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第55話 たったひとつの奇妙なやり方

「それで吸血鬼になったあの子を助けたいってもなあ。無茶言うなよ。死神の研究は色々やってきたつもりだけど死神の吸血鬼なんて聞いたこともない」


 そういうアオイの白衣は血で汚れている。


 闇医者に駆け込むしかない後ろ暗い誰かを手術したばかりなのだそうだ。


「だがまだ生きている。離れているが感じるんだ。あいつがまだ赤口(しゃっこう)に触れているような感覚が」


「それは結構。でもそれって生きてるって言えるのかな? 生き血啜り(グール)にまで堕とされたんだろ?」


「だからお前を頼って来たんだ。何でもいい、何か手はないのか」


 アオイはクルクルと手にしたボールペンを回しながら暫しの間考え込む。


「死神と吸血鬼は『世界』が作った競合し合うシステムって言うべきなのかなあ。親和性がないんだ。よくそれを混ぜようだなんて発想に至ったものだよ。恐れ入るね」


「何が言いたい」


「死神は力を持ちすぎた人間を管理するシステムだろ? 対して吸血鬼はそもそも人間が増えすぎないように作られたシステムなのさ。で、その吸血鬼が増えすぎても困るから『世界』は吸血鬼狩りの死神も作った。根本の成り立ちが違うから本来相容れない。だから無理くりくっつけられたらリスクなしで引き剥がすのは難しいな。でも、まあ。何でもいいってことなら一つだけなら手はあるよ」


 アオイは普段の調子を崩さないが、最後だけ言葉を選ぶように椿に告げる。「手段を問わなければ可能性はある」と。


 そこからアオイが話す内容は椿にとって正気の沙汰とは思えなかった。


 並行世界。


 まずはそこからもう一人の死神吸血鬼・天ケ瀬一矢を連れてくる。さらに二人の死神吸血鬼の力を移し替えることで、純粋な死神としての一矢と純粋な吸血鬼としての一矢の二人を作り出してしまうのだと。


 椿はどうにかしてそのまま吸血鬼の力を分離できないかとも尋ねたが、力を取り除いた部分に本人由来の「何か」を注ぎ込まないと物理的な破損をしかねないとも言われた。


 手っ取り早く安全なのが死神の力なのだそうだ。


 そして死神の力を抽出できるのはもう一人の一矢だけ。


「狂ったか? 並行世界とやらがあるなら、例えばそこから第二のグリムゲルデだのティルヴィングだのを連れて来ればカグツチ戦であれほど苦労はしなかっただろう」


「違う違う。そんなことしたらヴァルキリーや主力の欠けたもう一つの世界はカグツチの思い通りになるだろう? そういった大きな変化を『管理者』は望まないが、半人前の死神一人を連れてくるならまあ、そうだね。見逃してもらえるかもしれない」


「並行世界の管理者とは誰だ。ヴァルキリーか?」


 アオイは椿から視線を逸らすとどこか遠い目をしてぼそりといった。


「うちのお師匠さんだよ。まあ話すと長くなるから、響子はこっちの一矢くん確保に精を出してくれ給え。私は私でどうにかするから」


 アオイの師の名はシモン・マグス。並行世界「プレローマ」の管理者であり二千年を生きる魔術師である。




 一矢、ビアンカ、マクスウェルは中央棟にたどり着く。先頭のビアンカがドアを蹴り飛ばした。


「おーい! 生き血啜りが暴れてる! シュワルツと桐子もやられた! エリザベートに話を聞きたい!」


 中央棟は魔術的な空間操作がされているのか赤い絨毯が敷かれ、城の食堂を思わせる長いテーブルにそれを囲む椅子が置かれており、様々な装飾品で彩られている。


 ビアンカは室内には入らず大声を出しながら手招きしている。


 一矢とマクスウェルの存在を隠すためだ。入ってきたところを囲んで始末する手はずになっている。


 するとピンクのもこもこした子豚のぬいぐるみがとてとてと近づいてくる。やや大きめのぬいぐるみだ。


「ぼくぶたちゃん! みんなかくれんぼしてるの。カーニャちゃんならいるよ」


「ハーイ? ぶたちゃんじゃーん。エリザベートはどこに行ったか知ってる? あー、あとカーニャがいるなら呼んできて」


「エリザベートちゃんは見てないかも。カーニャちゃんはいるよ。呼んでくるね」


 ピンクの子豚はとてとてと大部屋の奥へと歩いていく。


「うーん流石にエリザベートはいないかあ。まーあこんな見え見えの罠に乗ってくるような女じゃないけどさ。カーニャが来たら殺るからね。準備しとけー」


 子豚を抱えてやってきたのは、身体の年齢はまだ十歳ほどの少女だった。


 ドアの近くまで来るがそこで立ち止まる。


「あらビアンカさん。どうしたのかしら? そんなところで変な反応を二つも隠されて」


 ビアンカの反乱は既に中央棟の幹部に露見していた。


 すかさずビアンカが血の手斧をカーニャという少女目がけて投擲する。


 が、突然割り込んできた小熊のぬいぐるみがそれを受け止め、弾ける。


 気が付くと一矢たち三人は中央棟大部屋の中心部にいた。何者かに部屋ごと空間操作されたのだ。


「アッハハ! 気付いてないとでも思ったの~? 白い白いカワイ子ちゃん! 死神吸血鬼(ハーフ・ヴァンパイア)まで連れてるのにはあらあらビックリ~って感じだけど。でもどうしてそんなにおこなのかしら? 奇麗なお顔が台無しよ?」


「はーあ? 知ってるだろ? 政略結婚を潰すために『血戦派』に入ったのに、あの糞シュワルツが『血戦派』にまで入り込んでまで政略結婚を進めようとしたからだよ。ビッチ」


「ふ~ん、じゃあ代わりにエリザベートちゃんが食べちゃおうかしら~? 貴女、正直好みよ」


 ビアンカの目標、エリザベートが長いテーブルの一番奥に座っていた。


 その表情は蕩けている。そしてその声を一矢は聞いたことがあった。ラグナロクの「セクレタリー」だ。


 目の前のカーニャの周辺には次々とぬいぐるみが集まり始めている。


 どれも何度も戦闘に駆り出されたようなボロのぬいぐるみたちで、犬、猫、兎、馬など様々だ。


 そしてそのどれもが血の牙を生やしている。


 ぬいぐるみの一つ一つがカーニャが自らの血で染めた糸で作らせた彼女なりの血牙(けつが)だった。


 吸血鬼カーニャ。その肉体は少女でありながら、長きに渡り血を操る技術を研究してきた叡智主義派閥の吸血鬼だ。


 そして三人目の吸血鬼が現れ、突然一矢に斬りかかった。


 咄嗟に血牙空亡(くうぼう)で受け止める一矢。それまで存在を感じさせない見事な気配遮断だった。


 セクレタリーことエリザベートにその真意を聞こうにも相対する男にはそれをさせる隙が無かった。


「見事。我が名は藤上静馬(ふじうえしずま)。帝国軍人であり、吸血鬼だ。悔いの無い戦いを望む」


「天ケ瀬一矢。ワケあって死神吸血鬼だ」


 距離を見定めながらにらみ合う二人。必然的にぬいぐるみたちの相手はマクスウェルがすることになった。


「こんな弱そうな死神を食べてもウチの子たちは強くなりそうにありませんわね」


「やってみろ! 畜生!」


 両腕に吸血鬼から奪った自動小銃を構えてマクスウェルが叫ぶ。


 銃声と共にそれぞれの戦いが始まった。

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