伝説のはじまり
高校三年生の女の子・永井叶は、卒業式の前日、自分が伝説の一部だということを知る。
いったいどんな伝説なのか!?
その始まりがちょっと垣間見れるお話。
私の名前は、永井叶。“ながいかな”と読む。
まぁ大抵、自己紹介の時は「永井です」なので、さほど問題ではない。でも学校で出席をフルネームでとる先生にあたるとざわつくことがある。
「永井叶!」
「はい!」
あ~~~この先生はフルネームだぁ~と心の中で舌打ちしていると、案の定、その先生がさらに追い打ちをかける。これもフルネームで呼ぶ先生の典型だ。
「ながいかな…なか…いがな。おっ!もうちょっとで回文じゃないか」
回文という言葉の意味を知ったのは、小学校1年の時。当時の担任の先生が同じことを話す展開になった時だ。私も含めクラスの誰一人も回文がわからず、ただ黙っていた。
「回文、わからないか。上から読んでも下から読んでも同じになる言葉だよ。“しんぶんし”とかな」
すると、まだ名前も知らない男子が騒ぎ出した。
「ながいかな、なかいがな…ほんとだ!おしいっ!!」
「え~テンはセーフでよくない?」
と、私の名前でクラスが盛り上がったのだ。だからフルネームで呼ぶ先生は私の中では要注意人物となった。
他にもこんなやつがいた。
「これ、ながいかな~~~?」
私の前でこう呟き、からかう奴はつまらない人間と認定することにしている。
まぁコレに関してはセンスがない人のお約束なセリフなので右から左だ。
脱線気味になってはしまったが、とにかく名前で得したことなどあまりない。ほぼない。全然ない!全くない!!皆無!!!何度、親を呪ったことか。
まだ自己紹介までなら耳で聞いているだけだから被害はないが、漢字を知るとこんな展開になることもしばしば。
「へ~叶うで“かな”なんだ~。縁起のいい名前なのかな?アレ、これダジャレじゃないからね」
確信犯的にいうタイプと本当にはっと気づいて顔を赤くするタイプに分かれる。後者はまだかわいい。前者は私のセンスがない人リスト入りだ。
名前の漢字がわかると、これに似たようなことを言う人が多かった。小学校低学年の頃はダジャレもそれほど理解していなかったけど、高学年になると“またか”が頭をよぎる。そんなこんなであからさまな苦笑いを相手に披露する天才になってしまったかもしれない。なので、私の中のセンスのない人リストに沢山の名前が載ることになる。
そんな私が高校の伝説の一部になるなんて、誰が想像できたろうか。その起源(私だけの)をさかのぼると、それは一学期も終わろうとしている夏の暑い日だった。期末試験も終わり、あとは夏休みを迎えるだけの解放感を味わっていた頃だ。誰もいない教室でただ一人、自分の席(前からも後ろからも横からも真ん中の席)に座っていた。たまに生暖かい風が私を通り過ぎる。私は帰宅部なので放課後に学校にいる意味はまったくない。さっさと帰れば?と思っているかもしれないが部活を頑張っている親友が待ってほしいというなら待ってあげる優しさを持っていた。試験最終日なのでちょっとしたミーティングで終わるからと待たされていたのだ。暑さとダルさで限界に達しようとしていたその時、タイミングよく親友は現れた。クラスで最初に友達となり、あっという間に親友にまで昇格したタマエだ。タマエは泣きそうな顔で私のところにやってきた。
「叶~~~~~!!もう私、学校来るのやだ~~~~~」
「あと数日したら来なくていいよ」
「そうじゃない!…そうだけど。二学期も来るのやだ~~~~~」
タマエが泣き顔(泣いてはいない)で、だだをこねていたわけはこうだ。
期末テストの期間中、ノートを貸したり、なんなら一緒に図書館で勉強したりといい感じの男子がいた。だから私との勉強の約束はすっぽかしてそっちに集中。文句の一つや二つはあるが友達の幸せを願わないわけでもないので約束を破った件を追及することはしなかった。この流れからするとその男子ときっとうまくいってないに違いない。すると、さっきまでの騒ぎから一転、タマエは呟いた。
「背中かしてくれない?」
「え、背中?」
「いくら親友でも泣き顔を見られなくないから…」
本気の声だった。私は「いいよ」と比較的優しく答えた。
タマエの鼻をすする音が静かに教室に響き渡る。私は言葉もなくただ黙っていた。
「ね~叶。何がダメだったんだろうね」
「ん~」
思い当たる節は…ある。でも、いまそれを言うのは酷だ。
「図書館でもいい感じだったと思うんだよな~」
い、言えない。誰が見てもその男に脈がないことは明らかだった。でもときめいている親友に現実を突きつける勇気はこの時の私にはなかった。親友とは言えまだ4か月ほどの仲だ。もし現実を突きつけて嫌われたらどうしよう!などと保身に走った。結局、人間は自分が一番可愛いのだ。
「何も知らないヤツが見たらそうだよね。でも私はアイツといる時のタマエより、私といる時のタマエの方が好きだな」
私はとっさにそう言葉にしていた。すると、そこからしばらく沈黙の後、ラリーが続いた。
「えっどういうこと!?」
「ん~どう言っていいかわからないけど、なんか違うんだよタマエが」
「猫かぶってるってことを言いたいの?」
「ん~~~、ん~~~~~~そういうのは何も知らないヤツが見てもわかると思う。そういうのに敏感な子っているじゃん」
「わからん」
「だからわかんないって言ってるじゃん!」
「も~~~何なのよ!…でもあんたのそういう雲をつかむような話、嫌いじゃないんだよね。ありがと」
タマエは、私の背中におでこ?たぶん感覚でしかないので正確には分からないが、おでこを3回叩くようにしてきたのだ。振り向くと、目は赤いが笑っていた。
「いつでも私の胸に飛び込んできな!」
「私が必要なのは、背中だけどな」
減らず口が言えるくらいになったのだからもう大丈夫だと思った。
「しょうがない。今日は私のおごりだ」
「えっ!何?あそこの喫茶店のパフェを奢るって?」
私たちが何かあるごとに行く、学校の近くにある一軒家の一階を改装した喫茶店だ。そのお店の極上いちごパフェが絶品なのだ。タマエに背を向け、財布の中身を確認。
「わかった。ま、任せなさい。…あっ!でもパフェだけね、飲み物は水!」
「そういう見栄張らないとこ好きだよ。愛してる!」
と、タマエは私を後ろから抱きしめた。
それからしばらくして、夏休みになった。家でダラダラしていた私を例の極上パフェが食べられる喫茶店にタマエは呼び出した。帰宅部の私がTシャツに短パンと普段の恰好でいくと、制服姿のタマエがいた。
店内は涼しかった。店員さんが水を運んでくれると私は一気に飲み干してしまった。
「今日、タマエって学校行ってたの?」
「…うん」
と、しおらしい。
「実はさ…付き合えることになったの…」
「えっ!誰と?」
タマエの顔を見ればわかっていたが本人の口から言わせたいと意地悪な私が発動した。そして、例の男子だと白状した。
ここからはタマエの話をぜひ聞いてほしい。
「私が叶の背中で泣いた日、覚えてる?私があの人…あいつの前だと違うって話してくれたでしょ?だからあの後、会う機会があった時にそのことを意識したの!そしたらなんと!態度が変わっていったんだよ。押しても駄目なら引いてみなじゃないけどさ。あ、そうそう。ここのパフェさ。今日は私が奢るから。飲み物も付けちゃう!クーラーが効いてるからパフェ食べて冷えた体に温かいコーヒーでもいいし、さらに体を冷やすのにスカッと爽やか!炭酸でもいいし。私は…いまダイエットしてるのでパフェは辞めとく、えっ、決してお金がとかじゃないから遠慮しないで。本当にダイエットなの。だって…彼の自慢の彼女に…あ、これは今から話すもんね」
と、中々話が進まない。でも私は我慢強い。結論から言えば晴れてカップルになったのだろう。その経緯を私に説明しようとしているのだから、ここはせかさずに聞いてやろうじゃないか!と思ったが、気持ちとは裏腹に一刀両断してしまった。
「タマエ、だいたいわかったから。良かったね。おめでとう。そしてご馳走様」
以来、私の背中がやたら女の子に貸し出された。
それらのエピソードが気になる人がいるのなら、タマエに聞いて欲しい。
私も鈍感なのでそれに気づいたのは2年になってからだ。後輩の女の子が「背中を貸してくれませんか?」と来た時だった。タマエにその話をすると、何か知ってそうなのに「へ~なんでだろうね」ととぼける始末。私もそれ以上、深くは聞かなかった。タマエの恋愛成就の話を遮った女でもあるし。
そんな私がある都市伝説を知ったのは、明日、卒業式を控えた日のことだった。教室には私一人。クラスメイトはもう皆帰ってしまっていた。黒板には誰が書いたかわからないが“卒業式まであと1日”の文字の周りに統一感のない絵がびっしり。実は私も日直当番を書く場所に猫の絵を描いてはみた。なぜ猫かと聞かれるなら、なんとなくだ。それ以外はあまり生活感のない教室になっていた。明日の卒業式が終われば来ることのない教室なのでクラスメイトの持ち物などはすでに片付けられている。後ろのロッカーにもほとんど荷物はないし、掲示板もキレイなものだ。
私の席は窓側、前から3番目。その席に座り、何気なく校庭を眺めながらいた。時たま視界に入るカーテンは風でゆらゆら揺れている。
「あの~永井先輩ですか?」
突然、話しかけられて声の方を向くと、ツインテールがとっても似合っている女の子が立っていた。とっさに上履きを見るとつま先には緑のライン。これは1年生のものだった。私たちが赤、2年生が黄色と学年で上履きの色が変わっているからだ。来年入ってくる1年生が赤になる…とかいう説明いらないか。
「そうだけど…」
1年生だと確認していたので私はタメ口だ。
「あの~先輩の背中、貸してもらえませんか?」
またかというのが正直な気持ちだ。何故だか知らないが同級生はもちろんタマエの部活の後輩など知り合いがよく私にこう話すことがあったからだ。でも何故借りたいのか?ということを聞くと、それを言ったら全てが台無しになると返されるだけだったのでフラストレーションが溜まっていたのだ。
だが今回は超レアケース、全く知らない人物からのお願いだった。この日、私は機嫌が悪かった。理由はたいしたことではない。朝起きたら小指を机の脚でぶつけたり、コーンフレークを食べようとして牛乳を入れたら全然足りず、ほぼコーンフレークだけの状態で食べたり(食べ物の恨みは恐ろしい)、学校では自転車が勢いよく走ってきたのでよけたら水たまりに足をつっこんだりと、微妙に嫌な事が続いてイライラしていたので、お願いにきた彼女には悪いが、とっても不機嫌だった。
「それさ~一体なんなの?私の背中って何かついてるの?皆教えてくれないんだよ」
「…はい。先輩に言ったら水の泡と聞いています」
彼女は涙目だった。そんな顔をされているのに断ったら私が超悪者のようだ。結果、自分の不満はおいておくことにする。
「わかったよ。いいよ。貸してあげる。はい」
と、女の子に背中を向けた。すると女の子は、私の背中に体を寄せ、何やら呟いている。そして最後に聞こえるよう「すみません…」そう一言呟き背中をパンっと叩いた。この背中を叩くまでが一連の儀式だったので私は驚きやしない。
「ありがとうございました!」
女の子は涙目から笑顔になり教室を出ていった。
「もう、なんなのよ~~~~」
しばらくすると、叶未来先生がやってきた。私の名前が苗字という親近感からか高校生活の3年間、よく話をした先生だ。二人で話しているところを生徒が見かけると拝むやつらもいたほどだ。いちいちかまっていられないので、先生も私もスルーしていた。
「叶、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。明日ですけど」
「さっきもやってたの?」
「あ~よくわからないやつですよね…はい」
「もう明日卒業だからその謎を私が解いてあげましょう」
「えっ何?先生知ってたんですか?」
「うん…すまん!」
叶先生の話はこうだった。
この学校には伝説が存在する。それは“叶”の文字が入った生徒の背中で願いを叶えるとそれが叶ってしまうというものだ。ただし“叶”の文字が入った人に伝説の内容を話したりすると、効力が消えるというものだった。私が入学してからは私がその担当だったというのだ。実は叶先生もこの学校の卒業生で、生徒時代は同じ目にあっていたという。
「ほんとに効力なんてあるんですか?」
「まぁ叶えるものは、精神的なものが多いんだと思う。病は気からとかいうだろ。それと同じで気持ちの持ちようなんだって私は結論づけてる」
「そうだっただけなら夢ないですもんね」
「だろ?信じる者が救われて、失敗した例があったらなかったことにされて、とにかく伝説は伝説だから面白いんだよ。それにきっと恋愛話が多いんだろうけど、それだけじゃないみたいなんだ。これも憶測だけど」
「やられてる身にもなって下さい」
「それは私も経験者だからな、あはははは」
これですっきりした。でも私の背中で願いを込め、幸せになった人がいるならまぁいいかと思うようにした。じゃなきゃ泣きながら女の子が願いを叶えに来たりしないし、3年間も同じことは続かない。
でも…私にはいい事が何もなかったなぁと思う。
「私には、なんでいいことないんだって顔してるぞ」
叶先生に見透かされていた。
「ばれました?」
「当時、私も同じこと考えてたからな」
「世の中は不公平です」
「公平な世界なんてないってことを学べたんじゃないか?」
「そんな難しいことわかりません!」
「それは私も同じだ。早く帰れよ!」
と、言って教室を後にした。
それからすぐ待っていたタマエが教室へ。たぶんきっとさっき願いを叶えに来た女の子はタマエの部活の後輩だ。最後の最後に頼まれたのだろう。でも私はその話はしなかった。タマエもそれがわかっているのか、帰りにパフェを奢ってくれるという。
「これが私へのご褒美かな?」
「ん?なんか言った?」
「いやなんでもない。お腹すいたから早くいこ!」
そう言って教室を後にした。
そうやって高校生活で疑問だった謎が解け、都市伝説の中身を知る事になった私は、どうしても言いたいことがある。
もし本当にそれが真実なら、神様!どうか私の背中を私に貸して下さい!
たまえ&叶先生からみた伝説にまつわるストーリーも準備中!




