第37話 死神(えいゆう)たち
「裏切る気ならいつでも相手をする。それでいいだろ?」
数十年前に“英雄”レックスがラグナロク加入を申し出た際、反対しなかったのは戦闘狂のクリーク程度だった。
が、カグツチが独断でそれを許した。
「俺は俺の信念で動く。それだけだ」
かつて“厄災”との戦いを生き延びた死神レックス。
“厄災”という世界規模の脅威を退けた当時の最高位の死神たちは、それに匹敵する脅威とみなされて『ヴァルハラ』に幽閉された。
世界を守った功労者ですら切り捨てるヴァルキリーのやり口に、多くの戦友を失ったレックスも嫌気が差していたのは事実としてあった。
口下手なレックスではあったが、そういった背景や思いをぶつけどうにか裏切り者のラグナロクに潜り込むことができた。
全ては首領とその目的を見定めるために。
結果として首領のカグツチはヴァルキリーよりも身勝手で、残酷な男だと感じた。
そしてヴァルキリーのやり方ではカグツチを倒し切れないとその目で判断したレックスは、賊の汚名を着せられようとも内部からカグツチを始末するためその機会を何十年も伺ってきたのだ。
だからこそヴァルキリーの死神は極力殺さないよう立ち回った。
巻き込まれた異能者を守ろうとした。
そしてその執念の一撃が今、カグツチの胸に突き立てられていた。
「があ……」
カグツチの頭上に集中していた炎がコントロールを失い、無数の火球となって流星のように飛び交う。
アオイが必死になって防壁に魔力を回してその炎を防ぐ。
炎が消えると防壁は崩れ、力尽きたアオイはその場に座り込んだ。
「終わりだ」
突き立てた白鴉をねじりながら引き抜くレックス。だがその両腕が白鴉を握ったまま宙を舞った。
「確かに言ったな。相手をしてやると。今その気になったなら望み通りにしてやる!」
振り向きざまに天之尾羽張でレックスの両腕を斬り飛ばしたカグツチは不敵に笑った。
それはグリムゲルデが勝利を確信し、拘束を弱めた一瞬の隙を突いたものだった。
彼の心臓は急速に再生しつつある。
古来より炎は生命の象徴とされている。
その炎を司る神であったカグツチには、死神の権能にも勝る強力な再生能力が備わっていた。
「心臓を突き刺すだけで終わると思ったか? 終わるのはレックス、お前だ」
グリムゲルデによって再び動きを封じられたカグツチが、レックスを焼き殺そうとした瞬間。
一発の銃声が鳴り響いた。
撃ったのは姿を隠し狙撃体勢に入っていた椿。
銃弾などがカグツチに何の影響も与えることはできないのは双方理解している。
そのつもりだったが、彼は胸に違和感を覚える。
「傷口に埋め込んで霊力を乱す程度のことしか考えていなかったが、まさかこんな場面で使うとはな」
彼女が撃ち込んだのは標的に当たると仕込まれた魔術を行使する『魔弾』だった。
仕込まれた術式は霊力奪取の小結界。
先ほど彼女がいった通り、傷口に入り込む形で結界が展開し、霊力を奪うというもの。
それが再生中の心臓に直撃したのである。
カグツチほどの死神であればその結界ごと焼き壊すことは容易ではあったが、場所が悪かった。
再生中の心臓に食い込んだ結界は奪った霊力でより傷を広げ、心臓に食らいつく。
強引に破壊すれば致命傷となり得るかもしれない。
二発目、三発目と銃声が響く。
三つの小結界が連結し合い、より一層カグツチの心臓から霊力を奪い続け再生を阻害する。
カグツチは二発目の魔弾が発射されるタイミングで、既に椿へ火球を放っていた。
ヴァルキリーの権能で動けなくても彼の炎を操る力は健在だ。
心臓の再生を遅らせた程度ではカグツチを殺し切ることはできない。
彼にとって羽虫の如き死神が手向かってきたことに腹が立ったのだ。
そしてその火球は刃によって切り裂かれる。
カグツチが四方に放った炎が直撃し、倒れていたティルヴィングが咄嗟に反応したのだ。
彼の人格は既に崩壊を始めている。彼の残された自我はカグツチを斬ることだけを命令した。
今のカグツチは天之尾羽張を振るうことができない。
心臓を破壊するタイミングは今しかない。命令だけがティルヴィングを動かす。
「ここまで追い詰められたのは親父にぶち殺されたとき以来だな」
肉の斬られる音。
斬られたのはティルヴィングの方だった。
カグツチの背から伸びる炎の腕が天之尾羽張を握っていたのだ。
ティルヴィングの突き出した剣は心臓まであと少しのところで止まり、倒れた。
「学習しないな。動けなくてもどうとでもなるところを散々見せてきたつもりだったんだが」
炎の腕が後方を斬り払い、右腕だけ急速再生させ突き出したレックスの白鴉を弾き飛ばす。
「レックス、お前の底はもう見た。死なせてやる」
動きを封じられた中で、辛うじて振り返りカグツチが言う。
彼は既にレックスへの興味を失っていた。
「俺を見ている場合ではないと思うが」
メイジーが突進し、カグツチに急接近している。
カグツチという究極の格上を相手にし、権能による身体能力は限界に近い。
踏み込むごとに筋が断裂し、身体の節々から血が噴き出す。
カグツチはメイジーに見向きもしない。
気配を感じ取り、その方向へ天之尾羽張を炎の腕で振るった。
所詮は一介の千年級の死神。真っ二つにして終わらせるつもりだった。
だが衝撃と共に彼の胸に何かが突き刺さった。
心臓の再生を阻害する小結界を突き破りメイジーの大バサミがレックスの作った傷をこじ開けているのだ。
メイジーは全力で大バサミを開く。
力に耐えきれず彼女の腕から血が噴き出るが気にする様子はない。
「何だと……?」
驚いてぎこちなく振り返るカグツチ。彼の炎の腕には天之尾羽張はなかった。
目に映るのは自身にハサミを突き立てる少女と、血を吐きながら彼に向かってくる男。
今にも死にそうな、羽虫以下の死神。
その男が天之尾羽張を手にしている。
火球を、炎の腕を、炎の鞭を次々と繰り出すカグツチだが、天之尾羽張によって容易に切り捨てられる。
それもそのはず、天之尾羽張は彼を殺した剣だからだ。
彼の唯一の弱点がその剣だからだ。
「カズヤさん!」
カグツチが纏う炎で大バサミごと腕を焼かれながらメイジーが叫ぶ。
「何故だ! 何故虫けら如きが俺の……」
一矢はメイジーの広げた傷に滑り込ませるように彼を殺すための剣、天之尾羽張を突き刺す。
むき出しになった心臓を刃が貫く。
カグツチの胸から、口から、血液が噴き出す。
「何故だあああああ!」
一矢は大きく息を吸い込んで言った。
「教えてやる! お前は! 死神を! 舐めた!」




