女魔王グレシアと転生者
会社で致命的な障害を出した。
サーバは落ち、顧客は激怒し、上司は責任の所在を俺に押しつけてくる。
エンジニアとして、最悪のやらかしだった。
考える気力もなく、俺は重い足取りで家に帰った。
「……もう、ここだけが俺の癒しだ」
現実逃避のようにオンラインRPGへログインする。
出迎えてくれるのはいつものメンバー。他愛もない世間話に、思わず涙腺が緩んだ。
そして気づけば、夜が明けていた。
結局、徹夜明けのまま出社し、いつものデスクに腰を下ろす。
――そこで、意識が途切れた。
*
背中に、冷たい感触があった。
硬く、容赦のない感触。
まるで石の床に放り出されたようで、俺は思わず目を開けた。
「……は?」
異様に高い天井。聳える黒い石柱。
そして遠くから、金属がぶつかる音と怒号が響いてくる。
(なんだ……夢?)
起き上がろうとして、身体がふらついた。
視界が揺れ、頭が割れるように痛む。
「……なんじゃ、お主は」
ふいに、低く不機嫌な声が落ちてきた。
正面。
女性の姿が、玉座からこちらを見下ろしていた。
薄い褐色の肌。銀色の長い髪が肩から流れ落ち、紫の瞳が鋭く光る。
頭の両脇から伸びる、滑らかな曲線を描く二本の角――人ならざる証。
(うわ……めちゃくちゃ美人だな)
「お主、前線の任務中だろう?」
「え、任務? い、いや……何のことでしょう?」
言葉に詰まった俺を見て、彼女は露骨に眉をひそめた。
「アンデット部隊の者ではないのか?」
「アンデット!? 違います! 俺は人間です!」
反射的に声を張り上げていた。
「嘘をつけ。人間がそんな血色の悪い顔をしておるか」
(徹夜と激務で死にそうなだけなんですけど……)
彼女はしばし俺を見下ろし、小さく鼻を鳴らす。
「……して、人間なら尚更じゃ。なぜ我の前にいる?」
「その前に、つかぬことをお聞きしても?」
「なんじゃ」
「貴女はもしかして……魔族の偉い方、とか?」
「まあそうじゃのう。一応、魔王をやっておるが」
「……ッ!」
やはり只者ではなかった。
人外の威圧感というべきか、場の空気そのものが違う。
――そして。
圧倒的な威圧感とは裏腹に、どうしても視線を引き寄せてしまう豊満な胸元に、思わず目が落ちた。
「貴様……どこを見ておる?」
「ひっ……す、すみません!」
彼女は腕を組み、冷ややかに言う。
「で。お主も我の心臓を狙いに来たか?」
「心臓……ですか?」
「なんじゃ、違うのか。なら良い」
興味を失ったように、彼女は言い放つ。
「出ていけ。ここは戦場じゃ」
顎で外を示され、城壁から覗き込む。
そこには、魔物の群勢と人間の軍勢が激しくぶつかり合う光景があった。
「人間共は、我の心臓を欲しておる。食えば不老不死になるなどと、夢物語を信じてな」
「……実際は?」
「知らん。仮にそうでも、くれてやるつもりはない」
それは当然だ。
だが、戦場を見ていて、どこか違和感があった。
前線に立つのはアンデットの兵士たち。
盾は構えているが、武器を持っていない。
「あれは……?」
女魔王は玉座に背を預け、頬杖をつく。
「あやつらには殺すなと命じておる。我の魔力が続く限り、何度でも立ち上がるからな」
「なぜ、そこまで?」
俺の問いに、彼女は一瞬だけ視線を逸らした。
「……そんな時代は終わったのじゃ。我は平和に暮らしたい。ただ、それだけを願っておる」
凛とした瞳が、僅かに揺れた気がした。
「……この戦い、終わらせたいんですよね?」
紫の瞳が、再び俺を捉える。
「む?」
「人間を殺さず追い返したい。でも、このやり方だと、終わらない」
少しの沈黙のあと、彼女は立ち上がった。
「まるで策があるような言い方じゃのう、人間」
「俺はタクト。飯島タクトといいます」
「名乗りか。我も不敬であったな。我は十五代目魔王、グレシアじゃ」
「グレシア……」
「様を付けんか、この不躾者」
「すみません、グレシア様」
「ふむ。従順で良きかな」
満足そうに頷いたあと、彼女は俺を真っ直ぐ見据えた。
「では聞かせてもらおう。お主の策とやらを」
再び城外を見る。
「アンデットは前線維持だけでいい。数は少なくて構いません」
「ほう?」
「代わりに、幻術です。アンデットの後ろに“いないはずの軍勢”を重ねる」
人間たちは、理解できないものを恐れる。
「幻術で見せるのは、死でも怪物でもありません。“意味不明な地獄”です」
理解不能な苦痛。終わりのない労苦。
理不尽が連なった幻は、人の心を簡単に壊す。
「同時に、ドラゴニュートで補給路を断ちます。戦わず、壊すだけでいい」
「面白い、やってみせろ」
*
そして数時間後。
前線では、兵士たちが次々と膝をついた。
膝をつく、叫ぶ、阿鼻叫喚の時刻絵図が完成。
後方では、補給が途絶え、指揮が崩れた。
やがて、人間軍は撤退した。
「……ほんとに、やりおったか」
グレシアは玉座で目を丸くしていた。
「これで、しばらく静かになります」
「……見事じゃ」
次の瞬間、俺は強く抱き締められていた。
「ちょっ……!」
「感謝するぞ、タクトよ! 我はこの争いに、ずっと疲れておったのだ」
骨が軋む音がしたが、グレシアは満面の笑みだった。
「今日は気分が良い。夕食に招待しよう。部屋も用意させる」
「……ありがとうございます」
こうして俺は、女魔王の招待を受ける事になった。




