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第90話 厄介な権能

 カインに続き、オルフェウスが死んだタイミングだった。


 グリムゲルデが死神たちの脳裏に直接高らかに宣言したのだ。


「逆賊『ウロボロス』所属カイン及びオルフェウス! このグリムゲルデが討ち取った!」


 坂上田村麻呂の太刀筋に迷いが生まれたのはそのタイミングである。


 ベオウルフにも僅かな隙が生まれた。


 ほんの一瞬、レックスの撃ち込みに押し負けたのである。これを好機とばかりにレックスは全身の霊力を迸らせ、渾身の振り下ろしを仕掛けたのだ。


 そして次の瞬間。レックスは胴から真っ二つに両断されていた。後方に吹き飛ばされる上半身とその場で崩れ落ちる下半身。


「あれが僕の全力だと思っていたのかい? 君は一筋縄ではいかないからね。『隙を作るための隙』を作った」


「不覚……」


 ベオウルフがフルンティングとネイリングの二振りの剣を持ち一矢と向かい合う。


「いくら君がレックスの権能を用いたとしても、たった今君より技量で勝るレックスを破って見せた。どう来る? アマガセ・カズヤ」


 ベオウルフの言葉は一矢の頭に入ってこなかった。身体中を襲う悪寒のような大きな力の気配を感じ取っていたのである。それはベオウルフに刃を向けられているからではない。


(これは、賭けだ……!)


 一矢はレックスから借り受けていた権能を切る。それを感じたレックスはこの戦いで初めて困惑の表情を見せた。


 全身を揺さぶる大きな力が、強風のように一矢にぶつかるのを感じる。


 そして一矢はその力に手を伸ばした。


「ベオウルフ、よくわからないがお前の権能は絶体絶命になってから発現するんだな」


 ベオウルフの顔が一瞬で驚きの色に染まる。自身の権能を使用される前に一矢を始末しようと両手の剣を最速で振りかぶる。


 だがその二振りの剣の刀身は、煌めきながら宙を舞う。


 一矢がその手に持っているのは彼の身の丈を超える程の鈍色の大剣。


 ベオウルフ唯一の権能「巨人の剣」(ななしのけん)だった。


 一矢はベオウルフの攻撃を撃ち返したのではない。ただ「防御」しただけだ。それだけでベオウルフの剣は砕け散った。


「こんなインチキ染みた力が権能……? 世界を支配しようと図に乗るわけだ」


 返事はせずに即座にベオウルフは格闘戦に移行しようとする。


 今まで刀を主に使って戦ってきた一矢に大剣は使いこなせないと判断し、距離を詰めて一方的に殴り殺すつもりだった。


 だが彼が一矢を殴り付けようとした際に、極端にその威力と速度が弱まっているように感じた。


 それは一矢にとっても同じことである。「ベオウルフの剣」を持ってから急に素手のベオウルフ自体が弱くなったように感じる。


 ベオウルフは攻撃を中止し、距離を取る。


 彼は自身の権能の全貌を把握してなかった。


 その剣は名剣とされたフルンティングが役に立たなかった魔物との戦いの中で偶然見つけた「巨人の鍛えた剣」だった。


 故に名は知らない。その上それはベオウルフと敵が一対一で、彼自身が絶体絶命の脅威に立たされている時にしか発現できない。


 少なくとも生前の経験から彼はそう感じている。そもそもの条件自体を満たすことが少なく未知数だった権能。


 そして確証はないが、その剣は一度しか権能として発動することができない。生前は一度使ったきりで溶けてしまったからだ。


「お前は死神になってからこの権能を使ったことが無い。違うか?」


「そういうことか。確かにあの時の魔物は素手だった。だから素手の僕も弱体化する……すごいだろう? その剣」


「さっきも言った。死神には過ぎたものだ」


 ベオウルフは何か呟いたあと一矢に語りかける。


 それは先ほどまでの態度とは違い余裕のあるように見えた。


「一対一。きっと絶体絶命の時にしか使えない欠陥権能。だから僕は今まで役に立たない二本の剣と素手で戦ってきた。だが、それでもこの権能を使うべき日は来なかった。“厄災”との戦いの中でようやく存在を主張してきたくらいでね」


「何が言いたい? この間にも俺はお前の権能の扱い方を理解していくぞ」


 椿の視線を感じる。ベオウルフはどこか落ち着きを取り戻しつつある。


 一矢はある可能性を感じ、すかさず斬りかかった。


 受け止められる一撃。彼の手には一矢の物と全く同じ大剣が握られている。


「僕も絶体絶命のピンチだったということさ。権能は対等。僕は一度だけこの剣を使ったことがあるが、大した差じゃない。さあ、本気のぶつかり合いを始めよう」


 ベオウルフは「巨人の剣」を地面に叩きつけた。絶大な威力の一撃が大穴を開け、二人は地下へと落ちていく。


 そこは震災と空襲で破壊された東京の霊的守護の代わりを担っていた空間の名残。今は引き払われ、薄暗い空間だけが残されている。


 全く同じ性能の剣を持った二人の英雄が今、ぶつかり合おうとしていた。




「おい坂上! お前は考えを改める気はないのか!? ベオウルフを倒す力を示せと言っていたな!?」


 ティルヴィングにある程度身体の操作を任せ、椿が坂上に怒鳴りつけるように説得を開始する。


「理想を守るためにこの剣を抜いた以上、そう易々と引き下がるわけにはいかんのだ!」


「どんな剣かは知らないがな! 捨ててしまえそんなもの! お前はどちらだ! 国を守る将軍か! 理想を守る死神か!」


 坂上は動きを止める。ティルヴィングも追撃はしない。坂上は二つの立場の間で揺れ動いている。


 国を守るために帝の命で戦う将軍坂上田村麻呂か、世界の新秩序を構築するための「ウロボロス」の死神サカノウエ・タムラマロか。


「我は……」


 ティルヴィングは動きを止め様子を見ているが、椿が彼に霊力を注ぎ込む。


「おい、何して……!」


「こいつのことはある程度理解できた。それなりに効くはずだ。弟子の真似事をするのは癪だがな」


 彼はティルヴィングを自身の霊力で染め上げる。一矢の用いる赤口改の模倣である。


 それは相手のことを知れば知るほど、理解するほどその威力が増す性質を持つ。


「赤口改・黒縄」しゃっこうあらため・こくじょう


 衝撃波の如く放たれた赤黒い一撃が坂上に直撃する。苦悶の声を上げる坂上。


「ぬぅん!」


 坂上が自らに食らいつく赤口の斬撃を霊力の奔流で吹き飛ばす。


「こりゃ終わりだよ。姐さん。なんで説得に徹しなかった?」


「いいや? よく見ろ」


 突然彼が手にしていた第三権能「鎮国剣」が砕けた。


「その剣の本質は『守護』にある。奴が国を守るか、自身の理想を守るかで揺らいだことでその権能自体の存在も揺らいだ。だからそこに死神殺しの赤口をぶち当てただけだ」


 素直にティルヴィングは関心し、言葉が出ない。


 必死に説得をしているように見えてその裏で権能の性質まで看破していたことに。


「……少しだけ時間をやろう。ベオウルフが負ければ我も負けを認めよう。だが、あの小僧が負ければ我は貴殿らに再び牙を剥くと考えよ」


 砕けた権能の柄を見つめながら坂上田村麻呂が攻撃をやめる。


 だが大穴の上から見える一矢とベオウルフの戦闘は、一矢が圧倒的に劣勢に見えた。

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