仮面と暗黒騎士
仮面の騎士
魔王城の地下区画。そこは空気の重さが違った。
湿り気を帯びた石壁、天井から垂れる鎖、そして幾度となく補修された痕跡。ここが単なる作業場ではなく、かつては戦と共に在り続けた場所であることは一目で分かる。
ゼフに案内され、タクトは一つの扉の前に立たされた。
「ここです。仮面の件はこの者に任せるのが最善でしょう」
「はぁ」
「では私はこれで」
ゼフが去るのを見送り、改めて扉に手を掛けた。
扉が開いた瞬間、熱気が顔を打った。
赤く灯る炉、打ち付けられた金属の匂い、そして――そこに立つ一人の騎士が居た。
全身を覆う漆黒の鎧。
隙間なく組み上げられた装甲は、装飾よりも実用性を重視しているのが見て取れる。威圧感だけなら、この城で出会ったどの魔族よりも強い。
だが、その騎士はタクトを見るなり、鎧越しでも分かるほど肩を揺らした。
「よう、お前が例の新入りか?」
声は軽い。
戦場で血を浴びてきた者特有の低さはあるが、張り詰めた響きがない。
「へえ……ほんとに人間じゃねえか。いいね、面白い」
警戒も詮索もなかった。
まるで珍しい道具でも見つけたかのような調子だ。
「俺はベイル。暗黒騎士って肩書きだけどよ、今は鍛冶屋みたいなもんだ。あんた仮面が欲しいんだろ?」
「はい……一応、変装というか」
タクトが頷くと、ベイルは満足そうに頷き返し、炉の前に立った。
「任せとけ。俺はこう見えて造形にはうるさい。どうせなら、めちゃくちゃカッコいいの作ってやる」
(軽いなぁ、この人)
そう言って笑うが、その動きに無駄はなかった。
金属を選び、火にかけ、叩く。ひとつひとつの所作が滑らかで、長年同じ動作を繰り返してきたことが分かる。
軽薄そうな言動とは裏腹に、職人としての集中力は本物だった。
「……随分、手慣れてますね」
「まあな。長生きしてると暇でな。まあ俺は元から戦いより造形の方が性に合ってるらしい」
冗談めかした口調。だが、その言葉の裏をタクトは深く追わなかった。親しみ易さの裏側、その鎧の歴戦の傷が彼の背景を匂わせる。
金属が形を成していくにつれ、タクトは不思議な感覚に包まれていく。
これは単なる仮面作りではない。
――自分が、どこに立つのかを決める作業だ。
人間として生きてきた自分は、この城では異物だ。
グレシアに拾われ、役に立ったから居場所を与えられたにすぎない。
だが、仮面を被るという行為は違う。
それは「隠す」のではなく、「名乗る」ことに近い。
やがて、ベイルは完成した仮面を作業台に置いた。
「ほい、完成したぜ」
「おお……!」
黒を基調とした仮面。
鋭い目元だが、冷酷さよりも余裕を感じさせる曲線。威圧と知性、その両方を備えた造形だった。
「被ってみろ」
促されるまま顔に当てた瞬間、タクトは息を呑んだ。
すごい。どんな技術か分からないが、仮面を被ってない時と視野が変わらない。
同時に自分が別の何者かになった気さえした。
「……すごいですね」
「だろ? これでお前も立派な魔族だ」
ベイルは冗談めかして言うが、その声はどこか真剣だった。
「勘違いすんなよ。仮面ってのはな、覚悟がねえと似合わねえ」
炉の火が揺らめく。
「この城でお嬢ーーーーっと、お嬢ってのはグレシア様な? あの方の側に立つってのは生半可な選択じゃねえ。人魔共存を謳うんだ。人間にも、魔族にも、嫌われちまう可能性がある」
タクトは黙って頷いた。
「それでも覚悟があるなら――まあ、俺は歓迎する」
軽く肩をすくめる仕草。
この騎士の言葉の端々は軽い。
だが、決して思慮は浅くはない。
仮面を外し、タクトは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。どうせ暇だったしな」
ベイルはそう言って背を向け、再び炉の前に立った。
その背中を見ながら、タクトは思う。
この城には、語られない過去が山ほどある。
そして、この暗黒騎士もまた、その一つだ。
だが今は、それでいい。
仮面は完成した。
あとは俺の、覚悟だけだ。




