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第六章 空飛ぶ銀髪少女人形の創造

 アレックス・ボールドウィンは今上げた例の前者のケースであるノイラ・D・エディソンの方をちらりと見た。警部が無言で物思いに耽っている間も、彼女はずっと彼の方を見つめている。見つめ過ぎな程だった。

 その気色悪さに居心地の悪さを感じた。

 アレックスは直ぐにノイラから眼を背けると、フィリップ・エディソンの方を見た。

「……信じられる訳が無い、でしょう。余りに見るのは初めてだ。それに……。」

「それに?」

「……彼女はとても人形には見えません。」 

 軽く目を伏せながら、アレックスはそう言う。

 そう、確かに義体人形が非常に珍しいのもノイラが人間では無いと信じられない理由ではある。だが、それ以上に彼女が人形だとどうしても見えなかった。最初は慌てていた為に気が付かなかったその手が、陶器性であると改めて見、実際に肌で実感した後でも。また、その青い瞳が偽者であると先程知った後でも、だ。

 その答えにノイラは何も反応しなかった。

 代わりにフィリップが破顔しながら言う。

「当たり前さ。

 優秀な造顔師の手解きを受けて、そう見える様に造ったのだからな。」

 方法は企業秘密だがね、と博士そう事も無げに続けた。

 アレックスはその言葉に、先から感じている言い知れぬ悪寒の理由を知った。

 それは単純な恐れであった。珍しいから、難しいから、とそんな事を言いながらも、人形を造る者達はさも事も無げに製造の容易さを口に出し、そして実際に造ってしまう。こんな、外見上は人間としか見えない存在を。探偵が警察の領域に脚を踏み入れ、建前は兎も角、実際の所そのお株を奪ってしまった様に。元来家事に従事すべき女性が、近代化に伴って男性社会へと我が物顔で進出して来る様に。この人形もまた人間の座を奪ってしまうのではなかろうか。

 それは義体反対派の多くが感じる生理的嫌悪であり、ある人間と全く同じ人形を造る事がどれだけ優れた技術を持とうと不可能である事が土壱人達によって既に解明されているのだとしても拭いきれぬ恐怖であった。

 ノイラの存在を信じられないと言うのも、それに由来する。

 信じられないのでは無く、信じたくないのだ。体がそれを拒んでいるのである。

「……君がどんな事を考えているか、は大体解るね。

 初めてこの娘を見た者達は皆同じ顔をするんだ。」

 フィリップがやれやれ、と小さく溜息を漏らしながらそう言った。

 はっとなって、アレックスは己の顔に触れる。

 我知らずその筋肉は引き攣り、強張っていた。

 ノイラは、どの様な会話がされているのか理解出来ていないのか、やはりただ黙ってアレックスを見つめている。

「申し訳無い、そんなつもりでは……。」

「いいさ、うん、もう慣れている。

 それに、君に拒否権はあるまい。どんなに探偵や女性や、人形が嫌いでも、だ。」

 慌てて言い繕う刑事に対し、博士はくっと笑いながらノイラの背後へと回った。

 拒否権は無い、と言う言葉をアレックスが聞くのはこれで二度目である。正にその通りで、一度命令が下された以上、自分がどう思おうと、それが覆る事は決して無い。グラント・ヒルと言う男はそう言う人間だった。

 否定出来ない為に押し黙るアレックスに、フィリップはノイラの銀髪をやさしく触りながら、続けて言う。

「まぁ何、君の手間は取らせない。

 この娘はなかなか優秀でね。人工頭脳に経験を積ませる為、より多くの人間を観察させる為にグラントに言って何度か事件に携わらせた事があるが、どれも自分の力で解決している。優秀な探偵だよ、

 彼女は。それに聞き分けもいい良い子さ。

 君や私の言う事なら素直に聞いてくれる。決して邪魔にはなるまい。」

「はぁ……。」

 アレックスは、その事件はペット探しかそれとも浮気調査か、とか、人形なのだから人様の迷惑になっては困るぞ、などと思ったが流石に口には出さなかった。その本人はと言うと、先程から髪を撫でられているにも関わらず、ずっと無反応で、まだこちらを見つめているのだが。

「と言う訳だ。

 後は二人で頼むぞ、私が居ても意味は無かろうからな。

 研究に戻らせてもらう。」

 そんな事は何時もの事だと言わんばかりに、何食わぬ顔でノイラから手を離すとフィリップは、アレックスが止めようとする言葉よりも早く、さっさと奥の部屋へと戻って行く。扉が閉じられる瞬間、あちらで待機していたメイドの冷たい目がちらりとこちらを覗くのが垣間見え、そして直ぐに消えた。

 もしかしたらあのメイドも人形では無かろうか、と言う馬鹿げた疑念がアレックスの脳裏に浮かんだが、また直ぐに沈んで行った。残されたのは如何したものかと悩む刑事と、先程から行動に変化が無い人形だけである。そして、暫く思い悩んだ彼は、挨拶が途中で中断された事を思い出し、場繋ぎ的にノイラへ向き直ると、その右手を差し出した。

「えぇ……と。それでは改めて。

 論曇警視庁(スコットランドヤード)警部、アレックス・ボールドウィンだ。宜しく頼む、ミス・フィリップ。」

 視線をその手に変えながら、彼女もまたその熱の篭っていない右手を差し出し、ぎゅっと握り締める。

「ノイラで結構です、アレックス警部。事件解決に協力します。」

 鈴の様な声は一見、いや一聴すると人間の肉声だ。

 が、良く聞けば機械的な音声である。

 多分自分はずっとこの声に慣れる事は無いだろう。

 そう思いながら、アレックスは腹を括って、

「……こほん。では俺もアレックスでいい。堅苦しいのはやめよう……事件を解決する……相棒、だからな。

 それから、人を何時までもじっと見つめるものじゃない。

 人間は見世物じゃないんだ、その行為は失礼に値するぞ。」

 空咳を一つしながらそう提案した。

 どうせ変更出来ないならば、少しでも居心地良くしてやろうと思ったのである。

 ノイラはと言うと、そんな彼をますますじぃっと見つめながら、こう返した。

「では言い直して、宜しくお願いしますアレックス。

 しかし、残念ながらその提案は拒否させて頂きます。

 私は父から、色々な人々を良く見ておく様言われました。

 その一挙一動をつぶさに記憶するそれがお前の進歩へと繋がるのだ、と。

 だから私は警部、貴方を観察し続けます。」

「……一体これの何処が聞き分けもいい良い子なんだ?」

 思った事をついそのまま口に出してしまった事にも気付かず、アレックスは眉間に皺を寄せながらその手を離した。

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