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第39話 大火災の後始末

 カグツチの目指した「魔神」誕生による「神の世界」の再来は避けられたが、東京は大きく変わってしまった。


 多くの死神が死んだことにより東京全体の霊的バランスが変容し、妖魔や怪異による事件が多発するようになったのだ。


 それに対しヴァルキリー・ヘルムヴィーゲは普段の粗暴な振る舞いとは裏腹に、日本政府との連携を強化し非公式ではあるが配下の死神たちによる対策部署を設立するという的確な対応をして見せた。


 椿探偵事務所も大忙しである。「対死神専門探偵事務所」を謳ってはいるものの、従来資金繰りとして行っていた怪異退治の仕事の数が激増したのだ。


 新たにメイジーが事務所に加入したとはいえ、四人では本業の死神狩りに支障をきたしてしまう始末。


 異能者たちの生き残りの行方もわかっていない。


 カタストロフィの六人はタワーの第二階層でヴァルキリー側の死神を始末した後、忽然と姿を消してしまった。


 そしてラグナロクのメンバーも捕えることができたのは、しぶとく生き残ったレックスと娘々(ニャンニャン)の二名のみだった。


 彼らはより厳重にヴァルキリーの権能で管理された上で、ヘルムヴィーゲの直属としてこき使われるらしい。


 そんな怪異退治に明け暮れる日々の中、突然ヴァルキリーからの招集がかかった。


 ある日事務所のドアがノックされた。


 メイジーが小走りで駆け寄りドアを開ける。


「どちら様? あらまあ! かわいい猫ちゃんだわ!」


「ポコちゃんだけど」


「まあまあ! ポコちゃんっていうお名前なのね! 『ちゅるちゅる』はあったかしら?」


 ロスヴァイセの使い魔猫、ポコちゃんだった。


「メイジー。そいつの相手はするな」


「どうしてかしら? こんなにかわいいのに!」


「ポコちゃんいましごとちゅう。なさけむよう」


 書類整理をしていた一矢は思わず身構える。


 ポコちゃんがやってくるときは大体よくないことの前触れだからだ。椿があの使い魔を嫌うのもわかってきた。


「しょうしゅう。たたかったみんないたぶる」


「……ああ『労わる』ね」


 思わず一矢は口を挟んでしまう。


「それそれ。じゃ、いまからいくぞ。ごしゅじんまかせた!」


「ああーっ! またわたしだけ置いてけぼりにされてるーっ!」


「ポコちゃんがいるぞ」


 ポコちゃんの一声で一矢、椿、メイジーの三人が転移し、取り残されたつぐみの叫び声が事務所に響き渡るのだった。




「よう。来たな、功労者諸君。このヘルムヴィーゲが大々的にお前らを労わってやろうって腹積もりだったが……あのカグツチがこいつらなんかに負けたって知れたらなあ。ジークルーネも死んでる以上ヴァルキリーが舐められるってもんだ。ほとんど無名しかいないもんな」


 確かに一部の死神の間では“共喰いツバキ”と恐れられる椿だったが、彼女は精々生まれて三百年の死神。


 千年級はメイジーのみ。一矢にいたってはまだ死神になって半年も経っていない。


「お言葉ですが姉上、事実は事実。何かしらの褒賞を与えるのが筋かと」


 ヘルムヴィーゲに意見するのは仮面のヴァルキリー・グリムゲルデ。


「つってもなあ。最後はほとんどティルヴィングが戦ったわけだろ? ティルヴィングは壊れるし、ベルリヒンゲンは死んだしでわたし的にはプラマイマイナスなんだが」


「まあまあ。俺がぶっ壊れた後にしっかりあの野郎を殺してくれたんだからさ、少しは感謝してもいいんじゃないのかい? 俺も無事生まれ変わったわけだし」


 現れたのは金色の目が特徴的な白髪の少年、ティルヴィング。


 物憂げだった雰囲気はどこに行ってしまったのか、気さくにヘルムヴィーゲに話しかけている。


「な? こんなこと言うやつじゃなかっただろ?」


「前の俺は全力で戦って死んだんだ。あんまそう言ってくれるなって」


 剣としての「ティルヴィング」に憑りついた怨霊へと戻った彼の人格は再構成され、現在に至る。


「褒賞があるのかないのかハッキリしていただけるとありがたいですね。俺たちも仕事を放り出してここに来てるんですから」


 ヘルムヴィーゲの言葉に腹が立った一矢は思わず言い返してしまう。


「お姉さまになんてこと言うのよ! この犬、折檻が必要じゃない?」


「お前が言うな。役立たず」


 ヘルムヴィーゲにそう言われ、ロスヴァイセは顔を歪めて黙ってしまう。


「そうだな褒賞、褒賞ねえ……あ、わたしの直属にしてやろうか? 誉れ高い我が軍の一員になれるんだ。誇らしいだろ?」


 余りの言い分に三人は黙り込んでしまう。


「断るってことは褒賞はなしだ。グリムゲルデも文句ないよな? もう少ししたら政府の人間と会う予定があるんだ。じゃあな」


 そういうとヘルムヴィーゲは転移してしまう。


「ヘルムヴィーゲさまってなんだかロスヴァイセさまの猫ちゃんみたいだわ」


 今まで『おとぎ話』(ナーサリー・テール)の連絡役をしていたのもポコちゃんのような性格をした猫だったのだろうか。


「我が姉が済まない。姉上が不在の際にまた呼ぼう。その時まで褒賞は待っていてくれ」


 三人に頭を下げるグリムゲルデ。


 彼女に押さえつけられるようにしてロスヴァイセも頭を下げる。


「詫びはいい。それよりもまだ捕まっていないラグナロクの連中はどうなっている?」


 椿がグリムゲルデにヴァルキリー側が掴んでいる情報を確認する。


「伯爵は元々正体不明の存在だ。あいつについては期待するな。ジョシュア・クロウリーは逃亡中、人間のくせに並みの死神では太刀打ちできない。近々討伐部隊を送るつもりだ。そしてセクレタリーを名乗る女。あいつは元より何者なのかがわからない。死神だったのか、魔術師だったのか、それ以外の勢力だったのか」


「不穏だな」


「全くだ」


 椿は初めてヴァルキリーと意見が合った気がして、少し微笑んだ。


 そして一矢はかつて刃を交えたカタストロフィの男がどうなったのか考えずにはいられなかった。


 何故彼らはあんな暴挙を犯したのだろうか。最早一矢に知る術はないかもしれない。


 一矢たちが転移させられる直前、カタストロフィは何者かによる襲撃を受けていたからだ。


 リーダーこと不破は、セクレタリーから「ジョシュアや伯爵と合流するルートがある」と連絡を受けていた。


 死神が日本政府と本格的に手を組んだ以上、カタストロフィだけで逃亡を続けるには限界があった。だからその話に乗った。


 そして襲撃を受けたのはセクレタリーの指定した場所。


 つまりは罠にかけられたのだ。


 シールドの防壁で攻撃を受けながら逃走を試みたが敵に囲まれ、死神の攻撃も受け付けなかった強化防壁を破られてしまう。


 死神でも異能者でもない第三の存在。


「これだけしか集められなかったのか? エリザベート」


「まっさかー。生き残りのチームもここに集まってくるからさっさと片づけてね。と・う・しゅ・さ・ま」


 今まで「セクレタリー」を名乗っていた女、エリザベート。


 彼女に「頭首」と呼ばれた男が近寄ってくる。赤黒い剣を手にして。


『貴き血』(ブルーブラッド)を手にし、この種はさらなる進化を遂げる。私たちが死神に狩られる時代もここまでだ」


 頭首の率いる吸血鬼の勢力は、この時のためにラグナロクを利用していた。


 彼らが求めたのは異能者の血。


 死神の力が秘められた血である。

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