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第65話 ヴァルハラの門

 ヴァルキリーの陣営でヘルムヴィーゲが剣を取り落とす。


「どうかなされましたか?」


 公安で久留間として働いていた車持皇子(くらもちのみこ)が問いかける。


「ヴァルハラが、開く……」


「お姉さま、どうすれば……?」


 ロスヴァイセが前代未聞の出来事に持ち場を離れて駆け寄ってくる。


 ヘルムヴィーゲにはそれを叱責する余裕すらない。


「知るか、地上のヴァルキリーに与えられた権限でどうにかなるものじゃない……」


 彼女は呆然と上空を見上げ、呟いた。




「悪いがビアンカは置いてきた。すぐにロデリックを殺すぞ。いずれとんでもないことが起こる」


 一矢は疑問を飲み込み、椿と並びロデリックに向かい合う。


 一矢の「仲間を守るために強くなる」もう一つの権能が発動する。


「言ったはずだ。もう遅いと!」


「少なくとも最悪の結果だけは避けられると思うが?」


 そう言うと椿と一矢は同時に左右に跳んだ。挟撃を二本目の血牙(けつが)で防ぐロデリック。


 右の一矢の刀からは血液が吸われ、左の椿の赤口(しゃっこう)は血剣を砕いていく。


 ロデリックの血液には多くの異能者、死神の血が含まれているからだ。


 ロデリックは赤黒い粒子のような血液を自身の周囲に展開する。


 その霊力を感じ取った椿がすかさず警告する。


「跳べ!」


 次の瞬間には血の粒子が一斉に爆発を起こした。間一髪のところで両者ともに爆破を避けることが出来た。


 赤口を屋上の床に突き立て勢いを殺しながら、椿が叫ぶ。


「貴様の目的は真祖をヴァルハラから目覚めさせることだ! そうだろう!」


「だとしたら!? もう門は現れた! もう放っておいても我らの祖は目覚める!」


 ロデリックは血の斬撃を次々と放つ。もう余力を残しておく必要はないとばかりに。


「私を倒そうが、どうしようが、貴様らには関係ない! 失せろ!」


「随分と必死だな。真祖を目覚めさせるには血が必要なはずだ。優れた吸血鬼である貴様のな!」


「必死なものか! 今さら死神風情が出来ることなど!」


 一矢は次々と繰り出される血牙斬を空亡(くうぼう)で受ける。


 血液を吸収してその力を自身のものにするために。


 狂乱状態のロデリックにはわからなくても、自身が何をしているか霊力の流れに敏感な椿には伝わっているはずだと信じて。


 伯爵はいつその「門」が開くか目を輝かせてそれを見つめている。彼をどうにかする余裕は二人にはない。


「これだけの霊力を身に着けるのに『血戦派』で一番多く異能者の血を取り込んだ! 私という器でなければ不可能だった! 真祖に血を捧げ蘇らせるのは、私だ!」


 血剣を空に向けて掲げるロデリック。再び血の粒子が屋上に広がる。


 先ほどと違うのは、屋上を埋め尽くすほどの粒子がまき散らしてあるということだ。


 赤黒い稲妻のような霊力の一撃が無差別に降り注ぐ。


 そしてその間も繰り出される血牙斬が止むことはない。椿はどれも間一髪のところで避けるが、最早攻撃どころではなくなる。


 一矢は斬撃を空亡で受けながら、追加の第二の赤口で稲妻を受ける。


 彼の作戦の成立には、椿に戦闘が続行可能な状態であってもらわなければならない。


 それ故、椿に向かった斬撃も止める。自身の腕が飛ぼうが、目が潰れようが、吸血鬼の再生能力に頼り斬撃を受け止めていく。


「真祖よ! いつになったらお姿を現していただけるのか!?」


 一瞬の隙をロデリックは見せる。それは勝利を確信した上での隙であった。


 事前に一矢や椿の情報を分析した上で、二人には一撃で自身の命を奪う術がないと踏んだ故の隙。


 赤口を構える椿が距離を詰める。それを見てロデリックは呆れたような笑みを浮かべた。


「その痛みを与えるだけの権能。それでどうしようというのだ。一度は不覚にも取り乱したが、二度も通じる技ではないことは自身が一番知っているだろうに」


「ああ。だからあいつにできないことをする」


 ロデリックは斬撃を飛ばすのを止め、霊力を血剣に集中させた。ビアンカにしたように、赤口ごと椿を叩き斬るつもりだ。


 そして接触する直前。椿はロデリックの真横を滑るようにスライディングした。


 すれ違いざまに足首を切断する。本来なら即座に再生し、有効打にはなり得ない一撃のはずだった。


「ぐっ……」


 そして仰向けになった椿は赤口を投擲し、動きの止まったロデリックの背中に赤口を突き刺す。


「出力を十倍にした。うちの弟子のとは一味違うだろう?」


 赤口に多大な霊力を注ぎ込んだ椿は消耗し、呼吸が乱れている。


 ロデリックの動きが完全に止まった。


 その瞬間に彼の両足から両手にかけて赤黒い杭が貫く。


 痛みに耐えながら杭を破壊しようとしても、霊力が手足の傷から抜けていき力が入らない。


 一矢はただ斬撃を受けるためになるべく同じ場所へ留まっていたわけではない。屋上の床内部を通じて血の枝を伸ばすことに専念していたのである。


「終わりにしよう」


 そしてロデリックの股下から血杭が勢いよく突き出す。肉を割きながら彼の脳天目がけて突き進む。


「おお、おおおおお!」


 彼も必死だ。身をよじりなんとか頭部への直撃を避けることが出来た。


 が、首を血杭が貫き大きな血管が破れ、心臓が脈打つ度に彼の血液は杭に吸われていく。


「吸血鬼が串刺しとは、皮肉だな」


「まだ終わってません。完全に殺し切ります」


 椿は決意に満ちたその一矢の横顔を見て、頼もしさと一抹の寂しさを感じた。


「無駄だ……真祖は降臨する。誰でもいい。いつか、いつか真祖を起こすものが出てくるだろう……私は吸血鬼の歴史に刻まれ、人類はただの家畜となる……そうだ……」


「それはどうかな?」


 気が付くと「門」は一矢たちのすぐ頭上にまで近づいてきている。そこから何者かの声がした。


 その直後、両断された干からびた死体が彼らの目の前に落下した。


「ああ……!」


 真祖の死体である。


 ロデリックは絶望の表情を浮かべる。


 血を分け与えて復活させようにも彼は一矢に血を吸い取られている最中だ。


 一矢も吸血鬼としての力でそれが絶大な力を持った吸血鬼の死体であることを理解した。


 つまり「門」内部の何者かが、現世で真祖を復活させようとする意図を察して既に始末し、地上に放り捨てたということだ。


 門の隙間から快活そうな金髪の青年の顔が見えた。


 彼こそはかつて「序列第一位の死神」と呼ばれた男であり、たった今真祖の死体を投げ捨てた張本人であった。


 その名をベオウルフという。

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