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第78話 山手結界を巡る攻防

 通称「山手結界」と呼ばれるそれは、山手線そのものを結界の陣にしてその内外を霊的に守護するという最終防衛線である。


 そしてそれは一日に二万人近くの人間の霊力が循環することで成立している。


 新宿駅を「ウロボロス」に占領された今、山手線は運行が停止し「山手結界」は十全にその力を発揮できていない。


 だがそれで済めばまだましな方だ。環状になって百年近く人間を輸送し続けたその経路には人間の霊力が染み込んでいる。現在も弱まってはいるが結界としての機能は維持している。


 しかし駅までが「ヴァルハラ」化してしまうと、その地深くに埋められた結界の礎にも影響が出て結界の起点としての価値を失う。


 故に「ウロボロス」が駅を「ヴァルハラ」の一部にすればするほど結界の強度は弱くなっていくのだ。


 そして「ウロボロス」は立て続けに新大久保駅と高田馬場駅を陥落させた。


 だがその間、ヴァルキリーもただ手をこまねいていたわけではなかった。


 空間そのものを「ヴァルハラ化」しながら侵攻しなければならない「ウロボロス」の歩みは遅い。その間に先の目白駅で待機し、「ウロボロス」への迎撃態勢に入っていた。


「私がジャンヌ・ダルクを足止めします。その間に権能領域外で敵を各個撃破、これが理想形です」


 そう死神たちに作戦説明するのはシュヴェルトライテ。


 ヴァルキリー軍は目白駅付近の大学に布陣。


 先陣を切るのはティルヴィング、レグネル、パーシバルといった元ヘルムヴィーゲ軍の中核を担っていた者たち。一矢とレックスは状況に応じて加勢しろとの指示が出ていた。


「あらら、出ちゃったよ。優雅な東京観光もここで一旦中止ってことね」


「オルフェウス、貴方少しは緊張感というものを持ちなさい」


 彼らのしてきた行軍はオルフェウスが言ってのけたような「優雅」なものではない。


 魔界と化しつつある東京に跋扈する無数の低級悪魔や妖魔を退けながらのものであった。


 最もジャンヌ・ダルクの権能によって負けることはなく、それらはベオウルフの拳によって一撃で沈められた。彼らにとっては単純に鬱陶しいだけだ。


 彼らはジャンヌを中心に左右をカインと坂上田村麻呂で挟み、前方にベオウルフ。そして後方にやる気のなさそうなオルフェウスがジャンヌの権能領域内から離れないように立っている。


「じゃあ俺は駅を制圧してくるから、後はよろしく」


 そう言うとオルフェウスは足早に駅構内に駆けこんでいく。


「交戦開始」


 シュヴェルトライテの指示により死神たちが動き始める。


 ジャンヌはオルフェウスが権能領域から外れることのない位置に陣取り、ベオウルフは前進。残る二人はジャンヌの両脇を固める。彼女の近くにいれば敗北することはないからだ。


 しかしジャンヌの周囲を大小無数の刃が渦巻き、三人に襲い掛かる。


 それぞれがその刃を打ち払うが刃の出現は止まるところを知らないようで、ジャンヌを守る「ウロボロス」歴戦の死神たちでも傷を負い始める。


「二人とも、離れなさい。狙いは私です。私の権能は『勝利』をもたらすものですが、その過程になにがあるのか私でもわかりません。死神の相手をする方がまだ損耗は少ないでしょう。散開なさい」


 すぐさま坂上とカインが指示通りにジャンヌから距離を取る。


 ジャンヌの眼前で剣を構えるのはシュヴェルトライテ。


 彼女は自身を襲う無数の刃がシュヴェルトライテの権能によるものと理解する。しかしジャンヌの権能が彼女だけに働くことによって刃の威力は弱まり、狙いを外すものさえ出てくる。


 今彼女を襲っている刃はシュヴェルトライテの権能「剣閃」によるもの。


 いかなるものからも刃を生み出すことのできるその能力は、ジャンヌを取り巻く大気そのものを刃に変換し攻撃していた。


 いくら勝利をもたらす権能であるとしても、力任せに押し切ればシュヴェルトライテとの勝負に勝った後どうなるかは彼女にもわからない。


 故に時間稼ぎだとわかっていてもその場にあえて釘付けにされて前後左右から向かい来る刃の対処に専念する。


 一方でジャンヌの権能領域ギリギリの地点に着地したカインは待ち構えていたような突進により領域外に押し出される。


「レックスか。名もなき王よ。いつまでヴァルキリーの犬として働くつもりだ」


「この身朽ち果て、滅ぶまで」


 カインは短剣を抜き、レックスは「白鴉」(しろがらす)を抜刀する。圧倒的膂力を持つ二人の剣がぶつかり合った。


 そしてカインと反対方向へ飛んだ坂上田村麻呂に襲い掛かるのはティルヴィング。


 彼はヘルムヴィーゲが死んだ現在、「根源抜刀」の発動権を自身で保有している。


 坂上は若干失望したようにティルヴィングを見る。


「些か貴殿の太刀筋は見飽きたというものである。退けば命は助かるが、どうする」


「これでもか? いくぜ、根源抜刀・ティルヴィング!」


 大剣状になった魔剣に憑りついた怨霊がティルヴィング本体に宿る。


 そして剣としての「ティルヴィング」本来の力が姿を現した。


「このような隠し玉があったとは、感服。しかし貴殿はすでに悪鬼そのものと化したのだ。斬られずに済むとは思わないことである」


「そうかい! 前世の話だが、斬られるのは一度じゃないんでね!」




 そして目白駅から一キロメートル離れた地点で椿が狙撃銃のスコープを覗く。


 つぐみが真横で観測手として戦況を報告している。


 その近くに立つのは、公安の一員としてヘルムヴィーゲの配下の「久留間」として働いていた車持皇子(くらもちのみみこ)


 彼の権能は「どんなものでもその偽物を作成する」能力。


 これは生前にかぐや姫の求めた「蓬莱の玉の枝」の偽物を作らせた逸話に由来するものだが、彼の作成できるものは飽くまでも「偽物」である。


 だが作成物の性能そのものには偽りはない。偽物という都合上同じ相手に何度も通用しないという弱点はあるが、単純な構造の道具や設置物であれば一定の時間存在を維持させることができる。


 だが今回彼が作らされたものは求められる性能が高すぎたことから、その使い手にも高い技量を要求し、なおかつ数度しか使用に耐えられない。


 すなわち求められたのは「死神に通用する威力の銃」だった。だが彼の権能では霊的防御を突破することしかできず、数発撃てば壊れてしまう。


 それで十分だった。一発撃てれば十分なものだからだ。


 チャンスは一回のみ。撃つのは一撃でどんな死神であろうと殺し得る弾丸。


 標的は「ウロボロス」副主席ジャンヌ・ダルク。


 自軍を必ず勝利に導く最も厄介な死神である。

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