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竜・夢魔・影

 

 第◯話 魔王と、その幹部たち(全面改稿)


 ベイルから仮面を受けとった。

 軽い昼食を挟んで、タクトは再び魔王グレシアに呼び出された。


「おお、中々似合っておるな」


「ありがとうございます。ベイルさんのセンスは流石ですね」


「うむ。奴が言うにはチュウニビョウ? とやらを拗らしていると言っていたが」


(厨二病って、この世界にもその概念あるのかよ)


「話を戻そうか。今日は我の配下――幹部達に正式に顔を通しておこうと思う」


 玉座に腰掛けたグレシアは、どこか上機嫌だった。


「他の方もあんな雰囲気なんですか?」


「うーむ。親しみ易さで言えばベイルが一番かのう? 他はちと、クセがあるか」


「ちょっと心配になってきました」


「まあまあ、我が認めたと言えば歓迎してくれるじゃろうて」


 軽く笑い、立ち上がる。


「では行くぞ。まずは城の上じゃ」


 *


 石段を登り切り、屋上へ出た瞬間、空気が変わった。


 風が強い。

 そして――圧がある。


 そこにいたのは、巨大な古代竜だった。


 赤黒い鱗に覆われた巨体は、まるで城の一部のように横たわり、折り畳まれた翼は屋根を覆うほど。

 生き物というより、伝説そのものだ。


(……デカすぎる)


「……ふむ」


 低く、年老いたような声が響く。


 黄金色の瞳がゆっくりと開き、まず――グレシアを見る。


「今日は随分と静かだな」


「うむ。人間も、昨日の今日で攻めてきておらん」


「そうか」


 それだけで、どこか安堵した気配が伝わってきた。


 次に、その視線がタクトへと移る。


「……そっちは、人間、か」


 縦に伸びた瞳孔がタクトを射抜く。

 仮面など無意味だと言わんばかりに、その巨竜は正体を見抜いてみせた。


「は、はじめまして」


「ジオルヴァ、紹介しよう。こやつはタクト、我の軍師じゃ」


 ジオルヴァと呼ばれた巨竜はしばし沈黙したまま、タクトを見下ろしていた。

 威圧というより、値踏み。いや――様子見だ。


「……そうか」


 グレシアがむっとする。


「感想はそれだけかジオルヴァ? 味気ないのう。もっとこう、歓迎の言葉とかないのか?」


 その様子に、ジオルヴァは鼻を鳴らした。


「お前が決めた。なら儂の意思はお前と同じだ」


「むう」


 諭すような口調だが、どこか柔らかい。


「それより飯はまだか?」


「さっき食ったじゃろう!」


「覚えておらんな」


「……ぬう、まだ食い足らんのか」


 ――ああこれ、完全に祖父と孫の関係だ。


 タクトは内心でそう結論づけた。


「……して、人間」


 再び声が向けられる。


「は、はい!」


「グレシアを宜しく頼む」


「!? は……はい、よろしくお願いします!」


 それだけ言うと、再び目を閉じる。


「では」


 一拍。


「飯はまだか?」


「だから食ったじゃろうて!」


 *


「まったくジオルヴァは緊張感に欠けるのう」


「あはは、良い人……いや、良い竜そうでしたけど」


 次に案内されたのは、城の中枢にある執務区画だった。


 整然と並ぶ書類棚。

 空間全体を包む、穏やかな魔力。


「はいはい、お疲れさま〜」


 軽い声。


 振り返った女性は、柔らかく微笑んでいた。


 その女魔族は、ただ立っているだけで空気を甘く歪ませていた。


 艶やかな夜色の長髪が背に流れ、額から伸びる二本の角はしなやかな曲線を描く。金紫の瞳は半ば伏せられ、視線が合うだけで心の奥を撫でられるような錯覚を覚えた。


 黒と紫を基調とした装束は肌を覆いながらも、身体の線だけは誤魔化さない。歩くたびに布が揺れ、成熟した肢体の存在を意識させる。


 誘惑を武器にしながら、溺れない。

 それが――サキュバスの上位種、エリアーゼだった。


「この子が噂の軍師さん?」


「そうじゃ!」


 なぜかグレシアは自慢気だった。


「どうも〜。あたしはエリアーゼ。上位リリムで、この城で癒し担当をやってるわ」


「癒し……担当?」


「嘘を教えるでないエリアーゼ。こやつはこの城で治癒を専門にしておる。人間を追い返すのに怪我は付き物じゃからのう」


「間違ってないんだけどなぁ」


 冗談めかして手を振る。


「ふふ、タクトちゃんだっけ? 少し緊張してる?」


「いや、何と言うか……目のやり場が」


「やん、えっちなのね」


 上位リリムというだけあって、色々と破壊力が高い。露出やボディラインはグレシアも相当だが、所作や雰囲気だけで雲泥の差がある。

 タクトの知識にあるリリムそのものだった。


「……話を進めるが?」


「怒んないでよグレシアちゃん。大丈夫、取ったりしないから」


 くすっと笑う。


「当たり前じゃ!」


 そしてエリアーゼは一歩近づいた。


「怪我をしたらいつでもいらっしゃい。でも、相手を怪我させちゃダメよ?」


 その言葉はグレシアの思いそのものだった。


「その時はお願いします」


「ふふ、いい返事」


 肩を軽く叩く。


「よろしくね、軍師さん。大変だけど、楽しいわよ。ここ」


 *


 最後に案内されたのは、特定の部屋ではなかった。


 廊下。

 壁。

 そこに伸びるのは、一本の影。


「ノクス、姿を見せよ」


 グレシアが名を呼ぶ。


 影が歪み、黒い霧が人型を取った。

 二つの光点が、静かに瞬く。


「キロクをカイシ」


 感情のない声。


「ニンゲン。メイショウをショウゴウ……グンシ、タクトとニンシキ」


 ノイズ掛かった声。

 理由もなく、背筋が冷えた。


「こいつはノクス。クロニクル・シェイドという上位霊で、魔王城の監視、警備を担当しておる」


「カンサツ、カンサツ」


 一瞬の沈黙。


「ヨロシク、ネ」


「あ、はい……よろしくお願いします!」


(感情を読むのが難しいけど、悪い人じゃなさそうだな……)


「ウン、ワルイオバケじゃナイヨ」


「え!?」


「ああ、言い忘れ取ったがノクスは思考が読めるんじゃ」


「先言ってくださいよ!」


「で、どうじゃノクス。こやつ気に入ったか?」


 ノクスは影を伸び縮みさせながら考える素振りを見せ、


「ワリとスキ」


「はは、良かったなタクト」


(割とって、良いんですか?)


「ヨイ、ヨイ」


「ありがとう、ございます?」


 *


 こうして、タクトは魔王とその幹部たちと顔を合わせた。


 過保護な古代竜。

 包容力あるお姉さん魔族。

 全てを記録する影。


 そして――平和を望む、不器用な魔王。


(……変わってるけど)


 だが、不思議と悪くない。


 仮面の内側で、タクトは小さく息を吐いた。


 魔王城での第二の人生は、確かにここから始まったのだ。

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