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「とうとう、着いた……ここが王都なのね」
カイリーと別れておよそ半年弱経ったその日、私は王都の王城の前に立っていた。
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カイリーからの手紙を見た後、私はすぐさま村に戻って両親とカイリーのご両親に事情を説明し、懇願した。
カイリーを連れ戻したい。あの態度には何か事情があるに違いない。その事情すら言えないような状態になっているはずだ。カイリー本人が教えてくれない以上、カイリーがああなった理由を知るには、王都に行ってカイリーを知る人に話を聞くしかない。だから私を王都に行かせてほしい。
当然のように猛反対された。
ここから王都まで三カ月以上かかるのを分かっているのか、若い女の一人旅なんて危険すぎる、カイリーが言えないほどなら王都に行ったって他に誰も教えてくれるわけがない。王様や姫様方に田舎の村娘程度が会えるわけがないだろう。
そうだよ、ライラちゃん。もうカイリーのことはいいんだ。あの子が王都で暮らしたいというのなら、放っておいてほしい。ライラちゃんには本当にすまないことをしたと思っている。一生償っても足りんだろう。あの子の親として許してやれとは言えないが、どうかカイリーのことはもう諦めてくれないか。
両親やおじさんたちが言うことはしごく真っ当な指摘だったから、これを説得するのには骨が折れた。
危険である上にお金もすごくかかることも分かっている、一度行って、事情を知った上で説得して、それでもなお帰って来ないならその時は諦めるから、と必死で粘る。
「そもそも王都に行ってもカイリーがどこにいるか分からんだろう?」
「ううん。それは予想がついてるの。多分カイリーは王城にいると思う」
「そう言っていたのかい?ライラちゃん」
「はっきり言ってたわけではありません。……けれど、あれだけ未練たらたらな紙を残していっているのですもの。私が追いかけられないようなところにはいかないと思います。もし違ったらそこから探します」
「探すったって――」
「わしが行く許可をやろう、ライラ」
「村長!」
孤軍奮闘する私の救世主になってくれたのは村長だった。
「村長!ライラをそんな危険な目には……!」
「バーディ。ライラは木苺を籠半分くらい一人で食べてしまったそうじゃな」
「……まさか」
「これは村の罰則事項じゃな?……村長として、カイリーを連れ戻すことをライラに罰則として課そう」
「待ってください、村長。ライラちゃんには危険すぎます。せめて私が――」
「ダメダメじゃ、グロム、若いもんの仲を親が引き裂くような野暮なことはしてはならん。そもそもこの年齢は自分はなんでもできると考えている大馬鹿者たちばかりじゃ。そこに愛の力が加わるのじゃぞ、犬も食わんわい。……カイリーは自身が犬のような男じゃったが」
「ですが息子はライラちゃんにあれだけ酷いことを……!村を追い出されて当然のことばかりしました!そして自らの意思で出ていきました。不肖の息子を連れ戻すためにライラちゃんを危険な目に遭わせるわけには……!」
「カイリーは村の貴重な男手じゃ。クマ退治には男手が必須じゃろう?ほら、カイリーを連れ戻す意味はあるでな。ライラにした仕打ちの報いはライラに決めさせるもんじゃし、勝手に出ていったことへの罰則は村での永住とわしの小間使いでいいじゃろうよ」
「ですがっ――」
村長は、食って掛かるお父さんと、親心と私への罪悪感との間で葛藤するおじさんを食えない顔でいなし、黙らせてから、私の前に革袋を置いた。
「ライラ、旅費と滞在費についてはカイリーが稼いできた報奨金から出してやるぞ。もちろん、使った金の分はきちんと後で返してもらうつもりじゃが、よいな?」
「はい!」
よしよし、と頭を撫でてくれた村長の優しい皺だらけの手に心が温かくなった。
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こういう経緯で、山を下り、乗り合い馬車を乗り継いで城下町までやってきて、私は今、目の前の高くそびえたつ城を見上げている。
辺鄙な山間には存在しえない高い建物、平地に並んだ数々の商店、土が固められ、整備された歩道。王城の前だけは石畳になっていて、兵士らしい大きな体格の男性たちが闊歩している。
通りかかる人たちはがやがやと賑やかで、華やかで、そしてどこか忙しない。田舎から出てきたことが一目で分かる地味な格好に、三カ月半にわたる長旅のせいで埃っぽくなった体を抱えて王城の前でごくりと息をのむ。
ここは、カイリーが二年間――少なくとも最初の数カ月を過ごした世界だけど、私にとっては見たことも触れたこともない未知の世界。怖くないと言ったら嘘になる。
でもそんなものに怖気づいてはいられない。
私はここからカイリーを連れ帰ると決めてやってきたのだ。
村のみんなのためにも、私自身のけじめのためにも、私はカイリーに会って必ず真相を聞き出してみせる。
この段になってようやく、
「私に執着していたのはカイリーの方だったはずだったのに、いつの間にか私がカイリーを追いかけることになっているわ」
と気づいて一人、笑い出したくなった。
ねぇ?カイリー。私たちは結構似た者同士なのかもしれないわ。
だからたまにはこういうのがあってもいいでしょう?
いつもは鬱陶しいくらい追い掛け回されるのだから、今回は私がしぶとく食らいついてやるわ。ちょっとはその面倒さを思い知りなさい。
気持ちを奮い立たせ、いざ門のところに立っている兵士に話しかける。
「あの……勇者カイリー……様、は今王城にいらっしゃるのでしょうか?」
「あぁん?なんだいお嬢ちゃん」
「私、カイリーと同じ村出身の幼馴染のライラと申しまして、彼と面会させていただきたくここまで来たのです。会わせていただけませんか?もしくは、会う約束をいただきたいのです」
「最近こういう手合が多くて困るねぇ、何人お嬢ちゃんみたいな名目で人が来たと思ってるんだい。どいつもこいつも勇者と同郷と言えばいいと思ってる」
「お嬢ちゃん、王城はそんなに簡単には入れるものじゃないんだよ。勇者様の見目がいいのは分かるが、そういう理由で入れてあげるわけにはいかないんだ」
予想していたことではあるが、すげなく門前払いを食らってしまう。
とはいえやすやすと引き下がるわけにもいかない。
「じゃあ、ライラって名前だけでいいんです、お伝えいただけないでしょうか?」
「悪いことは言わねぇ。さっさと田舎に帰りな」
「伝えていただけるだけでいいんです、近くの宿に泊まりますので、もし折り返し連絡があれば――」
「おい待て。その子、名前なんて言った?」
食い下がる私に、一人の城内にいた門兵が向かってくる。
「えと、ライラ、です」
「あぁあぶね。ちょうどよかった」
「どうしたんだ」
「いや、第一王女殿下が、ライラと自ら名乗る田舎風の恰好の若い娘が来たら通しなさいとご命じになったと騎士方から連絡があってな。間に合ってよかったよ。あんたがライラ、なのかい?」
「は、はい!」
思いがけない幸運に目を白黒させ、兵士の後に続き、城内部に入ったところで、門兵たちよりも偉そうな、しっかりとした隊服の男の人に引き継がれ、更に城の中を進むことになった。
赤い、刺繍の入った豪華な絨毯の上を泥だらけの靴で汚すことがためらわれて靴を洗いたいと騎士様に申し出たところ、見かけよりも気さくな方だったらしく、気にしなくていいと笑われた。
少しだけ緊張が解けて気が大きくなった私は勇気を持って訊いてみる。
「あの……」
「なんでしょう?」
「私が言うのもなんですが、こんなに簡単に入れてもらっていいんですか?いえ、ありがたいんですけど、偽者だったりとか――」
私の疑問に、騎士様は「面白い方ですね」とまた笑った。
「大丈夫ですよ。占い師の婆様の前では誰も自らを偽ることはできませんから。実は、今あなたを案内しているのはその婆様と呼ばれる占い師のところなのです。さすがに身元を確かめないまま王女殿下や勇者様に面会させるわけには参りませんので」
「はぁ……」
「ご納得いただけないかもしれませんが、きっとお会いになれば分かると思いますよ。……あぁ、ちょうど着きましたね。どうぞ」
騎士様が、廊下の突き当りにあった一室のドアを開け、中に私を招きいれた。