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第68話 死神回生

 吸血鬼化を治すという施術の準備にかかる数日間、ビアンカは椿探偵事務所で生活していた。


 残存兵力を取りまとめヴァルキリーに降伏した彼女は無罪放免とまではいかなかったが、「血戦派」から裏切り一矢に勝利をもたらした功績と、グリムゲルデを冒していた毒の浄化によりある程度の自由が認められていたからだ。


 エリザベートの術式が破壊されても生き血啜り(グール)となった一矢はビアンカが近くにいないと意識を保っていられない。


 それ故、彼女も事務所に寝泊まりすることになったのだが彼女のスキンシップは過剰とも言えるものであった。


「ちょっとーツバキさーん! 後輩が取られちゃうよー!」


 そう嘆くのはつぐみ。メイジーもどこか不満げに一矢とビアンカを見ている。


「ねーえ。カズくんの吸血鬼を治すのやめにしない? 純粋な吸血鬼としてもやっていけるよ。わたしが保証するってー」


 ソファーに座る一矢の両肩を後ろから揺さぶりながらビアンカが言う。


 彼女は四六時中こんな調子なので一矢は疲れ果ててしまった。


「吸血鬼でも死神でも構わないが、お前には借金があることを忘れるなよ」


 ビアンカの存在には椿も思うところがあるらしく、釘をさすように告げる。


「それにしても本当なんですか。並行世界の俺を連れてきて治すなんて」


 揺さぶられ続けながら一矢が椿に問いかける。


「あいつが正気ならな」


「ポコちゃんだけ……」


「猫ちゃんだわ!」


 半開きのドアから入ってきた猫の使い魔・ポコちゃんがお馴染みの名乗りを上げる前に、メイジーが大喜びで猫用のおやつを用意しに事務所をパタパタと駆ける。


 大きな戦功を上げた椿探偵事務所一同には一時的に使い魔が貸し出されていた。


 名乗りを邪魔されて不満げな猫は、いつもの有無を言わさない一方的な伝言はどこへいったのか、不貞腐れたように黙り込んでしまう。


「きゃーかわいーい! この子は誰の使い魔なの? 名前は?」


 すかさず駆け寄るビアンカ。矢継ぎ早に質問をしながら使い魔の頭を撫で、首元をくすぐる。


「ポコちゃんだけど。ごしゅじんはヴァルキリーのろすばいせ」


 ポコちゃんはメイジーの持ってきた液状のおやつを一息に吸うと機嫌を直したようで、アオイからの伝言を伝える。


「アオイのじゅんびできた。そんだけ。はやくいけ」


 そういうとポコちゃんはメイジーが追加で持ってきた「ちゅるちゅる」を奪い取ると事務所を飛び出していった。




 アオイの診療所に一同で移動すると、今にも待ちきれないとばかりにしわだらけの白衣を身に着けたアオイがその入口で待っていた。


「世紀の大実験なんだ。待ちきれなくてね」


「実験って……」


 アオイのスタンスに一矢は思わず苦言を呈してしまう。


「私だってそれなりのリスクを負って君を治療するんだ。データを取るくらいの見返りは期待してもいいだろう?」


 診療所内の診察室の前でアオイが一同に言う。


「入るのは彼と、吸血鬼のご令嬢だけにしてもらえないだろうか。今回ばかりは本当にヤバい橋を渡っているんだからね。あと君は目隠しを付けて。並行世界の同一存在を下手に観測したらどうなるかわからないからね」


 いつになく真剣な表情のアオイに反射的に頷く一矢。ビアンカに手を引かれる形で診察室にはいる三人。


「わーお! 本当にカズくんが二人いるー! 一人貰ってってもいい?」


「その声はビアンカ?」


 先に連れて来られたらしいもう一人の一矢がいるようだ。


 処置の内容はあまり覚えていない。吸血鬼の力を取り出すという工程で意識が曖昧になってしまったからだ。一矢は断片的な会話を思い起こす。


「すごーい! 本当に百パーセント吸血鬼カズくんじゃーん。ほしーい!」


「少し静かにしてもらえないか。そしてこっちには死神の力を移植する……問題ない」


 意識は朧げだが何かが注入されて行く感覚と力が満ちていくような感覚がする。


「悪いけど吸血鬼の方の彼は治療して人間に戻すよ。その後死神に復帰させる。じゃないと『向こう側』の世界が狂ってしまうかもしれないからね」


「えー! ひっどー!」


 そうして死神としての力を取り戻した一矢と、正真正銘ただの人間に戻った一矢の二人が同じ部屋に同時にいることになった。


 一矢から吸血鬼の力がなくなったことを確認するとビアンカは退室させられ、代わりに椿が入室してくるのを気配で感じる一矢。


「それで? 本当に彼は死神に戻れるんだろうね。二つの世界で均衡が取れないと最悪お師匠に処されてしまうんだけど」


「それはいい教訓になるんじゃないか? アオイ。ただの人間が簡単に死神になる術などほとんどないからな」


「話が違うじゃないか!」


 声からして今のアオイはいつになく焦っているように感じる。一矢には椿が意地悪く笑みを浮かべているのが声色だけでわかる。


「まあ焦るなよ。グリムゲルデに今回の恩賞を貰ってきた。『死神の証』だ。最初は渋っていたが、まあ一応ヴァルキリーでは一番話の通じる奴だからな。これを埋め込めば元の力を取り戻すだろう」


「覚えておけよ、響子」


 怒ったような口調でアオイが言うと、もう一人の自分に何かし始めたようだ。


「確かに死神に戻ったね。どうだい、権能は機能しているかい?」


「はい。赤口の気配を感じます。出そうと思えば出てくるでしょうね」


 もう一人の一矢がそう答える。


「それは結構、結構。あとは元の世界に送り返すだけだ。響子とこっちの君もほら出てって。ここから先を見られると本当に不味いから」


 椿に手を引かれながら診察室を出ると、一矢は目隠しを外す。


 身体には死神の力が満ちている。


 つぐみもメイジーも嬉しそうだが、ビアンカだけが残念そうにしている。


「それにしても並行世界ってぶっ飛んだ話ですね。本当に俺もいましたし。一体何者なんですか、アオイさんは」


「知るか。まともじゃないのと腕は確かだがな」


 かくして「並行世界」という大きな謎を残しつつ、一矢は純粋な死神として復帰することができた。


 そして今回の手術料でさらに借金が増えたことを彼はまだ知らない。


 その並行世界「プレローマ」が今後の世界を大きく変えることも。

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