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第九章 幼年期の途中

「……。」

「……どうしましたか。」

 突然黙った刑事に訝しがるノイラ・D・エディソンの隣で、あの女の事を思い出していたアレックス・ボールドウィンは露骨に嫌な顔を浮かべた。

 別に彼は保因者(キャリアー)に対して特別な感情を抱いている訳では無かった。同僚にも一人吸血鬼が居るが、一応普通に接している。確かに彼等の奇怪な容姿や習慣、その能力や精神性に慣れ親しんでいるという訳では無いし、彼等が犯罪に走った時……多くの保因者は、元々劣悪な環境の中で育った貧困者である為、しばしばその非人間的性質で法を犯す事がある……は非常に厄介であると思っていたが、だからと言って、古臭い宗教家達の様に彼等をどうにかしようとは思っていない。結局は人種みたいなものであり、その良し悪しは個人で見るべきだ、と考えていた。そもそも、総人口の三分の一、いや下手をすれば半分近くが保因者とも言われている詠国で、彼等を気にすると言うのも妙な話だろう。

 だがしかし、ここで上げられている保因者とは、まだまだ人間味の残った新参者に過ぎない。その彼等より遥か昔に生まれ、そして今も生きている、伝説としか思えない様な者から感じたそれは、人類への嘲笑だった。アレックスは、妖婦ルフィナの様な笑いをする人間を見た事が無い。考えるのが馬鹿らしくなる程の年長者を評価する事が、果たして数十分程度の会話で出来るかどうかはさて置き、彼にとって魔女の第一印象は最悪だった。

「アレックス?何処か、お体の具合でも悪いのですか。」

 そこまで考えて、アレックスの耳に漸くノイラの声が届く。彼ははっとすると、

「あぁ、いや大丈夫。何でも無い。」

 そう言い繕いながら、彼女の方を向いた。

 ノイラは今また無表情にこちらをじっと見つめて、いや観察している。その行為と態度に、アレックスはあの魔女の嘲笑との奇妙な一致を感じた。対極に位置するこの二つが共通しているのは、彼の考える人間性を揺るがすと言う事において他ならない。一つは高みからの軽視により、もう一つは冒涜的な視察によって。

 警部は溜息を付きたくなったが、流石に目の前に本人が居る手前、何とか抑えた。少しは腹を括ったつもりだったのだが、どうやらそれは気の所為であったらしい。これから先の事を考えて、アレックスは気が重くなった。

「……まぁ、兎も角。保因者である線は無いと考えていいだろう。

 しかし良くその仮説が出たな。優秀じゃないか。」

 ただその人工頭脳の性能は認めよう。こうやって喋っている間もまるで人形とは思えないし(だからこそ嫌悪を感じるのもまた事実であるが)思考も理に適ったものである。伊達に探偵として活動されている訳では無いようだ。

 そう思いながらアレックスは言葉を放つ。

 ノイラはすっと眼を瞑りながら深々と頭を下げると、お礼の言葉を口にした。

「ありがとうございます。そう言って頂けるならば幸いです。」

 銀色に渦巻くつむじを眺めつつ、アレックスはおや、と思った。

 ずっと見つめているものだから、瞼は付けられていないのかと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いだった様だ。

 更に彼は、彼女がどう見ても人間にしか見えないのに人形と聞かされてからその事実を払拭出来ないのが、今までじっとこちらを見ている間、一度も瞬きをしないからだ、と言う事に気が付いた。

 そこでアレックスは聞いて見た。

「所で今ふと思ったのだが。」

「何でしょうか?」

「君は瞬きをしない様だが、何か理由はあるのか?」

「義眼であり、人工頭脳ですから、特に瞬きの必要は無いのです。

 元々そう言う習慣もありませんし。」

 警部の言葉に人形はそう応えた。

 やはり一度も瞬きをする事無く、アレックスを見据えながら。

 その様子に少したじろぎつつ、彼は己の本心を言う。

「だが、それがあるのと無いのとでは大違いだ、印象的にな。

 どうだろう、観察を止めてくれないならば努めて瞬きをしてくれないだろうか。 

 そうすれば、多少は人間的……いや、良くなると思う……の、だがどうかな?」

 決して揺らぐ事の無い強烈な、それで居て意思の垣間見えぬ視線に、最後の方は弱々しくなったが、アレックスはそう聞いてみた。ノイラはと言うとその状態で固まり、提案を受けるかどうか考えている様である。

 それもそうだ、する必要の無い事をわざわざするなんて無益以外の何物でも無い。特に彼女の場合、瞬きをすると言う事はそのまま瞳を瞑る事となるに等しい訳で観察を止める事となる。それは限り無く無駄な行為であろう。

 しかし暫くして、ノイラはこくりと一度頷いて見せると、

「……解りました。貴方が望むのならば、そうする事にしましょう。」

 アレックスが意外に思う台詞を言いつつ、彼の目の前で瞬きをして見せた。

 解る限りで三回連続程。

 それは瞬くでは無くしばたたくと言うのでは無いか、とアレックスは思ったが、訂正しないで置く事にした。頑固な人形が、自分の言う事に応じてくれたのが喜ばしかった為であるが、それよりもこんな機械如きに振り回される自分が少し哀れに思えたからだ。言えば、それを認めてしまう様に感じたのである。

 まぁすぐに直るだろう、と頭を抑えながら、アレックスはノイラの方を見る。

 先程と同じく、じぃと視線を向けていた人形は、彼がこちらを向いた瞬間に眼をしばたたかせた。溜息を付きながら彼は、瞬きの何たるかを人形に教えた。

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