第36話 根源抜刀・ティルヴィング
火柱に飲まれるティルヴィング。
冷徹な笑みを浮かべ、焼かれ悶えるティルヴィングを眺めるカグツチ。
ティルヴィングはそれでもなお剣を握る力を弱めようとしない。
「退け!」
グリムゲルデの権能により、離脱を強制されたティルヴィングは自身に絡みつく炎の縄を切断しカグツチと距離を取った。
ティルヴィングは肩で息をしているが、構えた剣の切っ先はしっかりとカグツチに向けられている。
グリムゲルデはいきり立って問う。
「どういうつもりだ! 魔神などを作って何の益があるというのだ! そもそも貴様は何故ヴァルキリーの支配から脱しようとしない! 舐めているのか!?」
「二つ目から答えようか? 俺の権能の受け皿になる人間がいなかったからだよ。死ぬからな。だが一つ目を説明するには少し時間がいる、なぁ!」
ティルヴィングは果敢にもカグツチに斬りかかるが、カグツチの前蹴りで身体を前のめりに折ったところで背に肘打ちを入れられて倒れ込む。
そのティルヴィングを踏みつけるカグツチ。
「これで少し話しやすくなったか? そうだな、『魔神』が生まれて神の領域に人間が足を踏み入れるとどうなると思う? そうなるとな、世界の方がそいつに合わせにくる。神が自由に権能を行使できる時代に戻るんだ。そして人の時代になってから隠れてる連中、眠ってる連中を引きずり出す。そいつらを俺が狩るのさ」
「お前の狩りに世界を巻き込むつもりなら、神が不在となった千年前に勝手に死んでおけ!」
「いいや、そうはいかないな。お前ら『世界』の側がそういう風に俺を作った。千年待たせておいて諦めろなんて話が通るかよ」
グリムゲルデとメイジーが前に出る。
ティルヴィングが倒れた今、戦力となるのは彼女たちしかいない。
「ヴァルキリーと千年級一匹ずつか。俺の相手になるかな?」
もがくティルヴィングを踏みつける足に一層力を込めながらカグツチが笑った。
カグツチが指を鳴らす。
するとジークルーネや、ティルヴィングを戦闘不能にした火柱が次々と足元から噴き出す。
二人は咄嗟に躱すがランダムに発生する火柱の罠を避けるばかりでカグツチに近づくことさえ敵わない。
「グリムゲルデ! 僕を『根源抜刀』してくれ! そうでもしないと勝てない!」
「それでは貴様が……!」
「いいからやってくれ!」
ティルヴィングにまだ奥の手があるという事実にカグツチは微笑む。
そして笑みを浮かべたまま右足が発する激痛の元を見た。
カグツチの足を剣が貫いていた。彼の足を引き裂きながら起き上がるティルヴィング。
カグツチの足は足袋ごと引き裂かれ、ティルヴィングの背には鋭い刃が生えていた。
「──根源抜刀・ティルヴィング」
グリムゲルデが告げる。
死神としてのティルヴィングは元は魔剣に憑りついた怨霊の集合体である。
死神よりも、霊を狩る死神に狩られる側の存在だった。だが人間を乗っ取り、自ら幾人もの死神を返り討ちにし、遂にはヴァルキリーが対処すべき案件となった。
ヘルムヴィーゲはそれを面白がった。
怨霊たちを統合する人格を与え、最後の持ち主となった少年の意識に上書きし、一人の人間に仕立て上げた上で死神にした。
それ以降ティルヴィングはヴァルキリーの忠実な剣として働いた。
根源抜刀とは、ティルヴィングのリミッターの解除を指す。
権能として彼は剣としての「ティルヴィング」の歴代の持ち主の数だけ魔剣を再現することができた。ティルヴィングを複数同時使用できたのも権能によるものだ。
無論オリジナルではなく、怨霊たちによって汚染された剣ではあったが。
彼はその怨霊による汚染を自らの身体で引き受け、本来のティルヴィングの性能を発揮することもできた。火柱に焼かれる前にしていたことがそれだ。
そして根源抜刀は身体の主導権を怨霊の集合体に渡すことで、身体へのデメリット無しで本来のティルヴィングを振るうことができる。
ただし精神には多大は負荷がかかり、元の人格に戻れる保証はない。
ティルヴィングの全身が再び瘴気によって包まれる。
数百数千の怨霊の意識に飲まれないように自我を強く保つ。
「やるなあ。お前さんも訳ありってことだ」
ティルヴィングには時間がない。無視して手にした刃をそのまま叩きつけた。
炎の中で本気のティルヴィングとカグツチが斬り合っている中、アオイの肩を借りて一矢が屋上に上がってきた。
「アオイ。こんな危険なところに患者を連れてくるな」
姿を隠しているが椿の声がする
「あのさあ。屋上がこれだけ焼かれてたらいつ焼け落ちてくるかわからないんだぞ。まあここまでやってるとは思わなかったけど」
「すみません。俺がアオイさんに頼んだんです」
青ざめた顔で一矢が言う。
メイジーとグリムゲルデが加勢しようと機を伺っているが、炎の壁と足元から噴き出す火柱に邪魔され近づけない。
グリムゲルデが死神を操るには相手を直接視認しなければならなかった。
当てずっぽうで権能を行使してティルヴィングの動きを止めてしまっては元も子もない。
「アマガセ・カズヤ。あの炎はお前では操れないのか」
「駄目です。あれは権能ではなく生まれ持った能力みたいですから」
「誰かカグツチに傷をつけろ。できれば胸にな」
椿に策がないわけではないらしいが、現実的な話ではない。
「うるさい羽虫が増えてきたな」
カグツチの一言と共に火球が一矢たちに向けて放たれた。アオイが咄嗟に防壁を張るが容易に破られる。
貫通した火球の軌道が逸れて屋上のドアを吹き飛ばした。
「まともに戦える相手なんて久々なんだ。邪魔しないでくれよ」
足元から噴き出す火柱が止まり、炎の壁がカグツチの左手に収束していく。
どうやら屋上ごと吹き飛ばすつもりらしい。
「アオイ! 一回切りでいい! とにかく全力で防壁を張ってくれ」
「やってるって!」
カグツチ後方、炎の壁の外で決着を待っていた伯爵が慌てて転移する。
娘々が狼狽え、逃げ場を探すがうめき声を上げて突然その場に倒れた。
カグツチの心臓を目がけて剣を構えて突進するティルヴィング。
グリムゲルデもカグツチの動きを止めるが、彼が本来持つ炎を操る力までは止められない。
ティルヴィングの人格が一瞬混濁する。踏み込みが遅れる。間に合わない。
それを見たカグツチが満面の笑みを浮かべる。
そして彼の頭上の炎が小さい太陽のように夜空を照らした。
炎が臨界点に達する直前。突然背後からの白い影がカグツチにぶつかる。
「『裏切る気ならいつでも相手をする』と確かお前はそう言っていたはずだ」
薄汚れた白いコートのその男は、血で汚れた白鴉をカグツチの心臓に突き立てていた。




