不思議な話
短編を更新していけたらなって思ってます!よかったら読んでみてください!
目を開ける。目の前には顔に見えそうな木目がじっと息を潜めている。さっきから目が合っているみたいで怖くてなかなか寝付けない。
「ねえ。ねえ。」隣で寝息を立てている母は、私の小声の呼びかけには反応を示さない。今日は小学校の夏休みで、遠くの旅館に来ている。ここは温泉で有名らしく、母が嬉しそうに大浴場までの道で効能を語っていた。
肩こり、肌荒れ、私には縁のない単語だったので、むしろ私が聖なるお湯に浸かっても良いものかと遠慮した。でも、普通に気持ちが良くて、母より長く浸かっていた。
私は今小学四年生だが、学校で特に悩みもなく、いつもだったら十時には布団に入って数分もたたないうちに眠りの世界に入る。
だから、自分がこんなにも寝られない理由がよくわからない。日中は天気が良く、太陽が眩しいくらいだったのに今は換気扇からする大きい風の音が部屋の中でも響き渡っていることが不安に駆られる理由だろうか。
何か良くないことが起こる予感がする。父がさっきトイレか何かで立ち上がった時思わず寝たふりをしてしまったけれど、父に話しかければよかっただろうか。
「お父さん、起きてる?」返事はない。父も寝つきがいい方なのでとっくに寝てしまったのだろう。
「うん?」しばらく間があって父から言葉が発せられた。くぐもった声だから、半分くらいは寝ぼけているのだろう。「どうした?寝れないんか?」私は木目から目を逸らし、
「うん。外がうるさくて寝れない。」「そうか。ほんなら父さんがおもろい話したろ。」父の声はいつも通りになっていて父の意識がはっきりとしてきたことを表していた。うん、と私が控えめに返事すると父は話をし始めた。
父が私と同じ、小学校四年生だった頃に経験したことだった。父は人前で発表したりするのが苦手で休み時間も誰とも話さずに本を読んでいるような少年だったという。「今でいう陰キャってやつやな。」そう付け加えた。
それでも、仲良くしてくれる人はいて、父が一番好きだったのが隣の席の佐倉さんという女の子だった。佐倉さんは父と同じように本を読むのが好きな女の子で、たまに面白い本の情報交換をした。
父と佐倉さんは趣味が合うので放課後に図書室に行ったりお互いのことを話したりするようになったという。「恋かと言われたらわからんなあ、でもなんでも話しとったで。友達というか親戚みたいな感覚やったな。」
父はそれまで知らなかったのだが佐倉さんは小学校三年生の頃に他の小学校から転校してきたらしかった。家の事情で転校することになって最初はあまり乗り気ではなかったし、転校してきてすぐは友達もできなかったけれど、父を含め仲良くしてくれる友達のおかげで学校に来るのが楽しくなったと言っていたらしい。その言葉に嬉しくなった父は、違うクラスの男友達、佐倉さん、佐倉さんの違うクラスの女友達を家に誘った。
佐倉さんは喜んでくれて、ついでに父の両親もとても喜んだらしい。「多分俺に友達がおらんとおもてたんやろうなあ、おかん。」その頃発売されたばかりだったゲームボーイアドバンスのマリオカートを四人でやったらしい。父は佐倉さんと話したことしか覚えていないらしい。なぜなら、また転校するかもしれない、次は温泉で有名なところに行くんだ、という佐倉さんの言葉が衝撃で、他に何も覚えていないからそうだ。
「今覚えば、佐倉さんも勇気を出して、多分、俺に一番最初に話してくれたんやろうけど、頭が機能停止してもうて何も言われへんかった。」
それから、佐倉さんは一週間ほど学校に来なかったらしい。家に来てくれた佐倉さんの友達も何も知らないらしく、父の友達は父が何か無神経なことを言ったのではないかと言ってきた。
そして、友達に佐倉さんが転校するかもしれないこと、温泉に入るのが楽しみだと言っていたことを話した。父が何も言葉をかけられなかったことも話した。すると友達は、それや、と言って
「佐倉さんお前に嫌われてると思ったんちゃう。いや、だって最初に転校するかもしれんっていうなんてお前のことすごい信頼してんのに、無反応やったら傷つくやろ。」
父は自分の行動を少し反省して、佐倉さんの家に電話をかけることにした。出たのは佐倉さんのお母さんで、関係性を話すのに苦労したけれど、少し前に家に来てもらった、というとお母さんの警戒心はだいぶ解けて、佐倉さんに変わってもらうことができた。声がいつもより落ち込んでいるように聞こえたから、父は佐倉さんに引っ越しの話にきちんと反応できなかったことを謝った。電話口で、驚いたように佐倉さんの言葉が一度途切れ、坂下(父の名前)君の問題ではなく自分の問題なのだ、と言った。やっと学校に馴染んできたのに、家に呼んでもらえる友達ができたのに、なぜこの時期にまた引っ越さなければいけないのか、わからないのだと言った。父は近くの公園で会おうと話して受話器を置いた。公園に着くと、佐倉さんは先に来ていて、ブランコを漕いでいた。父が近寄って声をかけると、佐倉さんはこんばんは、と元気のない声で言った。
父は隣のブランコに座ってしばらく黙っていた。そしてまた、佐倉さんに謝った。佐倉さんの気持ちよりも、自分が驚いた気持ちに目が入っていて佐倉さんの寂しさに気がつけなかったと。「慰める言葉が分からんかったから、間違えたらあかんと思ってとりあえず謝ったんや。」
そうすると、佐倉さんは、声をあげて泣き出した。こんなに自分のことを思ってくれる友達がいるのに、なんでここから離れなければいけないのか、どうやってこの感情を整理すればいいのか分からないと言っていたという。その時父は佐倉さんに、親戚やと思ってる、と言った。親戚ってたくさん会わへんけど、どこにおってもお互いのこと思ってるやん、だからお互いのこと親戚やって思えばいいねん。佐倉さんは泣き止んで、坂下くんのこと絶対忘れないから、ずっと親戚でいようね。と充血した瞳をまっすぐと見据えて父に言った。それから一ヶ月もたたないうちに佐倉さんは転校してしまったらしい。
「それで?佐倉さんは今も元気なの?」私はそろそろ眠気が出てきて、話を終わらせたくて、起承転結でいう結末の部分を早く聞き出そうとした。
「父さんの話に飽きてきとるな。」父はそう言い放って、拗ねたような口調で、しょうがない、眠たい人がいるみたいやから最後の部分を話したるわ、と言った。
「それでな、高校生の頃にまた佐倉さんは父さんの地元に戻ってきて、お互い再会を喜んだんや。俺の親戚っていうワードも覚えててな、周りの人間に俺が親戚やって紹介するから困ったけど、元気そうで安心したわ。本でな、その時佐倉さんには彼氏がいたんやけどなんとそれがあの時の俺の友達やったんや。いやびっくりしたわ。俺とは親戚やって転校してからも連絡取らんかったのに、俺の友達とはたまに手紙でお互いの近況報告しとったらしいから、二人で俺の話もしとったらしいし。つまりや、人生というのは予測できないことばかりやから不安になるのは当然で‥。」私はその辺りから意識が途切れた。二人は大学を卒業して結婚した、という話が私の夢の中の話なのか父が言っていたことなのかは分からなかったが二人が結婚していたとしても結婚していなかったとしてもこの話の帰結はきっとあまり変わらないので、気にしなかった。
目が覚めると、隣の母はもういなくて、その隣の父はいびきをかいて寝ていた。トイレに行こうと布団を出ると、大浴場から帰ってきたであろう母が、タオルを首にかけながら上機嫌で、「起きたの?真由も大浴場行く?一緒に行こうか?」と言ってきた。
「お母さんは佐倉さんっていう人知ってる?」母は顔をあげて、かれんちゃんのこと?と言った。「わかんないけど、お父さんの友達。親戚みたいな。」
「あー。それがかれんちゃん。お父さん昨日喋ってたのやっぱりかれんちゃんのことだったんだね。」
「お母さんも知り合い?」
「お父さんよりも先にね。かれんちゃんのことを家に呼んだ時の話してた?」
「うん。ってもしかして、その時の佐倉さんの友達がお母さんなの?」
「正解。お父さんは知らないけどね。小学生の頃はお母さんすごく暗くて、唯一友達になってくれたのがかれんちゃんとお父さんと、お父さんの友達の牧田くんっていう子だったんだけど、
かれんちゃんは私のこと加耶って下の名前で呼ぶし、同じクラスだった牧田くんは私の上の名前が覚えにくいからっておかっぱの岡田って呼んでたから、高校で一緒になった時も気がつかなかったんだろうな。
髪型も変わってたし。」
「お母さんは自分から話さなかったの?あの時の自分だよって。」お母さんは首からタオルを外して、部屋にあった物干し竿にかけた。
「私はずっとお父さんのこと好きだったから、えへへ、小学生の頃のイメージなんて忘れて欲しくてね、かれんちゃんには口止めしてたし、牧田くんはそもそも覚えてなかったから。」
「ふーん。」私はお父さんの知らない母の秘密を思いがけずゲットして、父に対して得意な気持ちになった。
「お父さんはどんな人だったの?」大人しくて本ばかり呼んでいた、そんな父の認識が、必ずしも周りの認識だったのかが分からなくて、聞いてみた。
「クラスでは結構目立つ方だったよ。運動もなんでもできたし、発表もよくしてたし。」え?私はそう言いそうになって我慢した。
「本ばっかり読んでたんじゃないの?」
「確かに本読んだり、図書館にかれんちゃんと行ったりもしてたけど、すごく大人しくて喋らないって感じではなかったな。」
父が母に気づかなかった理由は解決したのに、また一つ謎ができてしまった。
父が自分の評価が途轍もなく他人の評価との乖離があるタイプの人間なのか、それとも母の話しているその男の子と父が別の人だったのか。
でも共通の友達もいたんだしそれはないか‥。気がつくと、私が昨夜感じていた不安は消えていて、考えさせるのも父の思惑だったのではないかと思った。
いびきをかき続ける父を横目に、「ねえ、温泉もっと行きたいね。私がいたことがあるところも温泉で有名なんだよ。今度真由も連れて行きたいな。」と言った母に「そうだね。」と返事をした。
記憶がガバガバなのかそれとも、、




