結婚捕虜だった私が一年後に真実を知った
「結婚捕虜扱いで監禁されてたのに自分で調べられるわけねーだろ」
アンナは婚約破棄された一年後のカフェで、目の前の元婚約者(いまは完全に他人)に向かって、ぽつりとそう呟いた。
相手はコーヒーを飲む手を止めて、眉をひそめた。
「……何の話?」
「いや、別に。ネットで見たんだよね。『〇〇様、種付けツアー中毒でシングルマザー工場を量産してる』みたいなスレが立っててさ。笑ったわ」
「……アンナ、お前」
「だってさー、私が監禁されてた一年の間に、旦那様は『婚約準備期間だから外出禁止』って言ってたくせに、自分は毎週末どこかに行ってたじゃん?」
アンナはストローをくわえたまま、にこにこしながら続ける。
「シングルマザーに月30万渡して、毎月孕ませ放題。家出少女には部屋とブランドバッグあげて種付け。しまいには『種馬アンバサダー』って名刺まで作ってたらしいね。どっかの国の校長かよ!ってツッコミ入れたくなったわ」
元婚約者は顔を青くして俯いた。
「……いつ、知ったんだ」
「昨日。婚約破棄されてからちょうど一年経った記念日に、ようやくスマホ返してもらったからね。そしたらもうとんでもないスレが立ってて」
アンナはカップを置いて、ため息をつく。
「でもさ。私が監禁されてた間は、そんなこと知るわけないじゃん。だって毎日」
彼女は指を折って数え始めた。
「朝起きたら『今日も磨き上げの日だよ』って言われて、ボロ屋敷の二階の和室に閉じ込められて。トイレにもついてこられて、風呂は覗かれて、オナラの音で興奮する変態に『可愛いね、アンナ』って毎日言われて」
「……それは」
「子作りって言って、無理やり何回もされたよ。『婚約期間中に子を授かれば完璧な嫁になれる』って。逃げようとしたら鍵かけられて、手に職つけようとしたら講師が全員ドタキャンになってたし」
アンナは笑った。乾いた、乾いた笑いだった。
「それなのにさ、『愛されてる』って思っちゃってた自分がいるんだよね。明後日の方向に理解してた。『ここまでしてくれるってことは、すごく大事にされてるんだ』って。洗脳って怖いね」
元婚約者はもう目を合わせられなくなっていた。
「……ごめん」
「謝られてもね。何がしたいの? 今さら」
アンナはスマホの画面をくるっと相手に見せた。そこには見出しがデカデカと出ている。
『有名財閥御曹司、裏で“孕ませ牧場”経営か? 被害者続々告発』
「これ、私が監禁されてた頃の写真も結構載ってるよ。私の知らない私がいっぱい」
「……アンナ」
「自分で調べられるわけねーだろ」
アンナは静かに、でもはっきりと繰り返した。
「監禁されてたんだから。スマホもパソコンも何もなくて、窓も鉄格子で、外の情報なんて一切入ってこなくて。知るわけないじゃん」
彼女の声が、少しだけ震えた。
「だから……寂しかったんだよ」
「……え?」
「旦那様が他の女の人を孕ませに行ってるなんて知らなくて。毎日『アンナだけだよ』って言われて信じてたのに。実は並行して何人も囲ってたって知ったら……なんか、すごく寂しくて」
アンナは目を伏せて、小さく笑った。
「変だよね。私、監禁されて性暴力受けて、オナラフェチに興奮されて、それでも『愛されてる』って思ってた自分が、こんなことで一番傷ついてるなんて」
元婚約者は何も言えなかった。
アンナは立ち上がって、カバンを肩にかけた。
「まぁいいや。もういい。婚約破棄してくれてありがとう、って言っとく。少なくとも、これでやっと『監禁』じゃなくなったから」
最後に、彼女は振り返って一言だけ。
「次は、ちゃんと調べられる状態で好きになってくれる人を探すね」
ドアのベルがちりんと鳴って、アンナは出て行った。
残された男は、テーブルの上のスマホ画面を見つめたまま、動けなかった。
そこには、かつての婚約者の笑顔の写真と、
『結婚捕虜だった私が、今ようやく外の世界を知った話』
というスレッドのタイトルが、虚しく光っていた。




