第6話「暴走する融合(フュージョン)」
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
◯富士の樹海・地下要塞 最深部ドーム
「さあ、始めましょう、美しき異常者たちよ!混沌と秩序の不毛なデュエットか、あるいは我らが新世界の無慈悲な合唱か!生き残った方だけが、真の『正義』なのです!」“予言者”キジマの狂気に満ちた号砲が巨大なスピーカーから響き渡る。
完全な阿鼻叫喚の地獄へと変貌した地下要塞。
座席から一斉に立ち上がった数百人の少年少女たち。もはや人間としての理性や感情、かつての才能の輝きすらも微塵も残していない。
光を完全に失った虚ろな瞳の奥に、地獄の最下層から引きずり出された『虚無』と『飢餓』の力だけを、ドロドロとした漆黒のオーラとして滾らせている。
彼らは、一つの巨大な真っ黒な波濤となって、祭壇の下で対峙する二人の少女殺し屋へと一切の躊躇や恐怖を見せることなく殺到してくる。
孝子
「はぁあああッ!」
その動きは、統率の取れた軍隊とは全く異なる。
蜘蛛のように垂直な壁や高い天井を這い回り、獣のように四つん這いになってコンクリートの床を蹴り飛ばし、あらゆる死角から立体的に襲いかかってくる。個々の意志を持たないがゆえに、全体が一つの巨大な捕食者として機能する、完璧でおぞましい生体兵器の群れ。
孝子
「……面倒ですこと!まとめて消し炭になさいあそばせ!」
北條孝子(16)は、全方位から迫り来る黒い波濤に向かって、愛用の電光剣のグリップを強く握りしめ、出力を最大まで引き上げる。
シュゥゥゥッという周囲の酸素を急激に焦がす音と共に、極限まで圧縮された紅蓮の業火が、長大な光の刃となって激しく迸る。
孝子が独楽のように美しく回転しながら、赤い閃光を水平に薙ぎ払う。
地獄の苦痛を内包した絶対的な斬撃は、先頭を走って飛びかかってきた十数名の少年少女たちの胴体を、熱したナイフでバターを切り裂くように両断する。
上半身と下半身が分かたれ、コンクリートの床にドサリ、ドサリと崩れ落ちる無残な肉塊。
だが、その光景を見下ろした孝子の美しい顔に、いつものような恍惚とした笑みは浮かばない。漆黒の瞳には、信じられないものを見たという驚愕と、沸点に達するほどの強烈な苛立ちが浮かび上がっている。
孝子
「……血が、出ませんの……?それに、誰一人として悲鳴も上げないなんて……!」
両断された少年少女たちの身体の断面は、精巧な蝋人形のように滑らかで、血の一滴も噴き出していない。致命傷を負い、地獄の業火に魂の奥底まで焼かれているはずの彼らが、苦悶の表情一つ浮かべることなく、声帯を震わせて絶叫することすらない。
キジマの徹底した洗脳と、地獄の番人のおぞましい力によって、痛覚という生体アラートを完全に削除され、魂の構造そのものを「苦痛を一切感じない」状態へと無機質に最適化されていたのだ。
孝子
「ふざけないでちょうだい!斬り刻んでも泣き叫ばないなんて、壊れたおもちゃ以下のただの粗大ゴミですわ!わたくしの極上の芸術を愚弄するのも、大概になさいあそばせ!」
孝子が信奉するサディスティックな美学が全く通用しない。残酷な一撃を加えても、相手からの「反応」が一切得られない。それは、地獄の底で自らの尊厳を保つために築き上げた「苦痛による支配」という存在意義を根底から否定されるに等しい屈辱であった。
涼子
「……ダボが。感情任せに力一杯振り回すから、無駄な隙ができるんやろ。あんたの下品な炎は、ただの目障りなノイズやわ」
孝子の激しい苛立ちを他所に、高清水涼子(16)は氷のように冷たい青い瞳で戦況を俯瞰し、純白の特殊戦闘スーツを華麗に翻しながら電流鞭を縦横無尽に振るっている。
パチパチパチッ!!数万ボルトの青白いプラズマがドームの空間で弾け、鞭の描く精密な軌道に触れた少年少女たちが、瞬時に細胞の水分を蒸発させられ、次々と黒焦げの炭と化して崩れ落ちていく。だが、涼子の感情を排した能面のような表情にもまた、普段の完璧な余裕は失われつつあった。
涼子
「……なんやの、このバグの群れ。いくらデリートしても、全く数が減らへんやんか。それに、動きが完全に非論理的や」
涼子の伊達眼鏡のヘッドマウントディスプレイには、絶え間なく赤い警告サインが明滅し続けている。
彼女の並外れた演算処理能力をもってしても、数百という異常な速度で蠢き、不規則に飛び回る生体反応の全てを完全に予測し、回避ルートを弾き出すことは物理的な限界に近づいていた。
◯樹海・ステルス車両(夜)
青木ヶ原樹海の入り口、深い闇に紛れて停められた特殊ステルス車両。
後部座席を改造した移動ラボラトリーの中から、無数のモニターを監視する防弾チョッキ姿の詫間亨。
亨(通信の声)
『――涼子様、危険です!左翼、九時方向の天井の鉄骨!霊的ステルス能力を持つ個体が、貴女の死角から急接近しています!』
悲痛なまでの警告の声が通信機から飛び込む。
◯地下要塞・最深部ドーム
涼子
「分かっとうよ、亨さん!」
涼子は、補聴器が拾い上げた微かな空気の揺らぎと塵の動きだけを頼りに、自らの頭上へと一切の迷いなく電流鞭を打ち上げる。
だが、必殺であるはずの青い光の鞭は、何の手応えもなく虚しく空を切る。
涼子
「え……?……消えた!?」
敵はただの光学迷彩ではない。地獄の番人『虚無』の力を身に纏い、物理的な実体と気配そのものを完全に空間に溶け込ませていたのだ。涼子の完璧な論理が弾き出した座標の、さらに次元の裏側。
その一瞬の演算の遅れを突き、完全にステルス化した一人の少女が、天井の太い梁から涼子の無防備な背中へ向けて、音もなく一切の殺気も放たずに鋭いサバイバルナイフを構えて飛びかかってくる。
ガーディ(声)
「お嬢様ッ!右翼、三時方向から異常な高エネルギーの呪詛反応が来やすぜ!よけてくだせえ!」
同時に、孝子の足元の影からもガーディの切羽詰まった絶叫が響き渡る。
孝子が忌ま忌ましげに視線を向けた先では、先ほど自らの手で両断し、床に転がっていたはずの少年の上半身が、怨霊のように腕の力だけでズリズリと這いずり寄り、顎が外れるほどに口を大きく開けている。
そこから、地獄の『飢餓』の力そのものとも言える、周囲の生命力を根こそぎ貪り食うドロドロとした真っ黒な瘴気が、弾丸のような恐ろしい速度で孝子に向かって吐き出される。
孝子
「この、薄汚いゴミが……!」
孝子は咄嗟に電光剣の刀身を盾にして黒い瘴気を受け止める。だが、圧倒的な熱量を持つはずの赤い炎の刃が、黒い瘴気に触れたそばから、まるで冷水を浴びせられた炎のようにジュウウと音を立てて勢いを失い、急速に侵食され、飲み込まれていく。
圧倒的な物量と、法則を無視した理不尽な死角からの攻撃。
東の魔女と西の堕天使、二人の天才的な少女殺し屋が同時に絶体絶命の窮地に立たされた。
その瞬間、二人は、互いの魂に刻み込まれた強烈な嫌悪感と絶対的な殺意を、ほんのコンマ一秒だけ生存本能の奥底へと無理やり押しやる。
孝子
「……邪魔ですわッ!」
赤い閃光が、涼子の背後に飛びかかろうとしていたステルス状態の少女を、真横から凄まじい勢いで唐竹割りに両断する。孝子の放った電光剣の最大出力の斬撃が空間ごと相手を灼き斬り、間一髪のところで涼子の背中を守る。
涼子
「――あんたこそ、どんくさいんやわ!」
青い稲妻が、孝子の眼前まで迫っていた黒い瘴気の弾丸を、その発生源である少年の上半身ごと横殴りに激しく薙ぎ払う。涼子の振るった電流鞭の超高圧プラズマが瘴気を瞬時に蒸発させ、孝子を魂の浸食から救い出す。
互いに最も憎悪する相手の窮地を救ってしまった。
いや、「わたくし(私)の極上の獲物を、あんな薄汚いバグどもに横取りされてなるものか」という、二人の持つ強烈すぎるエゴと傲慢さが、結果的に相手の致命的な死角をカバーする形となってしまったのだ。
その事実に、二人の表情がこの日一番の耐え難い屈辱と不快感に激しく歪む。だが、数百の生体兵器に完全に包囲されているこの絶望的な状況下において、二人は自然と、最も死角の少ない陣形――互いの背中合わせの形を取らざるを得なかった。
涼子
「……いいですわ。一時休戦としたるわ、忌ま忌ましい地獄のネズミさん。あんたの背中、ごっつい気持ち悪いけどな」
涼子が背中越しに氷のような冷気を孕んだ声で吐き捨てる。
孝子
「光栄の至りですわ、血の通わない堕天使様。ですが、もしわたくしの背中に傷一つでもつけたら……」
孝子が千枚通しを逆手に持ち替え、狂気的な笑みをさらに深くする。
孝子
「そのお綺麗な人形のような顔を、千枚通しで二度と元に戻らぬよう、ズタズタに縫い合わせてさしあげますわ。せいぜい、足手まといにならないことね」
涼子
「――あんたこそ、その下品な炎で、私の制服の裾を数ミリでも焦がしたら承知せえへんよ。美しくないモノは、たとえ背中を預けとる相手やろうと、その場で即座に浄化したるからね」
最悪の、そしてこの宇宙で最も凶悪な共同戦線が成立する。
その瞬間から、戦いの様相が劇的に一変した。
孝子・涼子
「「はあああああッ!!」」
二人の少女が背中合わせのまま、一切のアイコンタクトも合図を交わすこともなく全く同時に動く。
孝子の電光剣が右半円を、赤い混沌の炎で猛烈な勢いと熱量で薙ぎ払う。涼子の電流鞭が左半円を、青い秩序の雷で精密な幾何学模様の軌道を描いて薙ぎ払う。
赤と青、炎と雷が、二人の周囲で巨大な竜巻のように荒れ狂い、完璧な「死の円陣」を空間に描き出す。意思を持たない少年少女たちがその円に触れたそばから、業火に灼かれて灰となって吹き飛び、超高圧電流によって瞬時に細胞の水分を奪われて炭化していく。
ガーディ(声)
「お嬢様!『虚無』の霧が来やすぜ!視覚を塞がれやす!」
敵の一部が肉体を霧状の黒い瘴気へと拡散させ、二人の視覚と聴覚、方向感覚を完全に奪おうと全方位から迫り来る。
涼子は、その霧の中心、最もエネルギー濃度の高いコアとなる一点を、移動ラボの亨のナビゲーションを頼りに瞬時に特定し、ショック棒の出力を最大限界まで引き上げて一直線に突き刺す。
涼子
「天の雷、最大出力……ショートせえッ!」
青白いプラズマが霧を媒体にして一気に伝播し、霧と化していた少年少女たちの魂を内側から完全に焼き切って強制終了する。
亨(通信の声)
『――涼子様、孝子様!右前方より、『飢餓』の奔流です!』
別のグループが、生体エネルギーを限界まで犠牲にして、黒い生命力吸収の瘴気を巨大な大蛇のようにうねらせて二人へと放つ。触れれば一瞬で干からびる致死の呪詛。
孝子
「美しくありませんこと!」
孝子はその後退を許さない黒い奔流の中心へと、自ら狂喜の笑みを浮かべて飛び込む。そして、電光剣を奔流そのものに深く真っ向から突き立てる。
孝子
「地獄の炎!わたくしの極上の苦痛を、存分に味わいなさいな!」
彼女は瘴気に含まれる「他者を喰らおうとする」エネルギーを、逆に自らの炎の導火線として利用する。瘴気を地獄の炎の燃料として強制的に着火させ、その流れを逆流させて放った者たちへと巨大な爆炎として送り返す。
少年少女たち
「ギャアアアアッ!」
瘴気を放っていた者たちが自らの力に火をつけられ、ミイラのように干からびながら黒焦げになって吹き飛んでいく。
地獄の混沌が天の秩序の計算できない死角を補い、天の秩序が地獄の混沌の無駄なエネルギーの浪費を制御する。
本来、決して交わることのない二つの絶対的な理。だが、二人の天才的な戦闘センスと、「相手よりも自分の能力の方が上であると証明したい」という強烈な対抗意識剥き出しのエゴが、その相反する力を恐るべき効率と美しさで同期させていた。
キジマ
「……素晴らしい。おお、なんて素晴らしいのだ!」
広場の最奥の祭壇で、キジマが恍惚とした表情で殺戮の舞踏会に見入っている。洗脳した最高の生体兵器たちが全滅していくことなど、彼にとっては次なるステージへ進むための想定内のコストに過ぎない。
キジマ
「なんと美しい……!混沌と秩序が、これほどまでに完璧な『不協和音』を奏でるなど……!これこそが、これこそが『神託』の御意志通りだ!」
キジマは両手を広げ、天井を仰ぎ見て狂信的な歓喜の声を上げる。
キジマ
「時は、満ちた。見せてやろう。貴様らが無自覚に守ろうとしている、この古き世界の退屈な法則の終焉を!」
キジマの背後の空間が、メシャァァッという、分厚いガラスが割れるような嫌な音を立てて激しく歪む。
そこに、二つの途方もなく巨大で言語を絶する悍ましい影が実体化する。
一つは、触れたものの光も音も存在意義すらも吸い込む絶対的な「無」の塊。地獄の番人、『虚無』。
もう一つは、周囲の空間からあらゆる生体エネルギーを際限なく貪り食らう「飢え」の塊。地獄の番人、『飢餓』。
ガーディ(声)
「……お嬢様、いけやせん!アレは、我々番人の中でも最上位に位置する『概念系』の悪魔!我らのような物理干渉系とは、格が違いすぎやすぜ!」
ガーディが本気の恐怖と戦慄に声を震わせて絶叫する。影であるはずの彼の輪郭が恐怖でブルブルと波打つ。
キジマ
「まずは、貴様らのその生意気な『意志』を、無に帰してやろう」
キジマの目が、爬虫類のような縦に裂けた瞳孔へと変化し、冷たい光を放つ。
背後に浮かぶ『虚無』の力が不可視の波動となって、巨大なドーム全体を一瞬にして完全に支配する。
涼子
「なっ……!?」
涼子の膝がガクンと折れ、コンクリートの床に無様に崩れ落ちる。
涼子
(……なんで、私は……戦っとうの……?)
彼女の魂の根幹を支えていた絶対的な「美学」と「秩序」への信念が、恐ろしいスピードで色褪せていく。
涼子
(美しさなんて、所詮は個人の勝手な主観に過ぎへん……。秩序なんて、この広い宇宙から見れば、移ろいゆく砂上の楼閣みたいなもんや……。私が天を捨ててまで、こんな泥まみれの汚い場所で血を流すことに、一体何の意味があるんや……?)
耳元の通信機から聞こえる亨の必死の呼びかけが、遠くの無意味な電子ノイズのようにしか聞こえない。美しい指先から力が抜け、ショック棒がカランと乾いた音を立てて床に転がり落ちる。
孝子
「……あら……?」
孝子もまた、電光剣の赤い炎を消滅させ、操り糸を切られた人形のように力なくへたり込む。
孝子
(……なぜ、他人に苦痛を与えたいだなんて、思っていたのかしら……?痛いのは、わたくしだって嫌ですわ……。誰かを傷つけるのも、憎むのも……もう、ひどく面倒だわ……)
彼女の魂を突き動かしていた業火のようなサディスティックな「愉悦」と「高慢さ」が、潮が引くように綺麗に消え失せていく。
孝子
(どうでもいいですわ……。疲れましたの……。早く、あの退屈で平凡な横浜の家に帰って、お布団の中で永遠に眠っていたい……)
漆黒の瞳から光が失われ、千枚通しが指の間から滑り落ちる。
二人の最強の少女殺し屋が完全に戦意を喪失した。
己の存在理由そのものを『虚無』の力に喰われ、ただ呼吸をするだけの無価値な肉の塊へと成り果てようとしていた。
キジマ
「フフフ……ハハハハハ!」
キジマの勝利を確信した高笑いがドーム内に響き渡る。
キジマ
「そうだ。それが真理だ。全ては無意味。抵抗など、大いなる意志の前では全くの無意味なのだよ!その空っぽになった美しい器から、極上のエネルギーを吸い尽くしてやろう!」
キジマの命令に従い、今度は『飢餓』の力が無数の真っ黒な泥のような触手となって、無防備な二人の少女へと襲いかかる。
涼子
「あ……ぁ……」
孝子
「きゃ……っ……」
二人の身体に黒い触手がドクン、ドクンと脈打ちながら絡みつき、内側から生命力と異能の力が急速に吸い取られていく。涼子の純白の戦闘スーツの青いライン発光が消え、孝子の陶器のような肌がみるみるうちに土気色へと変色していく。
このままでは、あと数十秒で完全に生命力を奪い尽くされて絶命する。
絶対的な死。絶体絶命の、終わりの瞬間。
だが、その時であった。
『虚無』の力によって世界の全てが「どうでもよく」なっていたはずの二人の虚ろな瞳が空間で交差した。
孝子の目に映ったのは、あの忌ま忌ましいほどに完璧で鼻持ちならなかった堕天使が、壊れて捨てられたビスクドールのように無様に生命力を奪われている姿だった。
涼子の目に映ったのは、あの残忍なまでに傲慢で常に自分を見下していた地獄の女が、泥水に沈む野良犬のように哀れに枯れ果てていく姿だった。
孝子
(……面白くないですわ)
孝子の魂の、地獄の業火すらも焼き尽くせなかった最も深く暗い場所で、たった一つの感情が小さな火種として消えずに残っていた。
孝子
(わたくしが、いつか完全に絶望させて、極上の悲鳴を上げさせて壊すはずだった、極上のおもちゃを。あんな、薄汚い詐欺師のバケモノに、横取りされてたまるもんですか……!)
涼子
(……ごっつい、美しくないわ)
涼子の魂の、天の論理すらも割り切れなかった最も純粋で強固な場所で、たった一つの論理が絶対的なエラーコードとして消えずに残っていた。
涼子
(私が、いつかこの手で塵一つ残さず完全に浄化するはずやった、最大の『バグ』を……。あんな、意味不明なオカルト野郎に、勝手に消去されてなるもんか……)
それは決して友情ではない。共感でも、助け合いの精神でもない。
互いへの絶対的なまでの「殺意」と「強烈な執着」。
あいつを殺すのは、自分だ。他の誰にも、あいつの息の根を止める権利など与えない。
そのあまりにも強大で身勝手で歪みきった強烈な負の感情だけが、『虚無』の概念攻撃すらも強引に跳ね返す、唯一にして最強の「自我のアンカー」となったのである。
孝子・涼子
「「わたくし(私)の獲物に、勝手に手を出すな(出さんで)エエエエッ!!」」
二人の少女の魂の底からの絶叫が、地下要塞にビリビリと空気を震わせて響き渡る。
次の瞬間、絡みついていた『飢餓』の黒い触手が、二人の内側から爆発的に膨れ上がったエネルギーによってメチャメチャに千切れ飛ぶ。
二人の魂が、互いへの「拒絶」と「憎悪」を最強の触媒にして、最悪の形で完全に暴走・共鳴したのだ。
キジマ
「なっ……何事だ!?虚無の支配を、自力で破っただと!?」
キジマが生まれて初めて予測不能な事態に遭遇し、目を見開いて後ずさる。
孝子の身体から、地獄の混沌たる赤黒い業火のオーラが巨大な火柱となって噴き出す。涼子の身体から、天の秩序たる青白い雷光のオーラが凄まじい竜巻となって噴き出す。
決して交わるはずのない力が互いを強烈に反発し合いながらも、その反発力すらも巻き込んで巨大な一つの螺旋を描き始める。
キジマ
「「おおおおおおおおおおおおッ!!」」
だが、遅すぎた。
二人の少女を中心に、赤と青の極太の光の柱が要塞の天井を突き破るほどの勢いで発生する。
地獄の炎が天の雷を纏い、天の雷が地獄の炎を無尽蔵の燃料とする、宇宙の法則を完全に無視した全く新しい未知のエネルギーの塊。
孝子の「無限の苦痛を与える」力と、涼子の「瞬時に消滅させる」力が、最悪の形で足し算ではなく掛け算となって融合した。
それは、「相手に極限の苦痛を永遠に与え続けながら、同時にその存在を根源から瞬時に消し去る」という、完全に矛盾した絶対的な破壊力を持つ新たなる混沌の力――『混沌の雷火』であった。
キジマ
「こ、これは……『神託』から与えられた計算データに、ない……!馬鹿な、こんなデタラメな力が存在していいはずが……!」
キジマが慌てて背後の『飢餓』と『虚無』の力を最大に出力し、巨大な赤と青の竜巻を抑え込もうと両手を突き出す。
赤と青が入り混じった直視することすらできないほどに眩い『混沌の雷火』の奔流が、二人の番人を、そして祭壇に立つキジマ本人を正面から容赦なく直撃する。
キジマ
「グボァァァァァァァァァァッ!!」
地獄の番人二柱は神話クラスの概念体でありながら、予期せぬ矛盾した破壊エネルギーの直撃に霊体を引き剥がされ、断末魔の悲鳴を上げて一時的に消滅する。
キジマ本人もまた直撃を受け、純白のローブを瞬時に灰に変えられ、祭壇から数十メートル後方の壁へと無様に吹き飛ばされる。右半身に致命的な大火傷を負い、右腕を肩から完全に喪失して血の海に沈む。
亨(通信の声)
『涼子様!限界です、これ以上その力を使えば、貴女の魂の構造そのものが崩壊します!退避ルートの確保は完了しました!全速力で離脱を!』
樹海入り口の移動ラボから、亨の悲痛な叫びが通信機に響く。
ガーディ(声)
「お嬢様!今です!早く逃げなせえ!」
ガーディも緊急脱出路の重厚なロックを呪詛で破壊し、外へと続く道を開く。
孝子は暴走した力の強烈な反動と余波に自らもよろめき、咳き込みながら忌ま忌ましげに舌打ちをする。
孝子
「……チッ!」
涼子
「……ごっつい、美しくない……」
涼子も自らの魂が地獄の不潔な混沌に汚染されたかのような強烈な不快感と吐き気に、美しい顔を激しく歪めている。
二人は互いを殺してやりたいほどに憎しみに満ちた目で一瞬だけ睨み合うと、重傷を負って瓦礫の中で痙攣しているキジマにとどめを刺すことも忘れ、全く別々の方向の脱出路へと全速力で走り出す。
彼女たちが走り去った後、地盤が崩壊し天井が次々と崩れ落ちていく地下要塞の奥深くから、右腕を失ったキジマの苦痛と異常な歓喜が入り混じった狂気の笑い声が響き渡る。
キジマ
「フフフ……ハハハハハ!成功だ……!これこそが、これこそが『神託』が望まれた、相反する二つの理が交わった、新たなる『神の力』だ……!」
◯樹海入り口・ドライブインの廃墟(夜明け前)
白み始めた空の下、それぞれ別々の車に乗り込んだ二つのチームは、互いに一言も言葉を交わすことなく、東の横浜と西の神戸へと猛スピードで帰還していく。
◯黒いワンボックスカー(孝子の車内)
横浜へと向かう車の後部座席で、孝子は自らの右手を見つめ、微かに震えている。
白魚のような美しい指先に、青い電撃の残滓がパチパチと微かに残っている。
孝子
(……あの力……。あの、忌まわしいほどに冷たくて、無機質で、清浄な力……。わたくしの中に、入ってきてしまった……)
自分の魂が、あの憎き堕天使の秩序によって「汚された」という事実が、彼女の誇り高い精神を激しく乱している。
◯ステルス車両(涼子の車内)
神戸へと向かうステルス車の中で、涼子は純白の戦闘スーツの右腕に残った赤い炎の醜い焦げ跡を強烈な嫌悪に満ちた目で見つめ、爪が食い込むほどに拳を握りしめている。
涼子
(……あの熱……。あの、反吐が出るほどに野蛮で、感情的な混沌の熱……。私の完璧な論理の内に、侵入しよった……)
自分の完璧なシステムが、あの下劣な魔女の混沌によって「致命的なバグを起こされた」という事実が、彼女の冷徹な理性を激しく揺さぶっている。
互いの力が混じり合った、あの未知で絶対的な破壊の感覚。それは二人にとって最強の切り札となり得る力であると同時に、自らの美学と存在理由そのものを根底から否定し汚染する最大の「禁忌」であった。
そして、謎のブローカー『神託』の真の目的――「混沌と秩序、二つの力を極限状態で強制的に融合させ、新たなる混沌の神をこの次元に降臨させるためのデータ収集」こそが彼らの壮大な実験の全てであったということを、二人はまだ知る由もなかった。
二人の少女は最悪の形で、互いの存在を魂の最も深い場所に永遠の傷跡として深く刻み付けられてしまったのだ。
X(Twitter)では脚本版などもつぶやいています。
https://x.com/TakumiFuji2025
サディスト魔女×冷徹な堕天使!相反する二人が狂気の世界を切り裂く!
極上の苦痛か、一瞬の消去か。絶対に交わらない少女たちが世界に抗う!
血と狂気に彩られた、反逆のダークファンタジーアクション、ここに開幕!




