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第10話 影の誘惑

帝国暦1278年、早春。


帝都の宮殿深部、ミリアーナ・ヴァルハイトの私室。 


彼女は窓辺に立ち、夜の闇を睨みつけていた。

手に握ったエリックからの密信が、微かに震えていた。


「ヴェルナは私を深く信頼し始めています。

彼女の心は少しずつ癒え、復讐の炎が穏やかになりつつあります。」


その一文を読んだ瞬間、ミリアーナの胸に激しい痛みが走った。


『癒えている?

ヴェルナがエリックのおかげで?

私の身体を何度も抱きながら、ヴェルナの笑顔を思い浮かべている訳ね。

あなたは、本当に彼女を愛し始めているのね』


嫉妬、好奇心、そして矛盾した感情が激しく渦巻いた。

ヴェルナを守るためにエリックを送り込んだはずなのに、エリックがヴェルナの心を掴み彼女の憎しみを和らげている事実が耐え難かった。


『危険だ、このままでは、ヴェルナの復讐心が薄れてしまう。

予言の最悪ルートに近づいてしまう。

でも、私は今、帝都を離れることはできない。

皇帝の監視が厳しくなっている』


ミリアーナは唇を強く噛み、血の味を感じた。

危険を冒してエリックに直接会いに行くべきか。

それとも、別の手段を取るべきか。

心が激しく揺れた。


『ヴェルナ、私はあなたを守りたい。

でも、エリックがあなたを癒やしていると思うと胸が焼けるように痛い。

私は、バカだ。

自分で差し出したのに。

差し出した道具が、あなたを愛していることに嫉妬している』


長い葛藤の末、彼女は決断した。

危険を冒してでもエリックに直接会い状況を確認しなければならない。


一方、黒霧の森の奥。

エリックが町へ食料と薬を買いに行ってから三日が経っていた。


ヴェルナは洞窟の入り口に座り、膝を抱えて空を見つめていた。

いつもエリックがいてくれた場所が、急に広く、寒く感じられた。


『エリックがいないと、こんなに静かだったのか』


彼女は無意識に自分の腕を抱きしめた。

エリックの温もりが、急に恋しくなった。

彼の胸の鼓動、優しい手つき、夜に囁く低い声。

それらを思い浮かべると、胸の奥が熱くなった。


『私はエリックを、こんなに求めていたのか?

ただの守護者だと思っていたのに。

彼の温もりがないと、胸が空っぽになる。

これは愛、なのか?』


ヴェルナは頰を赤らめ、慌てて顔を覆った。

復讐の炎を燃やし続けていた自分が、初めて誰かに恋をしていることに気づいた瞬間だった。


エリックが帰ってきたら、もっと素直に甘えたい。

彼の胸に顔を埋めて、温もりを確かめたい。

そんな思いが、胸の奥から溢れ出していた。


『早く帰ってきてエリック。

お前がいないと、俺は寂しい』


帝都から灰の宿場へ向かう馬車の中で、ミリアーナは激しく葛藤し続けた。


『エリック、あなたはヴェルナを愛している。

それを嫉妬しながら、私はあなたをヴェルナに道具として差し出した。

この矛盾が、たまらなく憎い』


灰の宿場の薄汚れた酒場「黒い鹿」の奥の個室。

エリック・ヴァルデンはすでに待っていた。

ミリアーナが入ると、彼は立ち上がり、複雑な表情を浮かべた。 


「ミリアーナ様……」


ミリアーナはフードを外し、艶やかな微笑みを浮かべた。

しかし、その瞳の奥には、激しい嫉妬と狂おしいほどの感情が渦巻いていた。


「ヴェルナは今幸せかしら?

あなたと森で暮らしているのでしょう?」


エリックは目を伏せた。


「はい。ヴェルナは少しずつ、心を開いてくれています」


その言葉を聞いた瞬間、ミリアーナの胸に鋭い痛みが走った。


『やはりあなたはヴェルナを本気で愛している。

私の身体を抱きながらヴェルナの笑顔を思い浮かべているのね。

憎い、あなたが憎い』


彼女はエリックの隣に座り、太ももを彼の脚に密着させた。甘い香りが漂う。


「エリック、あなたはヴェルナを愛しているのでしょう?

私も本気で、彼女を愛している。

だから、力を貸してほしいの。

一緒に、ヴェルナを救いましょう」


その夜、ミリアーナはエリックを宿屋の部屋に連れ込んだ。

部屋の扉を閉めた瞬間、彼女はエリックを壁に押しつけた。


ドレスの紐を自ら解き、白い肩と豊かな胸を露わにする。 


「ヴェルナのためよ。

今夜も、私にすべてを預けて」


エリックは激しく葛藤した。

ヴェルナへの純粋な恋心が、彼を苛んだ。


『ヴェルナ、許してくれ。

君を愛しているのに!

この女の身体に、こんなに狂おしく欲情してしまう。

俺は、潔癖な恋人であるはずなのに』


しかし、ミリアーナの唇が彼の首筋に触れた瞬間、エリックの理性は崩れ始めた。

彼女の熟れた肢体が彼に絡みつき、熱い吐息が耳元で囁く。


「エリック、あなたはヴェルナを抱く時も、私のことを思い出しているのでしょう?

私の肌の感触を忘れられないのでしょう?」


ミリアーナの声には、嫉妬と勝利感が入り混じっていた。

彼女はエリックをベッドに押し倒し、自ら跨がった。

激しく腰を動かし、彼の体を貪るように抱いた。


エリックは狂おしい肉欲に飲み込まれながら、ヴェルナの顔を思い浮かべ、罪悪感に震えた。


『ヴェルナ、君の温もりだけが本物の愛なのに!

俺はこの女の身体にこんなに溺れてしまう。

俺は本当に、救いようのない男だ』


行為が終わった後、ミリアーナはエリックの胸に指を這わせながら、冷たい微笑みを浮かべた。


『エリック、あなたはヴェルナを愛している。

でも、私の身体に溺れている。

この矛盾が、たまらなく憎い。

それでも、あなたは必要なの。

ヴェルナを守るためにね』


エリックは天井を見つめ、虚ろな目で息を吐いた。

ヴェルナへの恋心と、ミリアーナへの抑えきれない肉欲、この二つの感情が彼の心を激しく引き裂いていた。


数日後。

エリックは森に戻った。

顔には罪悪感が張り付き、ヴェルナに会う目が泳いでいた。

ヴェルナは嬉しそうに彼を迎えた。


「エリック! 遅かったな。無事だったか?」


「ああ、大丈夫だ」


エリックはヴェルナを抱きしめながら、胸の中で激しい葛藤を抱えていた。

ミリアーナの体温と声が、まだ肌に残っていた。


帝都に戻ったミリアーナは、自室で激しく吐血した。

予言の代償と、親友の恋人を誘惑した罪悪感、そしてエリックへの複雑な感情が、彼女を苛んだ。 


『ヴェルナ、私は、あなたを守るために、どんどん壊れていく。

エリック、あなたも憎い。

でも、ヴェルナの為にあなたは必要なの』


彼女は血まみれのシーツを握りしめ、静かに微笑んだ。

歪んだ、悲しい微笑みだった。

黒霧の森に、静かな嵐が近づいていた。

影の誘惑は、ヴェルナの恋に暗い亀裂を入れた。

ミリアーナは自らの身体を再び武器に使い、エリックを翻弄した。

二重の裏切りへの序曲——愛と憎しみの鎖が、さらに強く二人を繋ぎ止める

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