緊張で強ばり、大量の発汗で脂ぎった顔。
どう見ても、パフォーマンスを楽しんでいるようには見えない。
「ヘッドクォーター(本部)モニタできているか?
〈AIユニット〉が、ステージ上から爆弾魔らしき男を見つけた」
『ええ。
受信状態良好』
「爆発物処理班を呼んでくれ。
“氷づけ”にしよう。
氷袋一式に赤外線暗視装置も頼む」
『了解。
手配します』
その間も、ずっと〈AIユニット〉は歌っていた。
〈俺〉は歌いながら、会場を走査し、通信してくる〈AIユニット〉の処理能力に舌を巻く。
おそらく、サポートシステムもONにして、存分に並列処理している。
〈AIユニット〉は、自分の能力をモノにしつつある。
「でもね わたしだけは解ってたよ
あなたの ながす涙 もう
一滴も残ってなかったってこと
あなたの 奥の深いところにある
おだやかで あったかいもの
いまは それが とても なつかしいから……」
(切なさ? 悲しみ? 苦しみ? うううん。
言葉になんてならないよ……。
言葉になんてとてもできないよっ!!)
〈俺〉には、〈AIユニット〉の声にならない叫びが聞こえた気がした。
だが、それに頓着している暇はない。
少なくともいまは。
〈俺〉はステージ袖から、観客席へ続く通路へ移動する。
そこで、氷袋と赤外線暗視装置を持参した爆発物処理班と合流する。
「〈隊長〉
これを!」
「来てくれて助かった。
急ごう!」
〈俺〉は、赤外線暗視装置を受け取った。
「GP00。
〈俺〉が合図したら、照明を落としてくれ。
スポットライトも非常灯もだ。
走査は継続しているな?
爆弾魔がひとりとは限らないぞ!」
『了解……。
準備OK。
合図を待ちます。
走査継続中』
〈俺〉は、舞台に近い扉を開ける。
2列目観客の視線に入らないように、後部に回り込む。
いた!
周囲の観客は手を振ったり、身体を左右に揺らしたりしている。
それなのに、ぶつかってくる左右の観客を迷惑そうに……。
ただ突っ立ているだけだから、目立つことこのうえない。
服装も見るからにこの国の若者と異なっているので、見間違えようもない。
〈俺〉は爆弾処理班の兵士にうなずくと、通路を近づいて行く。
「失礼」
「すまない」
〈俺〉たちは、人並みを掻き分け爆弾魔に近づいて行く。
胴体が体格よりも不自然に太く見えるのは、何かよからぬモノを巻いているからに相違ない。
〈俺〉は、“氷袋”を持った兵士を振り返る。
兵士はうなずいた。
「よし。
いまだ。
照明を落とせ」
『了解』
照明が落ち、ホールを暗闇が支配する。
〈俺〉は、額の赤外線暗視装置を目の位置にずらし電源を入れる。
〈AIユニット〉の歌は聞こえているから、観客は何かの演出だと思っているのだろう。
「わー」っという歓声が聞こえる。
爆弾魔は、頭をあちらこちらに向けて周囲を確認しようとしている。
そのとき、爆弾魔は何かに気がついたかのように右手を舞台に向け、斜め上に突きだした。
右手には何か握られおり、親指が上部の突起にのせられている。
完全に自分に酔ってやがる!
殉教者のツモリか?
カンベンしてくれ!
殉教するなら、どこかほかの場所でひとりきりで頼む!!
〈俺〉は爆弾男の右手を取り、思いきり手刀を叩きつけた。
たまらず、男は握っていたモノを離す。
〈俺〉は折れたかもしれないな……と思う。
すかさず、男は頭から“氷袋”を被せられ。
横倒しにされ。
完全密封。
繋がった管の先のボンベのコックが開かれた。
ボンベの中身は液体窒素だ。
ただでは済まないだろうが、運次第といったところか。
話しによれば-200度近くなるそうだが、短時間なら死なずに済むかもしれない。
死んだほうがマシだった、と思うような状態になるかもしれないし……。
もたもたしていると、窒素ばかりになって窒息するかもしれないが。
どのみち人生終了予定だったようだから、文句をいわれる筋合いはないだろう。
彼自信が取ったリスクによる結果でもあるし……。
〈俺〉たちは、爆弾魔入りの“氷袋”を通路にすばやく運び出す。
〈俺〉は〈AIユニット〉に指示を出す。
「OKもういいぞ。
灯りを点けろ」
『了解。
照明点灯』
「〈隊長〉!
見事なお手並みでした」
「爆発物処理班もな!」
「あとは我々が……。
早く外へ。
駐車場で処理する」
爆発物処理班は緊張した面持ちで、荷物を運び出して行った。
あとは専門家にまかせておけばいい。
会場では誰も気がつかなかったということはないだろうが……。
どうやら、最小限の影響で済んだようだ。
暗闇で“知り合いでもない不審な男”が消えたこと。
それよりも“ステージ上の謎めいた存在”のパフォーマンスのほうが……。
彼らには、もっとインパクトがあったようだし。
『ところで……。
〈隊長〉いまどこ?』
「通路にいる」
『お取り込み中だとは思うんだけど……。
来てもらったりはできないよね?』
「どうした?」
『調子にのって、出力を上げ過ぎちゃった。
〈二脚〉のバッテリ残量がもう……』
「解った。
こっちは片付いた。
すぐ行く」
『うん』
いつになく、寂し気な通信が響く。
「心配ない。
〈俺〉にまかせておけ!」
『うん』
ステージ袖にまわると、〈AIユニット〉が見えた。
「ただ わたしは ここにいるよって
ホントは そばにいるんだよって
それだけは伝えたいの
そして いちどもいえなかった言葉を
あなたに……」
ステージの幕がゆっくりと閉じていった。
そして、そのとき〈AIユニット〉の上体が揺れた。
〈AIユニット〉自身の制御も、オートバランサーも効いていないのだろう。
〈二脚〉のバッテリの電圧が下がってしまえば、もちろんサポートシステムだってONにできなくなる。
〈俺〉は、崩れ落ちる〈AIユニット〉のところへ滑り込む。
そして、〈二脚〉の身体が床に倒れ込む寸前……。
なんとか、抱きかかえる。
「もう大丈夫だ。
よくやった」
『〈隊長〉。
ちゃんと観ててくれました?』
「ああ。
もちろん。
特等席でな」
『よかったあ』
「でも、〈俺〉にウソをついたな?」
『うん』
「ぶっつけ本番じゃないだろ?!」
『うん』
「用意してたんだな?」
『うん』
「よかった。
すごくよかったよ」
『うん』
〈AIユニット〉自身の電池が落ちる前に、補助電源装置を接続しなければ。
万が一、循環系が止まったら命取りだ。
『〈AIユニット〉のステージって……。
コレが最初で最後だと思うから……。
どうしても観てほしかったから……。
〈隊長〉には……』
〈俺〉は〈AIユニット〉を励ますようにいう。
「今度、フルコーラス聴かせてくれないか!
さっきは、爆弾魔が入ったからな(笑)」
確かに、こんな大舞台はもうないのかもしれない。
それでも……。
『うん。
そ、だね!』
〈俺〉は〈AIユニット〉を腕に抱きながら立ち上がる。
『ごめん。
重いっしょ……』
足場がしっかりしていて、不意討ちでなければ……。
「なに、こちとらまだまだ、現役だ。
支えられない重さじゃない!」
〈俺〉の大事な“娘”だしな。
〈俺〉は〈AIユニット〉を抱いたまま、通路に出る。
「あ、あの……」
「なんでしょう?
申し訳ないが、このとおり、ちょっといまは……。
手が離せない」
見知らぬ女性だった。
綺麗な女性だ。
〈AIユニット〉の〈二脚〉の身体のように、透けるような色白の肌……。
「あなたは、そのロボットの会社の方?」
「ええ。
まあ。
失礼ですが、あなたは?」
「あ、私はこの娘の……いえ、この娘の“元”になった娘の母親なんです」
「!」
「いまのロボットってすごいのねえ。
最初はイヤだったの。
我が娘そっくりのロボットなんて。
でも、さっき聴いていて……。
息継ぎが聞こえてきたのね。
私には、ハッキリと娘の息遣いが……。
まるで、生き還ったみたいだった!」
そういうと〈AIユニット〉の母親は、〈AIユニット〉の頬に触れた。
そして、そのまま顔を近づけると〈AIユニット〉の耳元で何かささやいた。
「とてもいい娘ね。
あの娘も喜んでると思うわ。
きっと」
〈AIユニット〉の母親は顔を上げると、〈俺〉にそういった。
『お母さん……』
〈AIユニット〉の声にならない通信が、耳の超小型受信機を振るわせた。
「あ……。
お母さん!」
〈俺〉は、〈AIユニット〉の母親を思わず呼び止めていた。
いくら肉親とはいえ、いま以上の情報を与えるワケにもいかず……。
どうしようもないのは解っていたが、気がついたら声が出ていたのだ。
「この娘をよろしく頼みますね!」
「お約束します。
全身全霊、ベストを尽くすことを。
いままでも、これからも」
「そうそう。
衣装も。
すごく似合ってるわ。
夢に見たとおり」
「あなたにそういってもらえて……。
〈AIユニット〉も喜んでいます。
きっと」
〈AIユニット〉の母親は、微笑みを残して去って行った。
どこか寂しげな笑みだった。
「おい。
大丈夫か?」
『……』
「すまない。
愚問だった」
『いま電池が切れてるから。
それに元々、涙を流す機能は付いてないんだってば……』
「そうだったな」
『“これからも、あの娘の歌をたくさんの人に聴かせてください”って……。
さっきお母さんが……』
「そうか。
よかったな」
『うん。
でもさっ!!』
それから〈AIユニット〉は大荒れに荒れた。
今日、一日、我慢に我慢していたモノがついに爆発してしまったのだろう。
無理もない。
『なんなのよ!
なんでよってたかって、次から次へと!!
わたしを泣かしに来るのよ!!!
わたしは『陽性の歌姫』よ!
お涙ちょうだいみたいな筋書きは大嫌いなの!!
冗談じゃないわよ。
もうっ!!』
「通信はほどほどにな。
バッテリ残量を考えて……」
『誰にいっちゃってんのよ!
そんなのわかってんのよ!
なんなのよ!
なんでよってたかって……』
黙られるより、よっぽど健全だ。
きっと〈AIユニット〉なりに消化しているのだ。
〈俺〉は甘んじて受け入れた。
これは〈隊長〉にしかできないことだからな。
「カンベンしてくれ!」なんて、口が裂けてもいわないさ。




