第100話(第2章END) 桜の花
どうも、作者の如月です。
本編を読む前に、この前書きを読んでください。
今回の第100話『桜の花』は、いつもよりも2.5倍ほどの長さになっております。
そして、今回の100話にて、第2章『悔夢異変』編は終了となります。
またパート100につき、このような長編を書くことがあるかも……。
物語自体はまだまだ続きます。
「……言いたいことは、山ほどある。」
「うん、私もあるよ。たくさん、優都よりももっと多くね。」
お互いに真剣な顔で言い合って、おかしくなってどちらからともなく笑い出す。
もう二度と無いと思っていた時間。それ故に、僕はその現実に絶望した。
「か、花梨?どうしたんだよその身体。」
花梨の身体はうっすらと透けて、向こう側の山が見えている。
……どうしてそうなっているのか、察するのは容易かった。
「あはは、ゆうくんに負けちゃったからね。」
「……あと、どれくらい時間がある?」
どうせ消えてしまうと言うのなら、それまでゆっくりと話をしよう。今まで出来なかったことも、全部。
「……ふふっ、あと1時間くらいなのかな。お喋りしようか、ゆうくん。」
──────────
「お前は、あの時死んだんじゃなかったのか?」
「ん、死んだよ?トラックに轢かれた時の話でしょ?私は確かに死んだ。」
花梨は寂しそうに微笑んだ。
その笑顔がすごく懐かしくて……すごく苦しかった。
「……ごめん。全部僕のせいだ。僕が守れなかったから。あの程度のことを防ぐことすら出来なかったから。」
そう言った途端に、花梨が僕の頬を押さえ、頬を膨らませる。
「そういうのはやめた方が良いよ、ゆうくん。死んだのは私の運命。それは貴方が責任を終えるものではないよ?」
そう言って微笑む花梨。懐かしい笑顔。あの日の笑顔。
それが余計に胸を締め付ける。
「そうだ。お前、あの異変をどうやって起こした?ただの人間だった花梨にあんなことできるはずない、よな。」
「……そう、だね。」
「……教えてくれるか?お前のこと。聞きたいんだ。」
「……ふふっ。ゆうくんはいつからそんなに積極的になったのかな?」
「……茶化すなよ。」
「ふふっ、そうだね。じゃあ話そうか。少し長くなるよ?」
一呼吸置き、花梨がまっすぐ僕を見つめる。その瞳には、不安や悲しみ、寂しさと、様々な感情が映っているように見える。
「私ね、霜月花梨じゃないんだ。」
──────────
「私はビル崩落の時に死んだ人達の集合体。言うならば、あの日のビル崩落事故の犠牲者そのものだよ。」
……理解が、追い付かなかった。
目の前に居るのが、花梨じゃない?姿形、話し方も、表情も性格も、間違いなく花梨のものだというのに?
「その私が、この幻想郷にやって来て得たのは『後悔を映す程度の能力』。この異変の目的は、あの事故の当事者の中で唯一生きているゆうくんを乗っ取り、殺すことだったの。」
「あの事故って、花梨が死んだのはあの事故のせいじゃないだろ。どうやって繋がるんだよ。」
「それはね、あの人達の怨念。助かった私達二人を呪い殺そうとしてたんだよ。」
「……それで、花梨はその呪いに殺されたって言うのか?そんな……そんなの理不尽だろッッ!」
花梨があの場の奴らに殺されただと?ふざけるな。そんな理不尽があってたまるか。
その上、花梨がその意識の集合体にされている。
やり場のない怒りが胸の中に渦巻く。
「ゆうくんが怒ってくれるのは嬉しいけど、もう終わったことだからね。それに……」
花梨は少しの間逡巡した後、あの優しい笑顔で笑った。
「またこうして、ゆうくんと会えたんだもん。それで良いじゃない。」
その笑顔がとても儚く見えて、僕は一歩踏み出す。
その一歩に、どんな意味があったのかは分からない。でも、こうしなければ花梨がそのまま消えてしまいそうな気がした。
「あと一時間しかないんだろう?なら、どこかへ二人で遊びに行こう。この幻想郷にも、面白いものがたくさん──」
「ごめん、ね。それはもう無理みたいだよ。」
………え?
「な、なんでだよ。せっかくまた会えたんだ。話したいことも、謝りたいことも、まだたくさんある。それなのにどうして──」
言いかけて、言葉が出なくなる。現実を、抗いようのない現実を目の当たりにする。
黒い瘴気。明らかに天へと導くものではない。
それが、花梨を飲み込もうとしている。
「お前、それ……」
「もうそろそろ、時間みたいなんだよね。ごめんねゆうくん。嘘吐いてた。本当は20分もなかったんだよね。」
また、寂しげに花梨が笑う。その無理をして作った笑顔だけで、僕を絶望へと沈めるのには充分すぎた。
「なんでだよ!こんな形でも、もう一度会えたじゃないか!これから、残った時間だけでも一緒に……せめてもう少し長く……。」
嗚咽が混じり、上手く話せない。視界は涙で歪んで何も見えない。
そんなのは、ただの我が儘だ。叶うはずのない子供の我が儘だって、分かっているのだ。
「ごめんなさい。本当は私も、もっとゆうくんと話していたかった。でも、私には時間が無かった。だから……」
花梨はずっと崩さなかった笑顔を歪めて、頬を伝う涙を拭いながら、
「私が死んだのはゆうくんのせいじゃない。これだけは、覚えておいてね。自分を責めないで。」
そう、言った。花梨といつも一緒に居たあの頃の、僕が大好きだったあの笑顔を浮かべて。精一杯に無理をして、言った。
「……花梨。」
過去を思い出す。駆け巡る思い出は、そのどれもが輝きを放つ。一つ思い返す度に涙が頬を伝い、足元を濡らす。
「ね、ゆうくん。最後にさ、本当に最後に、私の我が儘を聞いてくれるかな。」
「……あぁ。」
僕は短く答える。それが精一杯だった。
それ以上何か話そうとすれば、たちまち壊れてしまうような気がして。今この瞬間にも、立っていられるのがやっとで。
それぐらい花梨の存在が大切だったんだと気づいた頃にはもう花梨に声すら届かなくなっていて。
ようやく逢えたって、奇跡が起こったって、僕には何も出来なくて。
「私を、殺して……?」
最後になって、もう取り戻せない中で彼女がそれを望んだことで、僕は壊れてしまいそうになった。
「私ね、いずれ殺されるのは分かってたの。私は異変なんだもん。排除されて当然だよ。……だから、もし出逢えたのならゆうくんに殺してほしかった。どうせもう瘴気に飲まれて私じゃなくなるんだもん。今、殺してほしい。」
そう言う花梨の顔も、笑顔を浮かべてこそいるけれど、拭っても拭いきれないほどの涙が流れていた。
死にたくない。もっと一緒に居たい。
そんな感情が強く、本当に強く伝わってくるからこそ、僕は涙を拭う。
「神無月一刀流滅の太刀──」
今出来る精一杯の笑顔を浮かべて。失敗して、また涙が溢れて。それでもなんとかもう一度笑顔を作って、刀を構える。
「『八重桜』」
桜が、空を舞った。刀から放たれたそれは、僕と花梨を優しく包み込む。
「今度こそさよなら、だね。……あ、そうだ。これもちゃんと言っておかないと。」
花梨がその場に崩れ落ちる。どうやら身体に力が入らなくなったようだ。
僕は花梨の半透明の身体を抱き抱える。
すると、何処にそんな力が残っていたのか、花梨が唇を重ねてきた。
涙で濡れた僕の顔を、いとおしそうに撫でて、
「大好きだった……ううん。これからもずっと、大好きだよ。ずっと気づかないゆうくんに、すごくもやもやしてたんだから。」
「……ごめん、ごめんなっ、花梨。何も、何にも気づいてあげられなかった!ずっと傍に居たのに!」
穏やかな笑みを浮かべる花梨は、もう脚が消え、右腕が消え、少しずつ空へと消えていく。
「私の我が儘、叶えてくれてありがとうね。嬉しかったよ、ゆうくん。ゆうくんも、ここで大切な、大好きな人を……見つけるん、だよ……」
ついに、その姿は空へと溶けていった。後には何も、本当に何も残らなかった。
花梨の笑顔が頭の中を駆け回って、また拭いきれないほどの涙が溢れ落ちる。
「うっ……あああああああああああ!」
花梨が消えたことで瘴気は跡形もなく消え去り、僕だけが取り残される。
桜が舞い、辺りを埋め尽くす。花梨が好きだった花。
僕は泣き続けた。涙が枯れるまで。声が出なくなるまで。
……何も、何も変わることはなかった。
──────────
『後悔の夢』。そんなものを映し出した彼女は、今は天へと昇っているのだろうか。
『悔夢異変』と名付けられたあの出来事は、ほとんどの者がその真相を知ることなく終わることとなった。
「……終わった、な。何も救えず、何も生まれず、失うだけ失って。」
たった一人、その真実を知る僕は、この異変を忘れることなど無いのだろう。
「いつかは、そっちに行くと思うよ。でも今はさ、色々とやることがあるみたいなんだ。しばらく行けそうにない。」
山奥にある小さな墓。そこに眠る者はいないけれど、思いは届いていてほしい。
彼女が好きだった桜。今その桜は、彼女の隣で花を咲かせている。
自然と溢れてきた涙。拭っても拭いきれなかった。
嗚咽も溢れ、次第に大きくなっていく。
「絶対、忘れない。お前が居たこと。お前が言ってくれたこと。」
僕は、空を舞う桜の花びらを静かに見つめ、そっと笑みを浮かべた。
感動する話として、出来るだけの力を注いだつもりでしたが、どうだったでしょう。
なんだか最終回っぽい雰囲気でてますけどね。
まだ続きますよ。
次回から第3章へと入っていきます。
今度登場するのはあの姉妹!お楽しみに!
あ、感想も大歓迎ですよ!