第1話 モルモット小隊の帰還
「しかし、なんとかならなかったのかね?」
「〈所長〉、それは
『いた仕方がなかったこと』
として、処理済みのハズです。
いまさら、この場で蒸し返されても……」
「解ってる。
私にだって解ってるさ。
だが、〈四脚〉1機にどれだけの……」
「ちゃんと〈目標〉の情報は得ました。
それに〈AIユニット〉も〈隊長〉も無事還りました。
いまはそのことを喜ぶべきでは?」
「それはそうだが……」
〈俺〉は、プロジェクトには損耗を見込んだ予算。
それが「組み込まれていたハズだろう?」と思う。
〈俺〉と〈AIユニット〉どちらかが失われてしまっていたとき。
そのときは、小隊を再編成するのは容易ではなかったろうが。
「〈隊長〉。
今回のあなた方〈モルモット小隊〉の任務は……。
イベント会場の警備です」
〈女先生〉は、初老の〈所長〉がブツブツいっている。
それを遮るようにいった。
「警備は警備会社にしてもらってくれ。
なんだったら、元部下の親族がやってる会社を紹介する」
〈俺〉が率いる〈Guineapigs Platoon〉。
略してGPは、〈某国〉での極秘任務から帰還した。
それも、やっとのことでだ。
それから、まだ数日しか経っていない。
緊急事態でもないのに……。
これは、ちょっと……。
働き過ぎ、というものじゃあないのか?
「爆破すると予告があったんです」
「中止したらいいだろう?」
「爆破予告でいちいち中止していたら……。
このご時世です。
ひとつもイベントは開催できなくなってしまいます」
「物騒なご時世だな」
侵入者は軍服を着ていない。
イベント会場は、民間人で埋め尽くされてる。
戦場で、敵兵を相手にするよりタチが悪い。
「〈AIユニット〉はどうなんだ。
〈AIユニット〉の新しい身体は?」
〈機械仕掛け〉。
〈俺〉を除けば、我が小隊、唯一の構成要素は〈某国〉での極秘任務中……。
〈四脚〉の身体を失ってしまっていた。
「調整中ですが、勝手が違うようです。
ずいぶんと……。
でも、〈AIユニット〉はがんばっています。
すごくがんばってる。
見ていて、痛々しいほどに……」
「俺も〈AIユニット〉には助けられた。
でも、“彼女”は言い過ぎじゃあないのか?
人間や船じゃあ、あるまいに。
それとも、〈女先生〉は高価な機材で……。
お人形さん遊びでもやっているツモリなのか?」
「〈所長〉。
〈隊長〉にも、そろそろ正確な情報を提供すべきときでは?
〈隊長〉がいちばん知っているべき事項です」
「〈女先生〉が責任を持つ……。
と、いうのなら任せる。
しかし、くれぐれも。
当研究所でも、最上級の機密事項。
それを忘れないように。
守秘義務契約書に署名もな」
「解っています」
「では〈隊長〉。
後はよろしく。
私もおかげさまでいろいろと忙しいものでね」
〈所長〉は、精一杯のイヤみをいって、部屋から出ていった。
「〈隊長〉が無事で本当によかった。
心配してたの。
〈AIユニット〉も無事に連れて還ってくれて……」
〈俺〉に向き直った〈女先生〉の瞳。
それが、滲んでいるように見えたのは気のせいか……。
「〈女先生〉と約束したからな。
『何があっても〈AIユニット〉だけは持ち還る』
と」
「えぇ。
〈AIユニット〉さえ無事なら。
身体なんて、いくらでも作り直せる」
「おかげでこっちは対戦車擲弾をくらって……。
もう少しで挽き肉になるところだったがな」
「ごめんなさい。
あたしがもっと考えて装備を選択していれば……。
もしも〈隊長〉が還らないようなことがあったら、私は……。
娘さんにもなんていったらいいか……。
本当にごめんなさい」
〈女先生〉は立ち上がると〈俺〉の後ろに静かに立った。
〈俺〉は、〈女先生〉の重みと温もりを背中に感じる。
そして〈俺〉は、肩に置かれた〈女先生〉の手に自分の手を重ねながらいった。
「すまない。
そういうツモリでいったんじゃないよ。
送り出すほうがツライってこともある。
待つことしかできないほうがな……」
〈俺〉は〈女先生〉がまだ少女だった頃を思い出す。
〈女先生〉の父親を〈俺〉は知っていた。
有能で、将来を嘱望された外交官だった。
しかし、とある事件の生け贄となった。
彼と彼の妻(〈女先生〉の母親だ)は人質だった。
〈俺〉は彼らを救うべく、現地へ飛んだ。
でも、〈俺〉が突入したとき、彼らはすでにこの世になかった。
彼と彼の妻は、寝室のベッドの上で真っ二つになっていた。
文字通り真っ二つだ。
〈俺〉は、修羅場には慣れっこのハズだった。
しかし、目を背けたくなった。
こういうことを経験すると……。
「犯人と交渉すべきだ」
などという、エセジャーナリストの話に耳をかすことなどできなくなってくる。
そして、寝室のクローゼットから救いだされたのが〈女先生〉だった。
まだ少女だった〈女先生〉。
すべてを目撃してしまったハズなのだが……。
いまだにあのときの記憶だけは戻らないのだという。
でも、そのほうがいいのかもしれない。
過酷過ぎる記憶。
それには、きっと……。
心が自動施錠をかけてしまったのだろう。
あのときの少女が、いまや陸軍の研究開発施設群の中でも先進的といわれる〈研究所〉。
その研究員というワケだから、〈俺〉も感慨深いものがある。
優秀な娘だとは思っていた。
でも、あの少女が立派に自立した女性として……。
いま、〈俺〉の目の前にいる。
心地よい重みと、穏やかな温もりが背中から消えた。
束の間、少女だった存在が〈女先生〉に戻った。
「すまない。
〈俺〉を護ってくれた〈機械仕掛け〉の生みの親。
それなのに、あまりに非礼な言い草だった。
ありがとう。
おかげでまた娘に会うことができるよ」
〈俺〉は作戦から戻ってからのドサクサ。
そのせいで、まだ言うことができていなかった気持ち。
やっといま、それを伝える機会を得た。
「じゃあ、〈女先生〉の自慢の〈機械仕掛け〉について……。
新しい情報を聞こうか」
「〈隊長〉お願い。
もう〈AIユニット〉にそんな言い方はしないで……」
〈俺〉は〈女先生〉の表情。
そこに、ただならぬものを見る。
「私たちが〈機械仕掛け〉……。
というより、〈AIユニット〉と呼んでいるもの……。
それは……人間の女の子なの。
だから、もう、そんな言い方はやめてほしい。
たぶん、今後も〈隊長〉がいちばん長く……。
〈AIユニット〉といっしょにいることになると思うから。
〈隊長〉には〈AIユニット〉のことを……。
あたしはもう大丈夫。
だから、今度は〈AIユニット〉のことを……」
「……」
〈俺〉は言葉を失う。
『行ってください。
どうせ、もう、わたしには還るところなんて……。
〈隊長〉は、娘さんのところへ還らなくちゃ』
頭の中に先日の〈某国〉での任務中。
〈機械仕掛け〉が発した言葉が浮かぶ。
ヤケに人間臭いことをいうとは思ってた。
だが、本当に人間だったとは。
それに女の子だと?
「〈研究所〉で、そういった研究が行われている……。
そういう噂は聞いたことがある。
だが、まさか、〈女先生〉がそんなものに関わっていたとはな」
そうか!
だから!!
「“モルモット”っていうのは、そういうことか!?」
〈俺〉はてっきり、ロボット兵器を運用する〈俺〉の実験部隊。
それが“モルモット”なのだ、と思っていた。
でも、本当は、本当の意味は……。
なんてこった!!!
〈AIユニット〉が、“モルモット”だったということか……。
「このことは、〈研究所〉でも〈所長〉。
そして、あたしの班の極わずかの人間しか知らない。
〈AIユニット〉自身を除いては。
このことが明るみに出れば、〈研究所〉の存続も危うい。
それぐらいの不祥事に……」
「ビックリだな!
立派な狂天才科学者の仲間入りってワケか!!」
「あたしが、誰かに非難されるのは覚悟してる。
だけど、〈隊長〉にだけは解ってほしい。
〈隊長〉はあたしを救ってくれた。
今度は私が、〈彼女〉を救う番だと思ったの。
〈隊長〉があたしを救ってくれたように……。
あたしも〈AIユニット〉を救いたかった。
あのとき〈AIユニット〉を救えるのは、あたしだけだった」
「見せたいものがある」と、〈女先生〉は何やら施設内連絡用の携帯無線端末で通話する。
すると、しばらくして〈俺〉も何度か会ったことのある、顔見知りの〈女性職員〉が現れた。
そして、ファイルをひとつ〈女先生〉に手わたす。
〈女性職員〉は、〈俺〉に気づくとニッコリと笑って会釈した。
〈俺〉は穏やかな微笑を浮かべて、うなずいてみせた。
〈女性職員〉は、口を開こうとした。
しかし、深刻そうな〈女先生〉の顔を見た。
すると、ハッとした表情を浮かべた。
それから、「失礼します」といって下がっていった。
なんとなく、実の娘を連想させる〈女性職員《女の子》〉だな、と思う。
特に顔立ちが似ているのでもなければ、年齢が近いのでもないのだが。
もしかしたら、〈俺〉を見て、会えてうれしいというように笑った表情。
それが娘を思い出させるのかもしれない。
〈女先生〉は、一束のファイルをテーブルの上に置く。
そして、〈俺〉のほうへゆっくりと滑らせると、見るようにとうなずく。
いまどき、紙のファイルとは珍しい。
表紙に押された“TOP SECRET”のスタンプ。
その存在が、否が応でも目に入る。
〈俺〉が表紙をめくると、少女の眩しい笑顔が出現する。
透けるような色白の肌、整った顔立ちは、美少女と言っていいのだろう。
だが〈俺〉は顔立ちよりも、その眼差しに惹きつけられる。
両の眼に力がある。
それは、この少女の意思の強さを感じさせるものだ。
〈俺〉はまるで、重要な任務を帯びた兵士の眼みたいだなと思う。
そういう眼をした兵士は、必ずやり遂げるものだ。
たとえ、任務がどんなに困難なものだったとしても……。
〈俺〉はファイルのページをめくる。
すると、なにかステージに出演しているような、そんな画像もある。
学芸会やその手の片手間な催し物といった雰囲気ではない。
あまり、そういったものを見慣れていない〈俺〉だが……。
それでも、ステージが本格的なものなのが見て取れる。
でも、もう、〈AIユニット〉がステージに立つことはないのだろう……。
「父親役でもやれっていうのか?
この〈俺〉に?」
「そうはいってないわ」
「ハニー。
〈俺〉には、そう聞こえたよ」
「いい?
〈AIユニット〉には、普通に接することができる大人が必要なの。
別に父親役や過度の愛情なんて期待してない。
この場合、逆に有害だわ。
それに“普通”ってけっこう難しいのよ?
でも、〈隊長〉ならできるでしょ?
だって、〈隊長〉ですもの」
なんだ、それは!?
〈俺〉は〈女先生〉の……。
その、いたずらっぽい台詞に唖然となる。
「簡単にいってくれる。
〈俺〉にできるもんか」
どう考えても〈俺〉は……。
いわゆる、一般的ないい父親ではないだろう。
任務で招集がかかれば、いつ還って来るか解らない。
娘との約束だって、いつも守れるかどうか五分五分だ。
どちらかといえば、父親失格……。
そういわれても、反論できない。
「あら〈隊長〉。
〈某国〉では、ちゃんと“普通”にできてたわよ」
「……」
「あたし、あとで情報伝達記録を確認したときにね。
あんまりふたりの息が合いすぎてて……。
ちょっと、嫉妬しちゃったぐらいだもの(笑)」
「……」
「そろそろ行きましょう。
〈AIユニット〉の新しい身体。
きっとビックリするわよ。
〈研究所〉でもある意味、最先端だから」
〈俺〉は、新しい身体と聞いて……。
例のヤツを思い浮かべてしまう。
よく、イベント会場で案内や清掃に従事している……。
クルクル・キビキビ走り回る、汎用型雑用ロボット。
立方体を組み合わせたような、生産・維持管理性最優先のデザイン。
無骨で質実剛健。
安っぽい銀色に輝く、汎用型雑用ロボットを……。