第98話 我が身を贄とし神を降ろす
「なんだ、僕に喧嘩を売りに来たのか?それなら鍛練のついでにやってやるぞ?」
軽く言っているが、視線は相手から絶対に外さない。
どんなことが起こっても良いように、ここに来るまでにあちこちに結界を張ってきた。
あいつを見つけた時点でここにも結界を張ってある。絶対に破ることの出来ない結界を。
「威勢だけは良いのね。丁度この身体も試してみたかったし、良いわよ?」
……手加減はしない。あれは敵だ。排除すべき敵。
なら、殺してしまおうか……
「……あら、なんだか雰囲気が変わったわね。何をするつもり?」
僕は答えない。
全てを一瞬に。焼き切れたって良い。
今この瞬間の全力を、この命を燃やせ。
全力で攻撃したところで、あいつに逃げられて終わりだ。
それなら、逃げる暇すら与えなければ良い。
「ミカヅチ……少し力を貸してくれるか?」
『それは良いですが、もしかしてあれをやるつもりですか?』
……危険なのは覚悟の上だが、今の僕ではあれくらいしないとあいつを燃やし切れない。
『……使うのはほんの一瞬だけ。良いですね?』
分かってるさ。……さぁ喰らえよ、僕の命を!
あいつにはやろうと思えば皆を殺せる力があった。
そんな相手を前に、手加減をする道理など今更存在しない。
「……我が身を贄とし神を降ろす。」
呟いた、直後。周囲の時間が止まる。
正確には止まったわけではない。僕の感じる一秒が周囲の千分の一、万分の一になっているだけだ。
相手は動いていない。おそらくはどうなったのかすら理解していない。
加減をする必要はない。先に創っておいた刀を中段に構え、敵を、今から殺す『物』を見つめる。
「神無月一刀流終の太刀──」
左目が青く輝く。空間をゆっくりと稲妻が駆ける。
『人の域を越え、神すらも斬るほどの一撃。空間を薙ぎ払う最後の刀技、その名は──』
「『空薙』」
右薙ぎ。放たれたのはたった一撃。
その一撃は雷を纏い、敵を刹那の間に斬り捨てた。
もっとも、斬ったのは異変であって、乗っ取られた人は斬っていないのだが。
刀が粉々に砕け、柄だけが残った。柄が残ったのは奇跡と言えるだろう。
と思っていたら、柄も砕けてしまった。
全身を耐え難い激痛が襲う。たった一瞬と言えど、神の力を全力で使ったのだ。無理もないだろう。
斬った相手は衝撃波で飛ばされはしたものの、その他は何ともない。
異変の気配は消えてなくなった。逃げるなんてことは不可能だ。確実に殺しただろう。
「……終わったか。もうそろそろ帰ろう。30分なんてもう過ぎてるぞ。」
結界を解除し、痛む身体を無理やり動かして博麗神社へと向かう。
───ありがとう、ゆうくん。
聞こえるはずのない彼女の声が、何故か今聞こえた気がした。