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番外ー1

 村に帰ってから三カ月ほどが経った。


「ライラちゃん、そっちは全部終わった?」

「はーい、終わりましたー」


 バレッタのおばさんと一緒にやっていた今日の仕事を終えて、腰をとんとんと叩くと、おばさんは「若い子が何おばさんみたいなことしてるの」と苦笑する。


 数日前に予め一つ一つ種を取り出し、軽く塩水に浸してから天日干ししてあった小さいブドウの実をあぶる――干しブドウ作りがここ最近の私の仕事だった。

 作業自体は難しくないけれど、村全体の分をたった二人で作るから重量もかなりのもので、ブドウの詰まった籠を運んだり下ろしたりするだけでも大変だ。天日干ししてあったそれを適量ずつあぶり、今ようやくすべての作業を終えたところ。


 保存用の食糧にも、子供たちのお菓子にもなる大量の森の恵みからは、焼けたばかりの香ばしさと果実の甘酸っぱい匂いが広がる。

 その香りを胸いっぱいに吸い込んで堪能していた私を見ていたおばさんが、しみじみと呟いた。


「ライラちゃんの髪もようやく伸びたわねぇ」

「ええ。以前ほどじゃないですけど」


 軽く胸元に手をやれば、亜麻色の髪の毛先がさらりと触れる。


「それでもあともうちょっと伸びれば一度あんなに短く切ったことなんか分からないくらいでしょう?それだけ時間が経ったってことね」

「そうですね」


 カイリーが村に帰って来てから、一般的な女性よりは短いながらも一瞬見ても違和感がない程度に髪が伸びるほどの時間が経ったのだなぁとしみじみとここ三カ月を思い返す。






 三カ月前、村に帰った私……というより、カイリーに対する村のみんなの態度は非常に冷ややかだった。

 この村の人たちは、良くも悪くも閉鎖的だ。だから村の仲間と認めたらとことん助け合うし、外の人間には一致団結して対抗する。

 そんな人たちだから、内にいたのに裏切った人間に対しては――最も厳しい目が向けられる。



 村に着いてすぐに村長に事情を説明した後、私と一緒に家々を回っても、声高に

「どの面下げて帰って来やがった」

「ライラちゃんの傍に寄るな」

と叫んで憤った人もいたくらいだ。

 それを私が粘り強く説得し、カイリーが、今からだともう三年前になる昔に増して鬱陶しく私の周りを付きまとって耐え忍ぶ(付きまとうという意味ではカイリーは耐え忍ぶどころか自然体だったけど)日々が続いた。

 特に男女別に別れた男衆だけでの仕事の時には私が傍にいないから、誰にも口を利いてもらえず仕事をすることになり、かなり辛い思いをしたと思う。

 それでもカイリーは一言も泣きごとを漏らさなかった。



 呪いをかけられて私に暴言を吐き、暴力をふるったカイリーに激怒していたとはいえ、なんだかんだ言っても小さい頃から一緒に育ってきた同年齢の幼馴染ということもあったのだろう。私に付きまとって愛を囁く、変貌前と全く変わらないカイリーの日常風景を一週間ほど観察した後、最初に歩み寄ってくれたのはセナードやバレッタだった。


 ある日、バレッタが私の肩を抱き寄せながらカイリーに眉を怒らせて言った。


「カイリーがライラにしたことを猛省してること、ライラのことを心から愛してるってことを態度で見せてくれたら私だって許さないことはないのよ?」

「ほんと!?何すれば納得してくれる!?これ以上反省と愛を示すって……そうだ!ライラが許してくれたら俺、喜んでみんなの前でライラの足の指とか舐めるけど!一本一本、心を籠めて丁寧に!」

「ライラ、そこで半眼になるな。水で満タンの桶はひとまず置こう、な?……カイリー、それはお前にとって喜びしかねぇだろ、反省なんかになりゃしねぇよ」

「ちぇ、ばれた。あ、セナード、お前、あの時は仕方なかったけど、次にライラのこと口説いたら俺が黙ってないからね?あの時のことだって思いだしたらお前によく似た絵を描いてずたずたに引き裂いてやりたくなるんだから。最近毎晩、気付いたら起き出して布の上で木炭を動かしてお前の顔を描きそうになってるんだ」

「こえぇよ!」

「うん、俺もさすがにちょっと危ないかなーって思って、代わりにライラの顔を描いて口づけてから満足いくまで眺めることにしてる……ライラ、なんでバレッタの後ろに隠れるの!?なんでその辺りのなめくじを見るような目で俺を見るの!?俺、泣いちゃうよ!?」

「……カイリーだわ」

「……カイリ―だな」



 そんなこんなを挟みつつ、いつも通りへらへらとした笑みを浮かべながら甲斐甲斐しく私の世話を焼くカイリーに近づき、徐々に頑なだった表情を和らげてくれ、以前と同じように冗談を言い合うほどにまで戻った。

 そして、それを見ていた村の大人たちや子供がようやくほだされ、以前通りにカイリーを村の一員として迎えてくれるようになってきたのがここ一カ月弱のこと。やっと村の一員として怒られたり可愛がってもらったりする状態にまで戻ったのだ。


 村長の小間使いとしてたくさんの雑用を申し付けられ忙しい毎日を送るカイリーの様子を見守り、時に過剰な接触への制裁を加えながら、私は以前と同じような、優しくて穏やかな村の生活が過ごせている

 ――唯一、ある一人との関係を除けば。




 その人物を思い出してため息をついた私の顔を見て、バレッタのおばさんが干しブドウを籠に詰め直しながら尋ねてくる。


「バーディはまだ許してくれないの?」

「……はい」




 村で唯一、お父さんだけがいまだにカイリーを許していない。

 帰ってきたカイリーがどれだけ地に頭を擦りつけて謝ろうと、どれだけ誠意を見せようと、頑として私との結婚を承諾してくれないのだ。

 きっと私が反対を押し切って王都までカイリーを追いかけたこともよく思っていないのだろう、最近は私にも冷たい気がするが、カイリーにはもっと露骨だった。


 カイリーが話しかけようとすれば顔を背けて会話を避け、顔すら合わせず、それでも無理に引きとどめようとしたら、逆に私をカイリーから引き離して家に連れ戻す。

 元々カイリーを息子のように思っていた(将来的に思わざるを得なかった)お父さんのあまりに冷徹な態度には、あのカイリーですら落ち込んでいるようだ。

 私が大丈夫かと尋ねれば、

「うん。元々、魔女の呪いを受けたのだって俺の油断のせいだったんだから、仕方ない。それでもライラとの結婚は絶対認めてもらうし、それまで諦めないよ、俺!……ちょっと時間はかかりそうだけどね」

と力なく笑うのだ、あの能天気なカイリーが!


 あまりに頑ななものだから私とお父さんの間で喧嘩をしては、そのたびにお母さんが間に入って止めるような状態になり、最近は私とお父さんの間も冷戦状態が続いている。





「そろそろ許してあげてもいいと思うんです。カイリーの本心は私が一番分かってますし……呪いがかかる前も、呪いが解けてからも、私がカイリーに鬱陶しいという感情以外で不快にさせられたことはありませんから」


 バレッタのおばさんは、ふぅ、と大きくため息をついて頬に手を当てて悩む様子を見せる。


「そうねぇ。……でもね?もしバレッタが同じ目に遭ったらって考えると、親としてはバーディの怒りが冷めやらないのも分かるのよ。特にライラちゃんはバーディが目に入れても痛くないほど可愛がっている大事な愛娘だからねぇ……今すぐ無理に結婚して夫と父親の間に遺恨が残ったら、一番板挟みになるのはライラちゃんだし、もう少し待ってあげてくれない?」

「……はい」


 苦笑気味のバレッタのおばさんが励ますように、小さな干しブドウを一つ、しょんぼりと項垂れる私の口に入れてくれた。





 干しブドウを全部集め、村の倉庫に入れてから、バレッタのおばさんとは別れた。

 水汲み場で手を洗い、自宅に戻ろうと歩き出したところで、軽い衝撃とともに後ろから温かく硬い体が押し付けられた。

 走って来て上気した呼吸が耳をかすめる。



「ライラー!!ただいま!!」

「おかえり、カイリー。無事でよかった。でも放して?」

「え、もう!?せっかくクマ一頭とイノシシ一頭を仕留めてきたのに!」

「そんなに!?すごいね」

「うん。今ヨッシおじさんたちが捌いてくれてる。俺は休んでいいって」


 クマと言えば外壁を壊すこともある危険な猛獣だし、イノシシと言えば、村で育てている穀物や鶏を襲い、食い荒らす害獣だ。同時に、それらの体の部位は皮も肉も内臓も全て余すことなく使うことができるから、村人たちにとっては大切な食糧であり、薬剤の元でもある。

 どちらの意味でも仕留めたいと思う獣の筆頭と言える。

 とはいえ、危険な動物たちに違いはなく、仕留めようとして返り討ちにあい、命を落とす村人だって少なくない。

 それをこうやっていとも簡単に仕留めて来る幼馴染はさすが、元勇者だけある。


 しかしその元勇者は、力強く勇ましい様を微塵も感じさせずに目をきらきらさせて子供のように一心に私を見つめて来る。


「ね。俺へのご褒美は?ご褒美は?」


 頑張ってきた子にはご褒美を与える、というのは犬のしつけの鉄則なので、体を捻って軽くおでこにキスを落とすと、カイリーは心底嬉しそうに満面の笑顔を見せてから首元の髪に顔をうずめ、すりすりと頬ずりしてまるで猫のように甘えて来る。

 昔と変わらない、カイリーから私へのただいまの挨拶と喜びを表す仕草の一環ではあるけれど、もう体格が違うのだから体勢が苦しい。



「暑苦しい」

「もう朝晩の空気がかなり冷たいからちょうどいいとかじゃないの?」

「うーん、体温はね。でも気持ちはそれ以上に暑苦しい」

「ばっさり!」

「カイリーのおかげで今日はイノシシ鍋になるんだね。わーい、お肉だ」

「うん。仕留めたの俺だし、うちに多く配分されるはず。ライラ、一緒に食べよう?」

「やった!」

「俺にふーふーして食べさせてね?」

「どうしよっかなぁ。カイリーがこれから大人しくしていい子にしてたら――」

「お前たち、くっつきすぎだ」


 他愛もない会話をしながら帰路に着いた私たちの前に、突如として人影が立ちふさがった。その人物――私のお父さんは、私たちの様子に眉根を寄せて不快気な顔をしてすぐに私とカイリーを引き離す。


「お父さん、カイリーは今クマとイノシシを仕留めて来るっていう働きをしてきた後で――!」

「カイリー、話がある。来なさい」


 私の抗議を無視したお父さんは、険しい顔のまま自宅にカイリーを招き入れた。


番外を待ってくださった読者様がいてくださったら、遅くなりまして申し訳ありませんでした。

現在リアルが多忙につき、更新は遅くなるかもしれませんが、三話くらいで短く終わる予定です。

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