第4話「仕組まれた神隠し」
「混沌」の魔女と「秩序」の堕天使。最悪で最強な二人の狂気の共闘劇!
◯神奈川県横浜市・北條家 孝子の自室(昼)
本牧埠頭での激突から三週間後。柔らかな日差しが差し込むアンティークの出窓のそば。北條孝子(16)が、濃紺のセーラー服姿で純白のレースのハンカチに赤い絹糸で刺繍を施している。優雅な手つきだが、漆黒の瞳の奥には猟奇的な光が点滅している。
孝子
(……ああ、本当に。思い出すだけで虫酸が走りますわ。命を終わらせるなら一瞬でデリートすれば済むこと……ですって?なんという浅薄で、芸術性の欠片もない無粋な論理かしら)
孝子は手元のハンカチをギリッと強く握りしめる。
孝子
「次にお会いした時は、必ず……あの澄ました人形の顔をわたくしの『針』で二度と元に戻らぬように切り刻み、この世の終わりのような絶望の音色を奏でてさしあげますわ。……ふふふ、ええ、必ず」
孝子の足元に落ちていた影がズルリと這い上がり、漆黒の執事服を着たガーディが姿を現す。
ガーディ
「へっ。……お嬢様。ずいぶんと物騒な独り言でさァ」
孝子
「ごきげんよう、ガーディ。あなたこそ、わたくしの楽しい空想を邪魔するなんて、無粋な真似はおよしになって。……それで?あの『神託』と名乗る得体の知れない輩や、あの忌ま忌ましい青い光の女について、何か新しい情報は掴めまして?」
ガーディ
「申し訳ございやせんぜ、お嬢様。……あの夜以降、あの『神託』の気配も、あの『秩序』の女の匂いも、ぷっつりと途絶えておりやす。完全に我々の探知網の外側で息を潜めて擬態しやがったようですぜ」
孝子
「まあ。わたくしの追跡から逃げおおせたつもりかしら。本当に、腹立たしいネズミどもですわね」
孝子は刺繍針をハンカチの布地へと苛立ちに任せて深々と突き立てる。
ガーディ
「ですが、少々厄介でひどく薄気味の悪い事案が、この関東一円の裏社会で起き始めておりやすぜ。……関東鋭爪会の最高幹部の一人が溺愛していた一人息子が、三日前の夜、忽然と姿を消したんでさァ」
孝子
「誘拐ですの?身代金の要求でもあったのかしら」
ガーディ
「身代金の要求は一切なし。現場に争った形跡も血の一滴すら残されていねえ。……さらに気味の悪いことに、私がその部屋を霊的にスキャンしても、拉致の際に必ず残るはずの『魂の摩擦痕』が全く検知できねえんでさァ」
孝子
「まあ。霊的な痕跡すら残さない……神隠し、とでもおっしゃるの?」
孝子の黒い瞳にわずかな好奇の色が浮かぶ。ガーディは影から黒いファイルを取り出し、テーブルへ差し出す。
ガーディ
「ええ。しかも消えたのはその幹部の息子だけじゃねえ。この数週間の間に、全く同じ手口で十代の若者たちが二十名以上も行方不明になっているんでさァ。……消えたガキ共に共通しているのは、全員が極めて優秀な学業成績や特異な才能を持っているということ。そしてもう一つ。表向きは裕福な家庭に育ちながら、その内面に深い心の闇を抱え込んでいたという事実ですぜ」
孝子
「才能と、心の闇……。まるで、特定の条件を満たす果実だけを、丁寧に収穫しているかのようですわね。それで?関東鋭爪会の幹部からは、犯人への『地獄の懲らしめ』の依頼が来ているというわけですの?」
ガーディ
「へっ、ご名答で。報酬は白紙の小切手に好きな額を書き込めと。この『神隠し』の裏には、我々とは別の霊的な異常者が絡んでいる匂いがプンプンしやすぜ」
孝子
「……よろしいでしょう。あのお高く止まった堕天使を切り刻めないのはひどく退屈ですが、この『神隠し』の犯人とやらも、わたくしの芸術を鑑賞するに足る良いおもちゃになってくれるかもしれませんわ。……ガーディ、その薄気味の悪いネズミの巣を徹底的に洗い出しなさいな。わたくしの『針』が、血の味に飢えておりますの」
ガーディの影が獰猛な笑みを残し、床の闇の中へと溶けていく。
◯兵庫県神戸市・高清水家 地下ラボラトリー(昼)
壁一面を覆う無数の大型モニターと、スーパーコンピューターの駆動音。中央のクリスタルガラスのテーブルで、高清水涼子(16)が一人でチェスボードに向かい合っている。深い青色のミッション系女学院の制服。完璧なウェーブを描く栗色の髪。
涼子
「……チェックメイト。……また三十二手。論理的な最短手ではありますが、どうにも美しくありませんわ」
涼子は白のクイーンを滑らせて黒のキングを追い詰めると、銀縁の伊達眼鏡を押し上げ不愉快そうに眉をひそめる。
涼子
(……ダボが。あの夜からずっとや。私の完璧な思考回路に、まとわりつくような不快な熱が残っとんのや。あんな下品な女の炎が、わたくしの演算に影響を与えるなんて。……本当に、吐き気がするほど不愉快やわ。次にあのおかっぱ頭に会うたら、問答無用で脳髄から直接ショートさせて、塵一つ残さずデリートしたる)
ラボの自動ドアが開き、詫間亨が何台ものタブレット端末を抱えて足早に入室してくる。その表情には焦燥と研究者としての興奮が入り混じっている。
涼子
「……いかがなさいましたの、亨さん。貴方らしくもなく、足音がコンマ数秒ほど乱れておりましたわよ」
亨
「申し訳ありません、涼子様。ですが、ご報告しなければならない極めて非論理的で看過できない異常なデータパターンを検知しました」
亨はタブレットを操作し、巨大モニターに日本地図を表示させる。全国の主要都市に真っ赤な警告のドットが点灯する。
亨
「この三週間で、全国の主要都市において、合計五十名以上ものティーンエイジャーが文字通り『神隠し』に遭ったかのように姿を消しています。彼らの背後には、デジタル上の痕跡を完全に消去する極めて高度なハッキングと隠蔽工作のネットワークが存在しています」
涼子
「……五十名以上。それが、特定の条件を満たしていると?」
亨
「ええ。全員が異能とも言える才能を持つ若者たちです。しかし同時に、ハッキングして解析した結果、全員が『家庭環境への絶望』や『社会に対する強烈な疎外感』といった精神的な脆弱性を抱え込んでいたことが判明しました」
涼子
「才能と、心の闇。……つまり、何者かが明確な意図と基準を持って、特定の才能を持つ若者たちだけを『選別』し、収集しているということですわね?」
亨
「その通りです。そして涼子様。……この失踪者リストの中に、高清水家の最重要取引先である関西の某財閥の令嬢の名前が含まれています。相手側から非公式に、我々に極秘の捜索と救出の依頼が舞い込んできました」
涼子
「……めんどくさい話ですわね。ですが、この完璧な秩序で運行されるべき世界において、これほど大規模なシステムの改ざんをわたくしの目の前で行う輩が存在することは、論理的に許容できまへん」
亨がキーボードを叩くと、モニターに白と金でデザインされた不気味なロゴマークが浮かび上がる。
亨
「組織の名は、『アルカディア財団』。表向きは教育NPO法人ですが、実態は才能ある若者を拉致・洗脳し、海外の紛争地域や非合法研究機関へ『最高級の生体兵器』として高額で転売しているカルト・シンジケートです」
涼子
「才能の収集と、洗脳による転売……。本当に、美しくない。人間の欲望というものは、どこまでいっても非論理的で、吐き気がするほど醜悪なバグの塊ですわ」
涼子はモニターのロゴを汚物を見るような目で見据える。
涼子
「亨さん。わたくしの論理を乱す、この『アルカディア財団』という巨大なバグの巣窟の物理座標を直ちに特定してちょうだい。わたくしの『雷』で、そのシステムの中枢ごと塵一つ残さず完全にフォーマットしてやりますわ」
◯横浜・孝子の自室 / 神戸・涼子のラボ(深夜・カットバック)
横浜。アンティークデスクに向かい古文の予習をしていた孝子の耳に、コンセントを抜いた真空管ラジオからノイズが飛び込んでくる。ジジッ……ザザザザッ……。
孝子
「……ガーディ。これは、どういうことですの?」
ガーディ
「へっ。どうやら私の張り巡らせた地獄の霊的結界を強引にすり抜け、電波に直接干渉してきている輩がいやすぜ」
神戸。設計コードを打ち込みながらアルカディア財団へハッキングを仕掛けていた亨の手が止まる。壁面を覆うモニターが一斉にブラックアウトし、赤い警告灯が明滅する。
涼子
「何事なん、亨さん?」
亨
「……信じられません。物理的にも論理的にも完全に遮断されているはずのメインサーバーが……!」
ラジオの合成音声と、モニターに表示されるタイプライターのような文字が、数百キロの空間を超えて全く同時に同じメッセージを届ける。
神託(声/文字)
『拝啓、赤き混沌様、青き秩序様』
孝子
「……ほう?わたくしたちの美しい仮面の下の正体を、どこまで知っているのかしら。ずいぶんと面白い趣向ですわね」
涼子
「……何者なん。私の神聖なラボに、土足で踏み込んでくるなんて。ええ度胸しとうやん」
神託(声/文字)
『貴女方が現在追っておられる連続神隠し事件。その黒幕は非合法の才能収集機関アルカディア財団です。彼らの現在のアジトは、静岡県・富士山麓の青木ヶ原樹海に隠された旧日本軍の地下要塞。そのセキュリティは極めて強固であり、貴女方お一人の力では突破は到底不可能でしょう』
孝子
「……まあ。随分と、ご親切な解説と忠告ですこと」
涼子
「……わざわざご丁寧に教えられへんでも、そんなん私の論理ですぐに割り出せとったわ。それで?あんたらの狙いは何なん?」
神託(声/文字)
『このアルカディア財団の殲滅任務、貴女方二つのチームに共同で当たっていただきたい。成功の暁には、莫大な資金的報酬と……我々『神託』が所有する、地獄の最下層と天界の深淵に関する極秘の情報へのアクセス権を一つ、お与えしましょう』
ガーディと亨がその言葉に戦慄し、動きを止める。
神託(声/文字)
『ただし。この共同任務を拒否した場合、あるいは任務中に互いに争い作戦に致命的な支障をきたした場合。我々が横浜で記録した貴女方の『お遊戯』の映像データと真の身元に関するレポートを、警察、マスコミ、そして貴女方が通うそれぞれの学校とご両親に即時提供させていただきます』
孝子の顔から妖艶な笑みが消え、黒い瞳の奥に地獄の業火が燃え上がる。涼子の完璧な顔が怒りと屈辱で引きつる。
孝子
「……ッ!」
涼子
「………………………………………………ダボが」
逃げ場のない完璧な脅迫。
孝子
「……ガーディ。あの得体の知れないブローカーに返信をなさい。その『美しくない』血の通わない堕天使と、一時的に手を組んでさしあげます、と。……お父様とお母様のあの温かい笑顔が絶望に歪むのを見るのは、わたくし以外の者がやってはならない至高の芸術ですもの。……ただし、わたくしは、わたくしのやり方で『お稽古』するだけですわよ」
涼子
「……亨さん。『神託』に返事しといてや。その『下品で野蛮なネズミ』と一時的に共同歩調を取るって。私の完璧な秩序であるこの日常をこんなバグに崩されるなんて、論理的に絶対許容できへん。……ただし、私は私の『美学』に従って、非論理的な悪を徹底的に排除するだけやわ」
◯静岡県・富士山麓 青木ヶ原樹海(夜)
鬱蒼と生い茂る木々が天に向かってねじれ曲がる禁足地。廃墟となったドライブインの駐車場に、一台の黒いステルス車両が音もなく姿を現す。
◯ステルス車両・車内(夜)
ダッシュボードのモニターを監視する防弾チョッキ姿の亨。
亨
「――涼子様。指定された現地座標に到着しました。気温、摂氏六度。湿度九十五パーセント。……そして、霊的ノイズ極めて強し。カテゴリーD……『深淵級』の重度汚染地域です。この森全体が巨大な呪詛の坩堝となっています」
後部座席で純白の特殊戦闘スーツを着た涼子が、心底不愉快そうに顔を歪める。
涼子
「ほんま、反吐が出そうやわ。これほどまでに非論理的で『美しくない』場所が、この国の象徴である聖なる富士の麓に存在してるなんて、日本のバグやん。亨さん。例の、目障りな『共同作業者』は来とうの?」
亨
「予定時刻です。恐らくは、もう……」
◯ドライブイン廃墟・駐車場(夜)
ヘッドライトが照らす廃屋の壁の影がアメーバのように蠢く。影が実体化し、ガーディと黒いゴシック調のドレスコートに身を包んだ孝子が姿を現す。車のスライドドアが開き、涼子が純白のブーツを地面に下ろす。
涼子
「ごきげんよう。ずいぶんと、物々しくて無粋なお出迎えやね」
孝子
「まあ、ごきげんよう。わたくし、あなた様のようなお高く止まった『天』の方とは、てっきり光り輝く清潔な場所でしかお会いできないものとばかり思っておりましたわ。このような、血と絶望の匂いが染み付いた陰鬱な森が、実はお好みでしたの?」
孝子が扇子で口元を隠し挑発する。
涼子
「あんたこそ。その漆黒の出で立ち、まるで童話に出てくる森に棲む醜い魔女みたいやわ。地獄の泥水がお似合いのネズミさんには、この薄汚い舞台がぴったりやけど」
互いに冷たい視線をぶつけ合う二人。亨がタブレットを操作し、地下要塞の推定見取り図を青白いホログラムで投影する。
亨
「――さて、無意味な茶番はそこまでにしましょう。これがアルカディア財団の富士地下要塞の推定見取り図です」
ガーディがホログラムを冷ややかに一瞥し、鼻で笑う。
ガーディ
「紙の上のお遊びにございやすな、ネズミの旦那。我が地獄の『目』が既にこの森の全域を『視て』おりやす。この青木ヶ原樹海そのものが巨大な霊的結界だ。物理的なトラップはもとより、魂を惑わせ発狂させる霊的トラップが無数に仕掛けられている。あんたの地図の『入り口』など、一歩踏み入れた瞬間に自我を失うだけのただの『餌場』にすぎやせんぜ」
亨の額に冷たい汗が滲む。非論理的な呪術は彼の専門外だ。
孝子
「まあ、怖い。そんなおぞましい場所に、わたくしたちを案内しろだなんて。『神託』とやらも、本当に人が悪くて腹立たしいですわね」
涼子
「……分かったわ。……ほんま、反吐が出そうやわ。つまりこういうことやろ?あんたの下品な『目』でその非論理的な呪詛の罠を回避して、私の『論理』でレーザーや地雷みたいな物理セキュリティを突破する。……それ以外にこのバグだらけの森を突破する効率的なルートはないみたいやね」
孝子
「あら。ようやく、ご自分の計算だけでは何もできない無力さをお認めになりましたの?堕天使様」
涼子
「違うわ。あんたみたいな非論理的で野蛮な『混沌』の力に頼らなあかん、この絶望的な状況そのものを、心の底から呪っとうだけや、地獄のネズミさん。……背中見せたら、即座に雷でデリートしたるから、せいぜい気いつけや」
孝子
「同感ですわ。わたくしも、あなた様のような血の通わない偽善のお人形と手をつなぐなど、どんな地獄の責め苦よりも不快ですのよ。……背中を見せたら、千枚通しでその綺麗な首筋を串刺しにしてさしあげますわ」
二人は互いへの殺意を隠したまま、狂気と絶望が待ち受ける樹海の深い闇の中へと同時に足を踏み出す。
◯樹海・内部(夜)
涼子が伊達眼鏡のディスプレイに表示される物理トラップのグリッド線を見ながら、レーザーや地雷の隙間を完璧なステップですり抜けていく。その数メートル後ろを、孝子が優雅な足取りで進む。
ガーディ(声)
「――お嬢様。左手、捻じ曲がった太い木の幹の陰に『嘆き』の呪詛が仕掛けられておりやす」
孝子は懐から千枚通しを取り出し、呪詛が仕掛けられた幹へ無造作に突き立てる。地獄の鉱石が呪詛を瞬時に焼き切る。
天の論理が物理を制し、地獄の混沌が呪詛を喰らう恐るべき同期。突然、孝子の動きが止まる。
孝子
「ガーディ。今、何かの気配が……」
ガーディ(声)
「ハッ。間違いございやせん。これは……冥府の底に鎮座すべき、本物の『地獄の番人』の気配にございやすぜ!」
前方を歩いていた涼子も歩みを止める。
涼子
「亨さん。今、補聴器が未知の周波数帯の、異常な高エネルギー反応をキャッチしたわ。これ……空間そのものが苦痛に泣き叫んどるみたいな、凄まじいノイズや」
亨(通信の声)
『――涼子様、直ちに警戒レベルを最大に!それは恐らく、天使養成校の禁忌データにあった、高位の霊的概念体です!なぜあのような神話クラスのモノが、人間が作った財団の要塞に!?』
孝子の漆黒の瞳が狂気的に輝く。
孝子
「……ふふふ。ますます、面白くなってまいりましたわね」
涼子の青い瞳が絶対零度に凍てつく。
涼子
「……ダボが。美しくないモノは、相手が地獄の番人やろうと、全て浄化するまでやわ」
四人は樹海の最奥、苔むした重厚な鋼鉄の扉の前にたどり着く。
X(Twitter)では脚本版などもつぶやいています。
https://x.com/TakumiFuji2025
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