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第一章 アレックス・ボールドウィンの憂鬱

 醒歴1887年 九月 詠霧趣(イギリス) 論曇(ロンドン) 西部郊外


 この街には、犯罪者と探偵が余りにも多過ぎる。

 広げた新聞を乱暴に畳んで懐に仕舞いこみながら、若き論曇警視庁(スコットランドヤード)警部、アレックス・ボールドウィンはそう思った。

 論曇は、わざわざ言うまでも無かろうが、栄えある大詠帝国の首都である。西藩座(スペイン)から『太陽の沈まぬ帝国』の名を奪い取り、規模で言えば歴史上最大の領地を築き上げた詠国の中心都市が出来たのは、遥かな時を遡って路磨(ローマ)帝国が隆盛を誇っていた頃である。故に今でもその古代、そして中世の建造物が半ば遺跡として残っている様な悠久の歴史を持つのだが、同時に十七醒紀に巻き起こった産業革命発祥の地として、真っ先に近代化した都でもあった。大掛かりな工業地帯が造られ資本家と労働者という社会の根本を成す要素が誕生し、その繁栄によって世界各地の植民地から大量の人と物の出入りを促した世界都市である。

 論曇は、そんな歴史と発展を兼ね備えた都市である。

 だが歴史が光り輝く勝者の影で惨め極まりない敗者を生んだ様に、発展もまた常に正しい道へと進んで行った訳では無い。そこには当然、負の側面が存在した。

 帝国全体を見れば数え切れぬ程沢山の問題がある

 が、殊、論曇内部に焦点を合わせると大きな問題は二つである。

 一つは産業革命の要である蒸気機関による深刻な大気汚染。

 もう一つは貧富の差と多人種化が齎した犯罪発生率の増加。

 警部であるアレックスにとっての最大の問題は勿論後者だった。

 彼を始めとする女王陛下と大詠帝国に魂を捧げた者達が日夜治安維持に奮闘しているがやはり数には限度がある。全ての犯罪を防ぐなんてとてもでは無いが無理な話だ。

 更には人でありながら人では無い者達、保因者(キャリアー)までいる。

 十五醒紀末から始まる大航海時代の頃に、新大陸や暗黒大陸の奥地が皇州と密接に繋げられた結果、『何か』の因子が持ち込まれ、それに感染した人々の体を変えた。梅毒以上の勢いで世界中に蔓延し、変異して行った者達がどの様なものかと、人格を大いに無視して語ればつまりは化物で、吸血鬼或いは人狼に似た者達……これはあくまでも例で、実際は判別出来ぬ程多種多様……である。彼等は時に常識では考えられない様な犯罪を起こし、また逮捕も困難であった。

 父親もまた警察官であった為だろう、幼い頃から正義感の強かったアレックスにとって、その状況は非常に腹立たしかった。市民の為、社会の為に何とか出来るものならばしたかったが、先程も言った通り彼等警察官のみの力では流石に限界がある。またその警察官の中に犯罪者達から賄賂を貰って汚職を働く者がいて、しかもそれが決して少ない数ではないと言うのだから、どうしようも無い話だ。

 そう、どうしようも無い話だ。

 だからと言って、事件解決の為に民間人の協力を煽るのも如何なものか。

 アレックスはそう常々思っていた。つまり、彼は探偵と言う者達が嫌いだったのである。全てが、とは言わないまでも、少なくない探偵が享楽的理由によってまるでチェスでもするかの如く事件に取り組み、知った風な顔をしながら推理を語り、そして解決する。生真面目な彼にとってそれは、例え事件が解決したとしても認められるものでは無かった。また警察官でも無いのにあちこちの事件現場に顔を出し、市民の秘密を覗き見ると言うその姿勢も芳しく思っていない。監視者が多くとも秩序は乱れる訳で、その様な者は警察だけで充分だ。誰も彼もが全くの他人の事情に関与出来るというならば、その行為は他人の財布や生命に関与する犯罪者達と何の違いがあろうか。

 以上が、アレックスの探偵を嫌う理由であった。

 それは王室と議会が探偵の存在を認めても変わらなかった。

 そんな彼が今探偵の協力を受けようとしている。

 そう聞いた時、警部を知る人間は一体どんな顔をするだろうか。

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