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第十二章 我はロボット?

 そして次の日となり、アレックス・ボールドウィンは眼を覚ました。

 窓の外を見れば、今にも雨が振り出しそうな曇天が続いている。

 これからの予定と相俟って気分を暗くさせるものだ。

 これからまたノイラ・D・エディソンの元に向かわねばならないのかと思うと、その心は更に重くなった。昨日の今日である。一体どんな顔をして彼女に逢えば良いと言うのか、一晩経った今でも彼には皆目検討が付かなかった。しかしそんな事態に陥ったのは紛れも無く自分の所為であるし、グラント・ヒルの命令は変更しようの無い絶対のものである。

 髭を剃り、顔を洗い終えた彼は、ぱんぱんとその頬を叩いた。詠国紳士たる者、覚悟を決めねば。

 そうして着替えを済ますと、アレックスは再びエディソン邸へと向かった。心を決めるも、まだ何をどう言うべきか悩んでいる間に、馬車はあっと言う間に到着する。そんな早まらずとも、と溜息を一つ漏らしながら彼は扉を叩いた。

 少しの間を置いて、例のメイドが顔を出す。用件を伝えると彼女は無愛想に、

「ノイラ様は、自室にいらっしゃいます。」

 とだけ言い、さっさと家の中に入って行った。どうやら付いて来いと言う事らしい。やはり人形と言うのは間違っていないのでは無いか、とそんな彼女の背中を眺めながら、アレックスはノイラの部屋へと案内された。

 空咳を二、三した後、彼は軽くノックした。

「あー……アレックスだ。迎えに来たのだが。」

 そう名乗ると、すぐさまあの鈴の様な声が返って来た。

「どうぞ。鍵は開いています。」

「では……失礼する。」

 アレックスは襟を正しながら、緊張した面持ちで扉を開ける。

 その青色の瞳に、質素で小さな部屋が映り込んだ。

 昨日案内された部屋の雑然とした様子とは比べる必要も無い。簡素な木造の椅子と机、それから小さな本棚に、眠る必要があるのか、真っ白い皺一つ無いシーツに包まれたベッドがある。

 ノイラはそんな部屋の壁際に設置された椅子にまるで置物の様に座り、何か本を読んでいるらしかった。着替える必要は無いのか、或いは同じものを複数持っているのか、服装は昨日と同じである。

 アレックスが後ろから彼女を眺めながら、このまま中に入ろうかどうしようか迷っていると、

「お早う御座います、アレックス。」

 そうノイラが言った。こちらの方は見ず、本に集中した状態で。

 やはり昨日の事を気にしているのだろうかと、アレックスの胸は締め付けられた。だが、それで何も出来ないのではわざわざここまで来た意味が無いし、結局何かしなければならないのだ。

 彼は空咳をすると、彼女の後方に向かう。

 その陶器製の白く美しい手がぺらりぺらりとすべらかに頁を捲って行く様子を見ながら言った。

「えー……あー、本を読むのだな。何の本を読んでいる?」

 我ながら恥ずかしい程に上ずった声だ。

 それに対し、彼女は何時もの様な鈴の如く澄み切った声で、こう応える。

「ワシントン・アーヴィングの『スケッチブック』です。

 今丁度『リップ・ヴァン・ウィンクル』を読み終えた所で。」

「ほう、リップ・ヴァン・ウィンクルか……。」

 昔読んだ覚えはあるが、どの様な内容だったかアレックスは思い出せなかった。

 それでも何とか話を合わせようと思案している時、ノイラはぱたんと本を閉じると行き成り立ち上がって、

「さて、では今日も行きましょう。」

「あ……うむ、そうだな。」

 苦悩するアレックスを更に狼狽させた。

 その状態は部屋から馬車に移った後でも、全くと言っていい程変わらなかった。

「……。」

「……。」

 一切の会話が無い密閉された空間は、正にアレックスを苛む拷問部屋である。内部のあらゆる音の発生を拒否した馬車の中はそよとも風吹かぬ水面の様で、そこに昨日の己の行為が映って来る。どうにかしてその映像を掻き乱そうとしても、重く圧し掛かる無言の水圧により、身動ぎ、いや呼吸すら儘ならない。

 正直に言って耐え難い。自分の所為とは言え、これはあんまりだ。

 そうアレックスが感じていると、隣からノイラの声が届いた。

「……気にしないでいい、と言ったでしょう。」

「いや、だがしかし、な……。」

「気にしないでいいのです。慣れていますから。」

 応えながら、アレックスは彼女の方を向く。思わず溜息が漏れた。

 こちらを見る事も無く、ただ窓の外を眺めながらそんな事を言われても説得力に欠ける。

 全く、うちの妹じゃないんだぞこれだから女は、と彼は思った。

 思い、そして、その表現は実に的を射ているな、と感じた。

 そう、彼女の態度は警官になるのを反対した妹そっくりだったのである。

 それに気付くと同時に、アレックスはフィリップ・エディソンから聞いた人工頭脳の話を思い出した。機械で造られたからと言って、最初からあらゆる知識を持ち、人知を超える叡知を持っている訳でも無い。それは金属で出来ていると言う以外は人間の脳と同じであり、経験する事で成長するのだ。それで行くとこのノイラは、製造されてからまだ日が経っていない、十年多くても十五年であるのは間違いあるまい。義体技術の世界的浸透は、それ位から起きたのだから。

 そこでアレックスは、嗚呼成る程、と思った。

 昨日感じた奇妙な一致はつまりこう言う事だったのだ。

 外見や性格、またその知識から見え難いだけで、この人形も自分の妹と同じで、まだまだあどけない少女である事に相違無いのである。

 その事実に始めて気が付いた時、アレックスは思わず噴出してしまった。

「……何でしょうか。別に面白い状況では無いと思うのですが。」

 ノイラが訝しそうに目を細めて見つめる。

 その様子がまた妹と重なり、くっくっと笑ってしまう。

 自分で気付いていないのか。

 アレックスは己の中で、音を立てて崩れて行く彼女への様々な印象を感じた。

 全く、俺は何に対し畏れ、悩んでいたのだろう。

 この人形は、そこらの少女と何が違うと言うか。

 その心の全貌は解らずとも、その存在は流石の自分でも理解し得る。

 ならば何も問題はあるまい。

「いや、すまない……うん、そうだ、そうなんだよな……。

 君との付き合い方が今解った気がするよ。」

 何とか込み上げる笑いを抑えると、アレックスはノイラの足元まで達する銀髪の頭頂部へと手を置き、そっと撫でた。それは兄が妹にする様な、優しい手触りの情愛の篭ったものである。

 撫でられた彼女は、ん、と眉を上げながら、

「……何をするのです。

 その様な行為こそ、失礼に値するのではありませんか?」

 と言う。

 しかしそこに、今までの様な威圧感は感じられない。

 空気も心なしか軽くなった様だ。

 アレックスは、そうだな、と手を離しながら体ごと彼女へ向けてから、神妙な面持ちでその頭をすっと下げた。

「今までは悪かった。

 俺は不器用で君の事が解らなくて……だが、これからは違う。」

「……。」

「また何か君に失礼を働いてしまうかもしれないが、それでもそうならないよう、それが良くなるように努力しよう。

 本当に今までは悪かった。だからノイラ、機嫌を治してくれ。

 そしてこの事件を解決しよう。俺と、君の二人で共に。」

 彼はそこまで言うと、すっと右手を差し出した。彼女は口を硬く結んだままに、その掌を青い瞳でじぃと見つめている。その人の手で作られた頭脳が、歯車を軋ませつつ何を思っているのか、アレックスには解る気がした。

 暫く経った後、彼女は一度だけ小さくこくりと頷いて見せると、

「……解りました……貴方を許しましょう。

 そして改めて……宜しくアレックス。

 この事件……解決しましょう、二人で。」

 そう、自分よりも遥かに大きな男の手を握り締めた。

「ああ、二人で、だ。」

 それに応え、アレックスもぐっと握る。

 掌から感じる陶器の肌が妙に暖かい。そんな気がした。

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