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第八章 理想郷を統べる九人姉妹の長女(Morgan le Fay)

「何故?ひひ、それはですな警部さんや。

 変身は、人々が思っている以上に困難な行為だからで御座いますよ。」

 そう言ったのは、かつてアレックス・ボールドウィンが保因者(キャリアー)の可能性を聞く為に訪れた専門家。

 魔女ルフィナ・モルグだった。

 古代路磨(ローマ)帝国がロンディウムを築いた頃からこの地に住み、その深部にて悠久の時を過ごしてきたという来歴に相応しい小汚いこの老婆は、かつては皇州にも保因者は居たが気候変動と宗教弾圧により激減し、人目から姿を消したとする一部の学者の説を実証する存在である。ただ、本当に二千年近く前から生きているのかと言うと、それを証明する者でも物でも対外的には最早存在しない為、正直解らなかった。それ以上に本人が快楽主義者で、己の享楽の為に平気で人を騙し、嵌める……その逆に助ける事も少なく無かったが、それも一つの娯楽である……人物の為に、嘘である可能性の方が高かった。とは言え、そのどちらであるにしろ、少なくとも齢数百歳であるのは確かな様だった。

 その様な正に人外の存在である彼女の言葉にしかし、アレックスは反論する。

「とは言いますが、変身する保因者なんて沢山居るでしょう。

 典型的な所で吸血鬼や、それに人狼がそうだ。あれはどうなのです?」

 そんなアレックスをまるで尻目に。

 モルグは数本しか残っていない歯を見せながら、けらけらと胸をむかつかせる様な笑いを上げた。

「警部さん、あれはですな、長い間同種の間で血の交換と、性の交配が行われた結果で御座いますから。因子が強まり、種として定着してしまった分、例外が生まれ難いのですよ、彼等は。

 吸血鬼は霧や蝙蝠に変化し、人狼は人間の姿から獣の姿を行き来しますが、それだって決まった変化です。好き勝手にどんなものでも変身出来る訳では御座いません。他人に成り、そして再びまた自分に成るには尋常ならざる意思の力が必要なのですよ。そら、義体と同じで、自分の本当の体じゃありませんからな、その姿は。

 だから自由に姿を変える様な特性を持った保因者は殆どいませんし、居たとしても表舞台には上がらないか、上がる前に自滅する場合が殆どで御座います。

 もしくは限定的に位でしょうか。十年程前土壱に居た赤猫(ローテ・カッツェ)と言う風蘭守(フランス)生まれの保因者は、人間の女性と言う制約の中ならばその姿を幾らでも変えたと聞いております。まぁ神話の時代にまで遡れば普通に居るでしょうが、現代ではとてもとても……在り得ない存在でしょうな。」

 殆ど独り言同然に、モルグはこんな風に延々と語り続ける。

 そして、アレックスが辟易し始めた頃になって、漸く彼を解放した。

 正直な話、実直な刑事の頭では半分も理解出来ない内容だった。そもそも、話し手が聞き手の事など考えておらず、ただ語りたいから語っているのだから、それも当然だったが。しかし、少なくとも、本物と寸分違わぬ様変身出来る保因者と言うのはまずいない、と言う事だけは解った。

「……成る程、参考になりました。ありがとうございます、それでは。」

 そこまで聞き終えるとアレックスは立ち上がった。これ以上長話されては敵わないという理由もあったが、それよりもこの場に留まっていたくなかった。隠さずに言うとこの人物が、先程からずっと末恐ろしかったのだ。

 そして、彼が早々と礼を言い、立ち去ろうとした時、

「えぇえぇどういたしまして。

 ま、精々頑張って頂戴ね。期待してるわよ坊や。」

 その背後に、若々しい女性の声が当たった。

 彼が驚き振り返ると、そこには派手な縦巻きの碧髪をした妙齢の貴婦人、神話に等しい時代から生きていると自称し、そしてそれが事実であると知らしめる、先の話の早速の例外、魔女ルフィナが自分の年齢の半分にも達していないアレックスに向けて、嘲笑う様な微笑みを湛えているのであった。

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