神がかり的思い込み
短編です
幼少期、俺は一度死にかけたことがある。
友人と池のある公園で遊んでいて、大きく飛んでいったボールを追いかけて、池に落ちたんだ。足場が悪くて、泥に足をとられ、水で息ができない。苦しい助けて!そんなことを思っていたら、神様が現れた。
神様は俺に何も言わなかったけど、気が付くと、俺は陸に上げられ、救急隊に囲まれていた。
俺は、神から啓示を受けたんだ。選ばれたんだ。幼心にそう思ったのをよく覚えている。
それから俺は、常に、神に顔向けできる男になることを心掛けるようになった。
早寝早起きを心掛け、朝起きたら神に祈る。そして今日の課題を自分に課す。
一日一善から始めたこのルーティーンは、いつしか、“他人を助ける”というものに変わっていった。
困っていると見るや、俺は他人に手を差し伸べるようになった。
でもある日、俺はわからなくなった。信号を渡るおばあさんに付き添った時、信号が赤になって、車からクラクションを鳴らされたんだ。
赤信号を渡ることは悪い事、車の邪魔をするのも悪い事。でもおばあさんを急かすのも申し訳ない。でも道のど真ん中でどうすることもできなくなった。
鳴り響くクラクション、目の前の信号が真っ赤に光っている。牛歩並みの速度のおばあさん。これは、試練だ。俺の頭に、そんな言葉が浮かんだ。俺はおばあさんを持ち上げて、信号を渡り切った。
おばあさんを歩道に下して、持っていた荷物を渡すと、おばあさんは感謝の言葉を述べた。車もすんなり動き出した。
そうか、俺がもっと早く、強くなれば、こんな悩みは無くなるはずだ。
俺はそれから、筋トレにも打ち込んだ。体を鍛え、走り込みをして、鍛えるうちに、出来ることが増えていく。神は俺の努力を認めてくださっている。神の存在をより一層、近く感じた。
高校生の頃、自分よりも体の大きな男たちに絡まれた。俺は自分の身を守るために、拳を振るってしまった。
人を殴るなんて、悪いことをしてしまった。神はまた俺に試練を与えたんだ。そう思っていたら、俺に絡んできた男たちから、何故か懐かれてしまった。
話を聞けば、彼らは、地元で有名な不良グループで、日々強い人間を集めて、グループを拡大していると言っていた。
俺は思った。これは新たな、神からの試練なのだと。不良は世間の人間には良くないイメージを持たれている。確かに彼らのたむろしている場所には、タバコや酒などのゴミが散乱している。学生なのに、酒やたばこをたしなむというのも良いことではない。
正さなくては。俺は神に選ばれた男。間違いを正し、世界をより良い方向へ導くんだ。
有難いことに、リーダーと呼ばれている人間の元に連れて行ってくれると言うので、俺はそれに付いていった。しかしリーダーは、俺を見るなり、喧嘩を吹っかけてきた。
俺はまた、自分の身を守るため、拳を振るった。俺の右手は、リーダーの頬にクリーンヒットした。やっぱり手に残る感触はあまり良いモノとは言えない。でも、正義を執行したことで心が高揚していたのも確かだった。
——神の名の元に——
これが俺の生きる意味!




