作戦会議?
魔王城・執務室。
重厚な扉の向こうは、意外なほど静かだった。
壁一面に並ぶ地図と戦況盤。机の上には書類が山積みになっている。
そしてその中心で。
「むむむ……」
腕を組み、唸り声を上げている魔王が一人。
「あのう、お呼びでしょうかグレシア様?」
「むっ、タクトか。入るがよい」
振り向いたグレシアは、玉座の時とは違い、ゆったりした私服姿だった。角はそのまま、だが威圧感は薄れ、どこか気の抜けた雰囲気を纏っている。
タクトは一礼し、机の向かいに立った。
「これから作戦会議、という認識でいいんでしょうか?」
「うむ」
グレシアは地図を指で叩く。
「また人間共が来おった。規模は小さいが、しつこい。まるで雑草のようじゃ」
「……あの」
作戦会議と言いつつも、机の上は湯気の立つ茶器と菓子皿が占拠している。どう見てもお茶会だ。
いや、それは二の次だ。
タクトは少し言い淀んだ後、率直に口を開いた。
「グレシア様。ひとつ疑問があります」
「ほう?」
「この城、戦力だけ見れば明らかに過剰です。暗黒騎士ベイルさん、ドラゴンのジオルヴァさん、高位魔族エリアーゼさん、そして――ノクトさん。この“四天王”が揃っているのに、なぜ人間を追い返すのにここまで手を焼いているんです?」
一瞬、室内の空気が止まった。
グレシアはきょとんと目を瞬かせ――次の瞬間、ぷいっと顔を逸らした。
「……それは、その……」
「?」
「…………」
沈黙。
数秒後。
「……言わねばならぬか?」
「はい」
タクトは即答した。
「むぅ……お主、遠慮というものを知らんのう……」
そうぼやきながらも、グレシアは椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預けた。
「理由は単純じゃ。我は――先代の力を、極力借りたくない」
その声音から、冗談の色が消える。
「先代……お父様の?」
「ああ」
グレシアは指先で角をなぞりながら、ぽつりと語る。
「父は、強すぎた。父が本気を出せば、人間の軍勢など一夜で灰じゃ。ジオルヴァも、ベイルも、エリアーゼも……皆、父の時代を知っておる」
だからこそ、とグレシアは続ける。
「我は、自分の時代を作らねばならぬ。“父の影”ではない、“魔王グレシア”としての在り方を」
机に置かれた小さな拳が、きゅっと握られた。
「……グレシア様」
「だから四天王には頼んでおる。“できるだけ表に出るな”と」
「隠居、みたいな?」
「そうじゃ。必要とあらば動いてもらうが、基本は抑止力。あやつらが前に出れば、人間は恐怖で引く。それでは意味がない」
「ゆくゆくは、和平の道を目指すと?」
「ああ。恐怖で引いた人間は、また必ず刃を研ぐ。それを、我はもう見たくないのじゃ」
その言葉は、若い魔王のものとは思えないほど重かった。
だが次の瞬間。
「……とはいえじゃ!」
グレシアはがばっと身を起こした。
「我ひとりで何とかしようとすると、どうにもこうにも上手くいかん!!」
「急にぶっちゃけましたね!?」
「じゃって仕方なかろう! 荷が重いわ!!」
机に突っ伏し、じたばたと足を揺らす。
「考えることは多いし! 人間はチマチマ攻めてくるし! 家庭菜園の時間は削られるし!!」
「最後のは完全に私情ですよね!?」
「その通り! そして我の私情は国家機密じゃ! 言いふらすなよタクト!!」
タクトは思わず苦笑した。
――なるほど。
強い。芯もある。理想も高い。
だが同時に、経験も余裕も足りていない。
「……だから、タクト」
顔を上げたグレシアの瞳は、どこか不安げだった。
「お主のような存在が必要なのじゃ。我が“選んだ”者で、この城を回したい」
それは命令ではない。
懇願に近い声音だった。
「四天王は父の遺産。だが、お主は――我の軍師じゃ」
タクトは、しばし沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「分かりました」
「……ほう?」
「俺が、街に行って人間側の情報を探ってきます」
「……は?」




