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第四章 醒暦1878年 機巧時代の夜明け

 機械によって失われた人体を構築し、補完する。

 その様な考えが現実的に生まれたのは十四から十六醒紀ルネサンスの発祥地である至梨亜(イタリア)だが、本格的に研究が行われ、また実用的な領域まで達する事が出来たのは、間違い無く今醒紀後半の土壱(ドイツ)の功績である。特に1871年に土壱と風蘭守(フランス)との間で行われた風土戦争の時、鉄血宰相と称されたオットー・フォン・ビスマルクにより実施された義体研究計画『鉄血計画』に集まった七人の研究者達の実績が大きい。


 その七人とは以下の者達の事である。


 『歯車式人工頭脳の祖父』クリストフ・フォン・アッシェンバッハ。

 『神経糸の生みの親』リヒャルト・フリードリヒ・ダールマン。

 『超蒸機関への革新家』ハンス・エーヴァルト。

 『極小要素の変身者』グレゴール・ゲルヴィーヌス。

 『混血の人形造師』モリ・ヴェーバー・T。

 『万能の天才』ヤーコプ&ヴィルヘルム・グルムバッハ兄弟。


 この七人が存在しなければ義体技術は空想の産物のままであり。

 今の義体大国・土壱は決して在り得なかったであろう。

 真に偉大な存在として、人々は彼等を讃えて『七人教授(セブンマスターズ)』と呼んだ。

 その様な英雄を生んだ土壱において。

 義体技術に対する『発想の追及』が行われたのは、当然の理であると言えよう。

 機械で人体の一部を補完出来るならば、全体もまた可能では無いか。

 こう考えたのは七人教授の中心人物であるヤーコプであった。彼はその技術により、遠い昔に死んだ妹を完全なる形で蘇らせようとしたのである。これにヴィルヘルムや他の者達も賛同し、寝る暇を惜しんだ熱烈な研究が行われた。

 だが、この研究によって導き出された答えは、

『去って行った者を呼び戻す事は、如何な叡知の勇士であっても不可能である』

 と言う結論だった。

 外見は何処までも似せられよう。人間の様に動かす事等造作も無い事だ。脳なんてモノは所詮肉で出来た計算機械である。その様に造られた人形は、成る程、完璧な代物だった。最初はヤーコプも満足して、名前を付け、妹として育て、接した。人形も素直に応えた。だが暫くして、微かな違和感を覚える様になった。

 その違和感は次第に大きくなり、やがて彼は自らの手でそれを破壊した。

 人形の、偽りの妹、シャルロッテ・グルムバッハを。

 健全なる肉体も朗らかな精神も健やかな環境も、機械と技術で代用出来よう。

 だがしかし、美しき魂まで造る事は人の身では不可能だったのである。

 この間に戦争が終わり、土壱は統一され帝国となって、計画も多少縮小されたが、義体研究は続けられた。その中でヤーコプが狂気に奔り、やがて1878年十一月九日、後に土壱史、義体史、心理学史、犯罪史にも名を残す世界史上の事件『鐘琳(ベルリン)事変』を起こしたのは、周知の事実である。またこれが同年十二月、主に南土壱の宗教関係者を中心とする義体反対派の動きを強め、事変の折負傷したビスマルクの手により、義体研究及び開発製造、特に戦闘用義体に関するそれの厳格なる規制法案、通称『義体法』を制定させたきっかけとなった。これは当時、義体技術自体の衰退を齎すものと考えられたが、ある意味でそれは逆であった。規正を逃れる為に、多くの義体職人、研究家達がその技術と知識を持って自由に研究出来る場へと旅立ったのである。半ばこれを予期していたビスマルクは肩を竦めながら、世論に促されるままに法案を取り消すも時既に遅く、多くの優秀な人材が流出した後だった。義体大国・土壱に陰りを齎した一連のこの出来事は、皮肉にも世界的な義体技術の進歩を起こしたのである。

 さて話を詠国へと戻そう。

 フィリップ・エディソンは、そうして広まった義体技術の恩恵を受けた研究家の一人である。

 ヤーコプとは違う、単純な人間への好奇心によって、人形を造ろうと考えていた。しかも、全くの無の領域から。

 それは七人教授の長の失敗を教訓にしてのものである。 

 あの男は、ヤーコプは死んでしまった人間を再び生み出そうとしていた。だが、失った者に対する記憶は、記憶者の中で多分に美化され、また理想化される。哀しいかな、現実と理想は決して相容れないもので、理想をそのまま現実の世界に持ち込むと言うのは不可能なのだ。何処までも技術を進歩させて近づける事は出来ても、完全には至らないのである。

 それでも尚己の内面性を変える事が出来ず発想を追及し、その果てに当然の帰結として、あの可哀想な土壱人は狂ってしまった。詠霧趣(イギリス)人であるフィリップは追及などせず、寧ろ反対の事を行った。

 それは『発想の逆転』であった。

 理想を現実に求めたから破綻したならば、現実を理想に求めればいい。

 永遠へと達した女神を目指すのでは無く、零の泥より壱から人間を生み出そう。

 それはある種の諦念であり、唾棄すべき妥協であった。

 だがこの世にあっては必要な事でもあったのである。

 かくしてフィリップはヴィルヘルムやモリ、アッシェンバッハ卿等の優秀な義体技師の師事を仰いで卓越した技術を学び、その姿を見たならば誰もが驚嘆するだろう苦難を熱意によって乗り越えた末に、脳を含めた全身が義体の、一体の義体人形を作り上げるに至るのである。

 その人形こそ何を隠そう、彼が娘と称したノイラ・D・エディソンであった。

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