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いざ人間の街へ

 

 石畳の街道を抜け、城壁をくぐった瞬間。

 タクトは深く息を吸った。


 人の声。

 屋台の呼び声、馬車の軋む音、パンの焼ける匂い。

 間違いない――ここは人間の街だ。


 想像していた西洋ファンタジーの世界観そのままで、初めてなのに謎の安心感がある。

 ゲームや本で培った知識がこんな形で役に立つとは思わなかった。


「さて、街に来たのは良いけど――」


 そう言いかけて、隣を見た瞬間、言葉が喉で止まった。


 そこには、にこにこと穏やかな笑顔を浮かべる一人の女性がいる。


 銀髪は茶色に変わり、角も翼もない。

 魔力の気配も完全に消えている。

 柔らかな服装に身を包んだその姿は、どう見ても――


「……なんでグレシア様まで来てるんですか?」


「む? お主が街に行くと言ったからじゃろ」


 首を傾げるその仕草が、やけに様になっているのが腹立たしい。


「いや、俺は“偵察”って言いましたよね!? 流石にグレシア様を連れていくのは……」


「大切な我の配下を一人にできるか」


「良い上司かよ!」


 グレシアはふふん、と胸を張った。


「こんな機会でもなければ、人間と接触などできんじゃろ? ほれ、角も翼も魔力も消しておる。どこからどう見てもただの人間のじゃ」


(……確かにそうだけど)


 鏡があれば見せてやりたい。

 街を歩く男達の視線が、さりげなく、しかし確実にこちらへ吸い寄せられている。

 人間に見えるが、とびきりの美女というオマケ付きだ。


(自覚なさすぎだろ……)


「あまり目立たないでくださいよ」


「うむ!」


 今さら引き返すこともできない。

 タクトは腹を括り、街を歩き始めた。


 市場では、人々が普通に暮らしている。

 少し遠くの街を選んでノクトに転移させてもらった。ここは魔王の影に怯える様子もなければ、戦争の緊張感も薄い。


「……意外と、普通ですね」


「そうじゃな。だから我は、壊したくない」


 グレシアは小さく微笑んだ。


 その横顔を見て、タクトは思う。

 ――この人は、普通の魔王じゃない。


 だが、だからこそーー


「おい兄ちゃん、随分いい女連れてるな?」


 不意に、荒れた声が割り込んできた。


 振り向くと、革鎧に身を包んだ冒険者風の男が三人。酒の匂いと、下卑た視線。


(どこの世界にも居るんだな、酔っ払いは……)


 先頭の一人がグレシアを値踏みするように見回し、その手を掴んだ。


「ちょっと話そうぜ。なぁ、美人さん?」


「あの! やめてください!」


「あ? 退いてろよ腑抜け野郎が!」


 その瞬間。


「――よせ」


 低く、静かな声。


 次の瞬間、空気が変わった。


 何も起きていない。

 だが、男達の顔色が一斉に青ざめる。


「ひっ……!?」


「な、なんだ今の……」


 グレシアは、にこりともせず、ただ見下ろしていた。


 魔力は出していない。


 ――それでも、言葉に出来ない圧力がそこにあった。


「……やめよ。今なら許す」


 それだけで十分だった。


「す、すみませんでしたぁ!」


 三人は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「ふう」


 タクトの額から汗が流れる。


「グ、グレシア様?」


「大丈夫かタクト?」


「ありがとう……ございます」


 グレシアは首を傾げ、少し不満そうに言った。


「人間は脆いのう。まともに話し合いもできんとは」


「それ、相手が悪かっただけです」


「そうか。なら、もう少し練習してみようかの」


 ニコリと笑ってみせる。


「……でも」


 タクトは小さく笑った。


「今の笑顔は、ちゃんと人間に見えてますよ」


「そうか? なら良い」


 満足そうに頷くグレシア。


 その様子は、街を見て回るだけの、少し浮かれた女性そのものだった。


「しかし人間の街というのは、賑やかじゃのう。あれは何じゃ?」


 指差した先では、炭火の上で肉が焼かれている。

 香ばしい匂いが風に乗って鼻をくすぐった。


「串焼きですね。屋台の定番です」


「ほう……」


 じっと見つめる紫の瞳。


「……食べたい顔してますよ」


「な、何を言う! 我はただ、人間文化の理解を――」


「はいはい」


 ゼフから人間達の通貨を預かっていた。

 この世界の金銭感覚は予め予習済みである。


 結局、二人並んで屋台の前に立つことになった。


「一本で銅貨三枚だよ」


「何本食べますか?」


「うむ、色々食べて周りたいから三本くらいにしておくか」


「いや充分食べますね。じゃあ俺は一本なので、四本ください」


「はいよ」


 渡された串を、グレシアは慎重に受け取り一口。


「……っ」


 目を見開いた。


「な、なんじゃこれは……!」


「美味しいです?」


「美味い! 肉は柔らかく、香りが良い! これは料理長に教えねばならぬ!!」


 思わず二本目も即座に平らげる。


「……落ち着いてくださいって」


「む? ああ……」


 周囲を見ると、確かに視線が集まっていた。

 美人が無邪気に屋台飯を頬張っているのだ。無理もない。


「遅れるな、次いくぞタクト!」


 その後も屋台を渡り歩く。


 やがて一軒の屋台に辿り着く。それは酒だった。


「これが人間の酒か。匂いは弱いな」


「いや。多分結構きますよ、それ」


「ふふん、我を舐めるでない」


 そう言って一口。


「…………」


「グレシア様?」


「……顔が熱い」


「はいアウトです」


 数分後。


 頬をほんのり赤く染めたグレシアが、やや距離感近めで歩いている。


「なぁタクトぉ」


「はい」


「人間の街はぁ……ふふ、思ったより悪くないのう?」


(相当酔ってるな、これ)


「そうですね」


「もっと人間とぉ、仲良くしたいのぅ」


 その声は、どこか柔らかかった。


 だが、足取りは少し危うい。


「大丈夫ですか?」


「うむ。少し視界が回っておるが問題ない〜」


「問題大ありです」


 人混みでふらついた瞬間、タクトは咄嗟に腕を取った。


「……おっと」


 距離が近い。


 グレシアは一瞬驚いた顔をした後、くすりと笑った。


「ほう、お主が我を守ってくれるか?」


「ええ、お守りしますよ」


「ふふ……なら、もう少し頼ってやろうかの」


 そのまま腕を離さず歩き出す魔王。


(これ、完全にデートじゃないか……)


 人間の街を歩き、酒に酔い、屋台飯を楽しむ魔王。

 それは戦場では決して見られない姿だ。


 ――この人が守りたい世界。


 それを、少しだけ理解できた気がした。


 夜の灯りが揺れる街並みを背に、

 二人はゆっくりと歩いていく。


 目指す人魔和平の形が、ここに有った。

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