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第59話 血の雨

 死神陣営の猛攻により生き血啜り(グール)の進撃は抑えられつつあるが、驚異的な再生能力と次々と投入される生き血啜りの物量に阻まれ攻めきれないでいた。


 意思なき肉塊の群れの背後には「血戦派」の幹部が集結し、死神たちを迎え撃つ準備を整えている。


 即ちレナード、桐子、静馬、シュワルツ、カーニャの五人。


 桐子とシュワルツはロデリックの血による治療をされ、エリザベートは単独行動をしている。


「おいおい。ヴァルキリーも出てきてるじゃんか。大丈夫かよ」


「弱気だな。ロデリックさんの目的はヴァルキリーの殲滅じゃないんだ。話聞いてないだろ?」


 死神の軍勢を前に怖気づくレナードへ苦言を呈す桐子。


「わたくしは本来術式開発担当で、前線に出るような野蛮な真似はできませんの。ぶたちゃんにも悪い影響が出てしまいますわ」


「カーニャ殿、仕方あるまい。この戦いが終われば吸血鬼の世は目の前だ。俺はただ死力を尽くすのみ」


 戦いへの決意を新たにする静馬とは対照的に、豚のぬいぐるみを撫でながら不満げなカーニャ。

 

 彼女の周囲には彼女よりも一回り大きな人形(ドール)が数体控えている。いずれも内部にカーニャの血液が流れており、自在に動き回ることが可能で血牙も出せる。


 そしてシュワルツは無言だ。婚約者だったビアンカに殺されかけたのがショックだったのか。


「エリザベートさんが術式を発動させてからしばらくは動かないでくださいな。味方ごと巻き込むあの方らしい術式ですから」


 それだけ言うとカーニャは、下級兵が生き血啜りを解放するために爆破した壁の大穴に引っ込む。人形たちも後に続く。


 気が付くと上空には巨大な赤黒い球が浮いていた。


 カーニャの警告を聞いた幹部たちは近場の遮蔽物に隠れる。


「ご機嫌いかがかしらん。ヘルムヴィ~~~ゲ閣下~あ。エリザベートちゃんですけどお」


「死ね。ゴミ豚」


 本来「ブラッディ・バス」が発動すべきだった結界内にエリザベートの声が響き渡る。


 対してヘルムヴィーゲは短く吐き捨てた。


「あら、ご機嫌斜めみたい。まあいいけど。そうそう閣下あ、『ブラッディ・バス』攻略おめでとう~! でもやられっぱなしは性に合わないの。だからこっちも次のカードを切っちゃおうと思って~。ではでは早速し・つ・も・ん! 浴槽(バス)が壊れちゃったらみんなはどうする~?」


「死ねよ」


 ヘルムヴィーゲは取り合う気が無いようで、上空の赤黒い球を注視している。


「ブッブ~! っていうかクイズ以前に常識よね~。シャワーを使うでしょ? てことで~『ブラッディ・シャワー』はっつどー!」


 上空に浮かぶ赤黒い球が霧状に変化し、上空を覆う。


「防壁を張れるやつは頭隠しとけ! 上だ!」


 ヘルムヴィーゲは全軍に注意喚起をし、自身もヴァルキリーとしての「鎧兜」の権能で防御を固める。


 一斉に赤い雨が降り始めた。それはエリザベートが地下を移動させ回収した「大粛清した貴族主義の血」の塊。


 それを上空からつらら状の刃にして降らせているのだ。


 次々と死神や生き血啜りを問わず身体を血雨が削り、時には突き刺さる。


 傷を与えるのがこの術式の本領ではない。身体を傷付ける際に霊力を奪い取り死神軍全体を弱体化させるのが目的だ。


 血雨が次々と突き刺さるのを意に介さず、肉塊の大群が押し寄せる。

 

 死神たちは上空と前方から襲い掛かる攻撃に同時に対処せざるを得ない。


 そして拘置所の内部から一斉に下級兵の血弾射撃が始まる。桐子も弓による狙撃で的確に死神の数を減らしていく。


 だが血弾射撃が通用するのは中堅以下の死神に限られていた。


 死神弱体化の術式が封じられた今、前線で大斧を振り回して暴れているヘルムヴィーゲの直属、レグネル・ロートブログのような高位の死神には血雨、血弾は通らない。


 次々と死神を灰にしていく狙撃にだけ気を付け、迫りくる肉塊を押し返していく。


 レグネルの横で槍を振るうのは聖槍の持ち主、パーシバル。曰くつきの槍に選ばれた騎士である。


 二人とも強力な死神ではあるが、東京の霊的バランスを乱さないように気を遣いながら戦い続けている。


 ヘルムヴィーゲが送り込んだ精鋭は彼らだけではない。


 『おとぎ話』(ナーサリー・テイル)からメイジー、サンドリヨン、スノーホワイトも参戦していた。


 サンドリヨンはドレスが破れるのを気にする様子もなく踊り狂うような足技で生き血啜り(グール)の足首を切断していく。


 刃の飛び出たガラスの靴に切り落とされた足は再生することなく、バランスを崩して転倒し、這い回るだけの屍となっていく。


 一方でスノーホワイトは七つの小さい眷属に前方と上空に防壁を展開させる。


 それらはスノーホワイトが霊力を貯蓄するための外部装置である。彼女は積極的には戦闘に関わらず不機嫌そうに戦いを傍観している。


 そしてメイジー。彼女は血雨による傷と霊力の漏出に耐えながら懸命に大バサミを振るっている。


 格上の敵相手に強くなる権能は生き血啜りには発動しないようだ。


 死神たちは奮闘していたが、止まない血雨と血弾により霊力を奪われ、あまり力を持たない死神たちが次々と倒れていく。


 段々といくら倒してもすぐに再生する生き血啜り軍勢に押され気味になり、死神たちは後退していく。


 そして死神たちの肉の盾から一斉に生ける屍が解き放たれた。


 血雨に打たれながらヴァルキリーの本陣に駆け寄ってくる。


「やれるか」


「当然。でも地脈が枯れる。いいのカ?」


「もうそんな段階の問題じゃなくなってるんだよ。制限を解くぞ」


 ヘルムヴィーゲと会話していたのは赤いチャイナ服の道士であり死神の娘々(ニャンニャン)


 久々に霊的拘束が外され、娘々は伸びをしてしばしの解放感に浸る。


(よし)! じゃあやるヨ」


 生き血啜りが解き放たれた地点からヴァルキリーが布陣した間までの空間。


 そこには至る所に娘々自身の血で書いた符が貼られている。


「もう少し、引き寄せて……()!」


 それは娘々がかつてグリムゲルデに使った「葬送の符」の力を、拘置所一帯の地脈の力の全てを利用して極限まで効力を高め、周囲を浄化するものであった。


 辺りが光に包まれ、哀れな死神吸血鬼たちは一斉に塵となった。


成功的做好了(うまくいったヨ)……」


 霊力を使い切った娘々は座り込み、ヘルムヴィーゲは勝利を確信した。


 吸血鬼の術式は打ち破った。ヴァルキリーに勝ち目は大いにある。


 それは主力である「血戦派」幹部にまだ欠員が出ていないという問題に目をつぶれば、の話だが。

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